海藻料理研究その1〜スジアオノリ〜
今、世界から注目されている食材といえば海藻です。
ホールフーズの2023年のトレンド食材トップ10にも挙げられていました。高い栄養価やうま味、サスティナブルであることなどがその理由です。
一方、例えば今年、5/27日に公開されたこちらの記事では『Scientific Reports』に掲載された2つの論文「Carbon export from seaweed forests to deep ocean sinks」「Substantial kelp detritus exported beyond the continental shelf by dense shelf water transport」を紹介し、海藻は我々の想像以上に天然の炭素貯蔵にとって重要であることを示すと同時に「Many of us don’t give seaweed much thought. 私たちの多くは海藻についてあまり考えていない」と指摘しています。
そうなのです。海藻について我々はあまりにも無知なのです。という趣旨の原稿をオレンジページcookingのコラムに書きました。
日本近海には1500種類の海藻が生息していて、そのすべてが食用になること(毒がない、ということ)また、日常的に50種類の海藻が食されていることなどご存知ですか?(僕はまったく知りませんでした) 海藻は世界中の海に分布しますが、食用とする国は多くありませんでした。それに対して日本では古代から海藻を食材として扱い、各地の料理に取り入れてきました。
海藻は興味深く、面白い食材ですが、意外と伝統的な食べ方に留まっている食材でもあります。まだ未知のジャンルなので、これは研究の余地があります。というわけで海藻料理研究です。
海藻料理研究
まず前提として抑えておきたい基礎知識から。海藻は水に漂っているので、植物と比べると支持構造が少なく、光合成のための組織が多いのが特徴です。海苔やあおさなどは全部葉で、細胞が1〜2層の厚さしかないので、やわらかいわけですが、加熱し過ぎに注意が必要なのはこのため。味としてはミネラルとアミノ酸が凝縮された味わいです。例えば海藻体内でエネルギー伝達物質として機能しているグルタミン酸が、遊離するとグルタミン酸ナトリウムになってうま味を感じさせます。昆布や海苔などがその典型例です。
食用の海藻は大きく
に分類されます。まずこの3つの分類を憶えましょう。緑藻類の代表はアオノリ、アオサ、ヒトエグサなど。あまり聞き馴染みがないかもしれませんが、お好み焼きやたこ焼きに振る「アレ」です。しかし、この青のり、非常にややこしい食品なのです。
例えばこの青のりの原材料はヒトエグサ。ヒトエグサはアオサ藻綱ヒビミドロ目ヒトエグサ科ヒトエグサ属の海藻で、日本における生産量の一位は三重県です。沖縄ではアーサという名前で養殖されています。
こちらの青粉の原材料はアナアオサ。日本各地で普通に見られるアオサの一種で、かつては食用ではありませんでしtが、加工技術が確立され「あおさ」という名前で売られていたりします。なぜか大阪では坂東粉と呼ばれたりしますが、語源は不明とのこと。ゴワゴワしていますが、熱に強く、安価なことからお好み焼に適しているとされます。
昔からおなじみのこちらの原材料はなんでしょう。裏の表記を確認すると「スジアオノリ」とあります。スジアオノリはアオノリの仲間のなかでは一番の高級品で、香りが強いのが特徴。アオサとスジアオノリ、名前も用途も似ていますが、まったく別の食材なのです。
環境の変化などもあり、近年、スジアオノリの生産量は激減しています。そうしたなか注目されているのが陸上養殖です。シーベジタブルのすじ青のりはそのアイコン的な食材。
今回は乾燥で売られているシーベジタブルのすじ青のりを使って、すじ青のりの使い方を考えていきましょう。
スジアオノリの使い方
袋を開けると独特の香りがあります。
すじあおのりは青のりの仲間のなかでは一番香りが強いわけですが、生育状況などによっても香気成分には違いが出てきます。その点、シーベジタブルの青のりは香りが強いのが特徴。おそらく日光を十分に浴びて育っているのでしょう。
袋から出すとこんな感じ。名前の通り、すじ状になっています。野菜と比べると非常に繊細、細胞の薄さが観察できます。
水に戻すとやわらかくなります。出汁に入れて香りを移すこともできるので、茶碗蒸しなどに応用できます。スジアオノリを出汁200mlで戻し、卵1個、薄口醤油小さじ1を混ぜて卵液をつくり、90℃で10分ほど蒸しました。
