対虫戦闘日記
※内容に虫の描写があります。ご注意ください。
コオロギをご存知だろうか。
聞くまでもなく、誰でも知っているだろう。私も名前は当然の如く知っていた。
しかし、虫が苦手が故、それがどんな形をしていて、どんな生態なのかは知らなかった。
そう、私は虫が苦手である。
虫が得意な人というのは、世の中にどれぐらいいるのだろう。昆虫博士とかそういう人たちを抜きにして。
私の母は好きとまではいかないが「セミとかバッタなら触れる」とのことらしく、それらを怖がる私を見て爆笑していた。
しかし、そんな母もあれはダメだ。Gとゲジゲジである。
ゲジゲジって正式名称何なのだろう。調べるのも恐ろしいのでここではゲジゲジで通したい。
そのゲジゲジが、実家の方ではよく出た。なんでか家の中にも出た。田舎では日常茶飯事である。
幼い頃、畳の部屋でグースカ寝ていたら母の絶叫で目覚めたことがある。
何やねん、と思ったのも束の間。目の前にゲジゲジがのたくっていた。生命の危機ですらあったと思う。
母は火事場の馬鹿力みたいなものがすごい。私を退かせて、触れないそれをどうするのかと思ったら、掃除機で吸い込んでしまった。まじか。
しかし掃除機で虫を吸い込んだことがある方は分かるだろうが、掃除機で虫を吸い込むということは諸刃の剣である。まず、紙パック式でなければ地獄である。ファースト地獄。
そして紙パック式であったとしても、虫が吸い込まれきっているかどうかは外からではわからないのである。セカンド地獄。
この諸刃の剣を振るってしまった母はどうしたのかというと、掃除機の吸口をガムテープで塞いでしまった。再度邂逅することを避けるために。
そして我が家の虫処理班である父が帰ってくるまでその掃除機は玄関に置かれていた。
その後私はその掃除機がどうなったかを知らないーー。
話が逸れてしまった。
今日の本題は、私が最初に述べた虫と戦った話である。
実家を離れて久しいある夏の終わりの日。
私は仕事を終えて帰宅し、座椅子で1日の疲れを癒していた。真夏の暑さは鳴りを潜め、秋の虫の泣き声が聞こえている。
「mocri」という通話アプリで地元の幼馴染と取り止めもないオタク話をしながらくつろぐ。そばに重ねてあった積読本でも読もうか思い手を延ばしたその時。
何となく手の行先を見下ろすと、私は彼と目があった。
「!?!?!?」
声にならない声を上げ、私はそのまま玄関まで吹っ飛んだ。
今起きた現実が受け入れられずにいた。
Gか……? 遠くから観察してみる。何となく体が違うような気がするけど、確証がない。
どうしようどうしよう。思えば帰ってきた時、窓のすぐそばにいるにしても、妙に虫の声が猛烈に近かった気がする。
ということは彼はコオロギなのでは?
でもスズムシも鳴くよね。そう思ってググってみる。スズムシではなさそうだ。ということはやっぱりあれはコオロギ……?
通話アプリの向こうでは、私の様子がおかしいのがわかったのか、どうしたん?という声がする。
正直落ち着いて説明している場合ではなかったので、気もそぞろに実況を開始する。
「やば」
「最悪すぎ。がんばれ」
幼馴染たちは心配してくれていたが、多分ちょっと楽しんでいたと思う。
私はそれなりに実家を離れた生活に慣れていたが、何年経っても慣れないことがある。
それは虫との戦いである。
虫と対峙するたびに、実家を出たことを後悔する。実家を離れてしんどかったことランキング上位に食い込む。
(「日常生活でボケたりモノマネしたりしてもツッコんでくれる人がいない」と張り合うしんどさである)
そうこうしている間にコオロギ(仮)を見失ってしまった。最悪だ。地獄。この世は修羅。
しかし戦いに勝たなければ私に安眠はない。
このまま放置して、コオロギ(仮)がどうなるかを考えただけで辛い。地獄。
意を決して戦うことに決めた。
しかしどうやって戦おう。母に倣って掃除機で吸い込んでみようか。
いや、無理だ。俊敏すぎる。私のエイム力では仕留められまい。
幼馴染たちにどうしたらいいかアイディアを募ると、虫取り網で捕まえろと言われた。
虫取り網は、この前百均に買いに行って「生産終了してます」って言われたから入手できてないんだよ……!
※なぜ買いに行ったのかは割愛。
代替案をさらに募ると、ゴ○ジェットはないのか、あれはGという最強の虫を始末するアイテムだから、コオロギ(仮)に効かないはずがないという知見を得た。
ゴ○ジェットならある……!
以前1階に住んでいたときに武器として購入したものを持ってきていた。
正直それに触れることすらも嫌だったが、そんなことを言っている場合ではない。
アイテムを装備し、いざ決戦へ。
見失ってしまった彼は、ベッドの下を潜り抜け、再び私と相見えた。足の感じから見て、さっきググって確認したコオロギに違いないだろう。
Gより遥かにマシだろうが、彼は上下に跳ねる。地獄に次ぐ地獄。
「助けて」「本当に無理」「帰りたい(すでに家)」「お母さん」
数々の情けない絶叫を幼馴染たちに披露しながら、悪戦苦闘を繰り広げること4時間弱。
幼馴染たちが飽きてきた頃、最強アイテムの力を借りて彼との戦いに勝利した。
コオロギ(確定)よ、ごめんね。私が君に触れられれば、外に逃してあげることもできたんだけど。
不甲斐ない私をどうか許してほしい。
あと近隣の皆さん、うるさくしてごめんなさい。
そうして戦いは幕を下ろした。ように思えた。
が、私にはまだミッションが残されていた。
それは、戦場に残された亡骸の処分。
だから、触れないんだってば……!!
しかしこれも誰も代わりにはやってくれないし、知らないうちに妖精さんが運んでくれることもない。ていうか後者は後者で怖い。
何度も挫けそうになる自分を奮い立たせ、キッチンペーパーとビニール手袋、ゴミ袋という追加アイテムの力も借り、私の戦いは今度こそ終焉した。
全て終えたのは午前1時。翌日も仕事であった。泣きたい。
ぐったりと放心していると、通話アプリからずっと見守って(聞き守って?)くれていた幼馴染の声がした。
「絶叫めっちゃ面白かったから録音しとけばよかったわ」
……来夏は絶対虫取り網買おう。
余談:
・気づいていなかったけど、小窓が少し開いていたのでそこから入ってきた模様。
・戦いの最中に、ベッドの下で息を潜めていた彼の写真を撮っていたので、嫌がらせのように母へ送った時の返事「ウケる」