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発酵ラボ 第10回 〈乾燥麹を極める─麹出汁(ストック)─〉

発酵の世界に足を踏み入れた人は、すぐに麹と対面することになる。麹と出会わずにいることは、パリに行ってエッフェル塔を見ないのと同じくらい不可能に近い

ノーマの発酵ガイド(KADOKAWA)

デイビットジルバーは著書のなかでこう表現していますが、麹はまさに神秘のツール。魔法のように食材の風味を変えます。まずは教科書に載っているようなところから復習しておきましょう。

麹菌は乳酸菌や酢酸菌、納豆菌などと並ぶ代表的な発酵菌の一つで、穀物につくカビで、アスペルギルス (Aspergillus) 属に分類されます。その特徴は酵素enzymeというタンパク質で、デンプンを単糖に分解するアミラーゼ、タンパク質をアミノ酸に分解するプロテアーゼ、脂肪を脂肪酸に分解するリパーゼという3つの酵素を生成し、麹の風味と香り成分を作り出します。

麹が分泌する酵素は分子の端から切っていくタイプ、内側からランダムに切っていくタイプなど種類が豊富なので、食品全体を効率よく低分子に分解します。この性質を利用し、日本では様々な発酵食品に用いられてきました。

麹はその見た目の色から黄麹、黒麹、白麹に分けられます。黄麹=Aspergillus oryzae アスペルギルス・オリゼはニホンコウジカビと呼ばれ、古くから日本でみそや酒、しょう油といった発酵醸造食品の製造に用いられてきた種類。

黒麹=アスペルギルス・リュチューエンシスAspergillus luchuensisは焼酎作りに使われます。名前の通り黒いカビで代謝産物としてクエン酸を生成するのが特徴です。クエン酸は分子量が大きく蒸発しにくいので、蒸留されたアルコール=焼酎には含まれませんが、例えば黒麹で甘酒をつくると甘酸っぱいテイストになります。酸は他の菌の増殖を抑制するので、暑い土地での酒造りには適していたのでしょう。

白麹=アスペルギルス・カワチイAspergillus. kawachiiは黒麹の突然変異(アルビノ)で、茶色っぽい麹です。黒麹と同様にクエン酸を生成し、黒麹より扱いやすいことから焼酎造りの主力です。

アスペルギルス属には他にもしょう油作りに使われるAspergillus sojae や出汁の決め手になる本枯節のカワキコウジカビ(ユーロチウム・ハーバリオラムやユーロチウム・レペンス)クエン酸の大量製造に用いられるアスペルギルス・ニジェールなどがありますが、なかにはアスペルギルス・フラガスのような毒=マイコトキシン(カビ毒)を産生するもあります。ちなみにアスペルギルス・フラバスとアスペルギルス・オリゼは99.5%類似したゲノムを持つ近縁種。今のような電子顕微鏡もない時代から人間は毒を作らないカビを上手に利用してきたわけで、その営みの偉大さには感嘆しますね。

余談ですが、アスペルギルス・オリゼは2005年に麹菌のゲノム配列の解読がネイチャー誌に掲載されて以降、A. flavusが無毒化され、A. oryzaeが生まれたいう説が有力でした。しかし、大規模なゲノム解析の結果、これを否定する説も出ています。このあたりも色々と興味深いところです。

さて、この麹菌。3つの酵素を持つマジカルな菌なので、あらゆる食材に別の性質を与える力があります。早速、料理に使いたいところ……ですが、麹からつくるのはなかなか大変。しかし、日本のスーパーでは乾燥麹が売られているので、それを使えば手軽に挑戦できます。

amazonで買うと量が多いので、スーパーで買うのをおすすめしますが、この〈みやここうじ〉が一番、一般的でしょうか。麹には多くの種類があるのですが、こちらはアミラーゼ活性が高い種類と思われます。といってもプロテアーゼ活性が低いわけではないので、もちろんみそづくりにも使えます。

まずは中身を取り出して観察してみましょう。

米粒が板状にまとめられ、そこをカビが覆っています。麹菌は穀物に付着すると、胞子から菌糸が発芽し、菌糸体というネットワークを形成します。適切な環境を維持すれば2日たらずでカビが覆います。この繁殖力の強さも麹菌の特徴。

