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★キャンピングカー生活まであと44日★「必要とされる人が報われない世界?」

あした何の日?

こんばんは。
いかがお過ごしでしょうか。
ぐっちーです。


最近なかなか毎日投稿できず申し訳ありません。
残り1か月間近、最後は絶対追いつくよう頑張ります。

今回は必要な人について考えてみた件です。

と同時に世界って残酷、理不尽なんだろうなとも思った件です。

この動画を見てから記事を読むと非常に飲み込みやすいです。

まず、必要な人といっても、この世に必要ない人はいないというのが私の主張です。

今回扱う言葉としての定義は、エッセンシャルワーカーの人たちでしょうか。
インフラ、物流、医療、福祉、第一次産業、小売、建設、自治体など。

この世には思いやりをもって、人に優しくて、自分を削ってでも奉仕したと思ったり、社会に必要なことを責任持って貫き行動する人たちがいます。

対して、資本社会におけるシステムで考えると「お金を生み出すことだけ」に価値がおかれます。
エッセンシャルワーカーの人たちが目に見えて高収入を掴み取ることが構造上難しくなっています。

「私はやりがい重視だから」「そんなにお金をもらう必要はないから」と聖人君子のように言える人もいますが、水面下で不満はたまっているでしょうし、少なくとも私はそんな人たちを見て「この人たちこそ多くの収入を得るべきなのに」と思ってしまいます。

それは楽して他者を搾取したり、自身の保守にばかり回る人が多いから。そういう人たちを目の当たりにしたこともあるから。

アベノミクスの3本目の矢が上手く機能しなかったように、この世に、こと日本において富の再分配を実現することは不可能に近い困難さを極めます。

そこには思いやりが無いから。
自分自身の資産を増やすことしか考えない人が多いから。

人生の豊かさはお金だけじゃないのに、それを強要される社会になっている。
私が現代日本にイライラするポイントはここです。

根本的問題は経済的格差じゃない。
もっといえば、物価高や規制が増えること。

賃金が上がらないだけなら物価もデフレ気味に停滞するはず。特に贅沢しなければお財布に何のダメージもないはずです。

しかしみんなが必要としている仕事をしている人たちが資本社会の闇に巻き込まれている。

そして庶民もそれを助けるだけの体力がない。

資本家・政治家など余剰資産がある人たちに限って自分の富を増やすことだけを見て、自分たちの生活を支えるものには興味なし。

搾取的無関心とでも言いたい。

もちろん全ての人がそうじゃないこともわかってる。
だけど、社会のシステムがおかしいし、暴走している。

確かにエッセンシャルワークはもともと大金を貰える職業じゃないかもしれない。

だけど、じゃあなんで無関心な人や搾取する人たちは、生活するのか?
最低限、エッセンシャルワーカーの人たちに感謝の念を日々感じながら生きるべきではないのか?

私はスーパーやコンビニのレジで必ず「ありがとう」と伝えます。
お金を払ったら感謝しなくていいの?そんなことないと思うから。

お金を持つと人に感謝できなくなるんじゃないか。
そう思ってしまうほどです。

この異常なまでに暴走状態の資本主義社会、世界から脱したいと思う。

じゃあ「思いやり」って?
じゃあ「率先した奉仕」って?
じゃあ「優しさ」って?

「お金が全て」だとは思わない。
むしろ、そう思ってる人がいたって良い。

改めて言うけど、私が問題に思っているのは
「お金が全てだ」と全員に思わせるような社会の状態だ。

みんなお金を使って何かをすることが望みだと思う。
それは本来、意外とお金がなくてもできることだったりする。

経済が生まれる前、自給自足の人類史。
そこには人と人の直線的繋がりで助け合っていた時代があったはず。

お金がないとできない?
お金がただただ欲しい?

お金に取り憑かれた人生でいいのか?

人間本来の大切なものをなくした、金を稼ぐだけしか取り柄のない空っぽのゾンビ達が日本を支配している気がしてならない。

あなたが必要とされたいのは何故?
どういう風に必要とされたい?
人としてどう生きたい?

そして。

あなたが、なりたくなかった姿って?

<<<あと44日>>>
一番なりたくないものに
ひとはどうして
最短距離でなってしまえるのだろう

from『回春』by 女王蜂

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