アップで撮影してみました。実にきれいな胞子が見えます。麹を乾燥させることで、胞子が常温で保存できるようになり、ほかの微生物による汚染も防げます。日の当たらない食器棚でも保存できますが、米のアミノ酸と糖分を含むので、長くおいておくとメイラード反応が進むので、茶色くなり、風味も若干変わります。そのため、長く保存する場合は冷蔵庫、または冷凍庫へ。

麹出汁

麹は甘酒にしたり、みそにしたり、と色々と使いみちがありますが、できたてを食べてもおいしいもの。原料の米の糖分やタンパク質が分解されているからですが、乾燥麹の場合は硬いので味わうとまではいきません。そこで今日は煮出してみましょう。これは初回の連載で取り上げた『ノーマの発酵ガイド』にも掲載されている使用方法。日本の乾燥麹を使う場合は200gに対して水分100gを追加という感じに麹が吸う水分量を計算に入れる必要があります。ノーマの本との違いはこちらは米麹を使っている点。彼らは大麦麹を使うので、甘みがずっと少なく、香ばしさが立ったような仕上がりになります。甘みが少なく、酸っぱいのはノーマの料理の特徴なのですが、日本人的には米麹の味に馴染みがあるはず。

板麹は使う前に袋の上から手でほぐしておくと扱いやすいです。

水800mlに砕いた乾燥麹100gを加え、中火にかけます。

沸騰したら弱火に落とし、10分煮出します。

ザルなどでこします。

出来上がり550ml

これが麹出汁(麹ストック)です。米由来の甘み(還元糖)と淡いうま味(米のタンパク質はそう多くないので、アミノ酸の量は少なめです)があります。

麹ワカメスープ

麹ストックを単体で料理に使う頻度はそうないとは思いますが、麹出汁の雰囲気を味わうためにワカメスープにしてみましょう。

麹ワカメスープ
乾燥わかめ 1g
にんにく  1片
麹出汁  300ml
ごま油  小さじ1
醤油   小さじ1
塩    小さじ1/4

作り方はシンプル。にんにくのみじん切りとごま油を鍋に入れて、中火で加熱します。

色づいてきたら……

焦げる前に麹出汁を加えます。

乾燥わかめ、しょう油、塩を入れてひと煮立ちすれば出来上がり。

器に盛り付けてから白ごまを指先でひねり潰しながら加えます。

出来上がり。淡いうま味と甘みを感じるやさしい味わいのスープです。ちょっとだけみそ汁の上澄みの部分を連想させる風味です。今回は単体で使いましたが、麹はチキンストックをとるときに一緒に麹を加えたり、鰹出汁に足すアプローチもありそうですし、もちろん単体でも野菜の出汁のようにあらゆる料理に使えます。麹はみそやしょうゆと比べるとうま味(例えばグルタミン酸)は非常に少ないのですが、還元糖が多く含まれているため甘みがあります。この量が絶妙でして、料理に加えると(カレーやシチューに隠し味としてほんの少量の砂糖を加えるとコクが増すように)味に厚みが出るからです。

ところで漉したザルには麹が残っています。捨てるのはもったいないので食べたいところ。

この残った麹もなかなかすぐれものでして、例えば150gの麹を150mlの牛乳、10gの砂糖で炊いてミルク粥を作ってみます。

沸くまでは中火、沸騰してからは弱火で2〜3分加熱します。炊いた米をミルクで煮ると粘り気が出てきますが、麹の場合はデンプンの鎖がある程度切れているので、粘り気が出ません。米のデンプンは完全に分解されているわけではありませんが、さらっとした仕上がりになります。

器に盛り付け、マーマレードを添えました。リゾットなどにも使えそうですし、クッパのようなスープをつくるときに出汁代わりに麹を加えるという方法もいけそうです。(風味も出ますし)

おお、これは朝食などにいい感じ。牛乳の量を増やして、ゼラチンを加えて冷やす手もあります。こうなるとリオレというデザートですね。麹の使い方として煮出すというのはいきなり変化球なのですが、そのものの味わいを知ったところで、次回は甘酒といきましょう。

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樋口直哉(TravelingFoodLab.)
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!