すじ青のりと卵の相性はいいので、オムレツに混ぜたり、、、といった応用が広がります。また、アオノリの使い方の定番はじゃがいもとの組み合わせ。
ポテトチップスの青のり風味はおなじみです。この考え方を応用するとポテトサラダ、フライドポテトなどじゃがいもを使った料理にはすべてあわせられます。
なぜ、卵やじゃがいもと相性がいいのでしょうか。海藻に限らず食材の相性を決めるポイントは「香り」です。海藻に共通する香り成分はジメチルスルフィド。ジメチルスルフィドはプランクトンやミズゴケなどがつくる香り成分で多いと悪臭(いわゆる磯の匂い)ですが、ウニや海苔の香り成分として知られています。意外なところではトリュフの特徴的な香気成分でもあります。
卵には硫黄を含んだアミノ酸が多く、同じように硫黄系の香り成分もあるので、相性がいいのでしょう。また、海藻には魚にも含まれるスミレのようなフローラルな香りがありますが、じゃがいもを加熱すると同じ香りが出てくるので、相性がいいと推測できます。
ジメチルスルフィドで連想される食材は例えば加熱した牛乳、アスパラガス、とうもろこし、貝類など。これらの食材を連想ゲームのようにあわせていくと色々と広がっていきます
例えば加熱した牛乳と貝の香りを持つ、クラムチャウダーにふりかけるパターン。牛乳と相性がいいのでベシャメルソースに混ぜてクリームコロッケにしたり、グラタンにしたり、というのもいいでしょう。
コーンスープにすじ青のりを散らしてみました。コーンスープの原材料はトウモロコシ、牛乳、バターなので相性がいいのは当然。
バターとの相性もいいのでトーストにすじ青のりは鉄板。この香りは加熱しすぎると飛んでしまうので、最後に加えるのがコツ。バター、チーズとくればリゾットです。
作り方はふつうのリゾットと同じ。やや強めの火加減でオリーブオイルと玉ねぎを炒めます。
米(洗わない)を投入、さっと加熱します。
今回はノイリー酒を加えました。ノイリー酒は白ワインの一種ですが、20種類以上のハーブやスパイスが漬けこまれたお酒。魚料理との相性が抜群で、開栓しても風味が落ちないことから1本買っておくべき調味料です。
アルコール分が飛んだところにブイヨンを加えます。
弱火で15分煮ます。
14分経ったところで火を強めて、濃度を調整しましょう。15分経った段階で米の硬さをチェック。
火を止めて、パルメジャーノチーズを加えてよく混ぜます。
半量のすじ青のりを手で潰しながら加えましょう。
色が全体に薄い緑色になります。
仕上げです。器に盛り付けてさらにすじ青のりを追加。
出来上がり。
チーズとの相性もいいことがよくわかります。また、すじ青のりなどの緑藻類には多価脂肪酸の分解物が含まれているので、緑茶の匂いも(こちらは主にアルデヒド類によるもの)あります。このあたりのお茶っぽい香りを料理と組み合わせるパターンもありそうです。
おまけの余談
ところで「日本人しか海藻を消化できない」という話を聞いたことありませんか? この話は2010年雑誌Natureに掲載された論文がもとになっています。この論文は日本人13人と北米人18人の調べたところ、日本人5名だけにポルフィラン(海苔の水溶性多糖類)とアガロース(いわゆる寒天です)を分解する酵素の遺伝子が検出された、という報告。
Transfer of carbohydrate-active enzymes from marine bacteria to Japanese gut microbiota.” By Jan-Hendrik Hehemann, Gaelle Correc, Tristan Barbeyron, William Helbert, Mirjam Czjzek, & Gurvan Michel. Nature, Vol. 464 No. 7290, April 8, 2010.
かつての日本人が加熱されていないノリ類を摂食する習慣があり、それがこの遺伝子の伝搬をもたらしたのでは、という考察です。この論文は腸内遺伝子の水平伝播の証拠を示した重要な報告として注目されてたのですが、日本の一部のマスコミが「海藻利用できる菌を持っているのは日本人の腸だけ」と報じたことで広まってしまいました。
しかし、落ち着いて考えてください。この論文で述べられたのはノリやテングサの水溶性多糖類についてで、すべての海藻についてではありません。(というか、そもそも海苔は加熱して食べるのがふつうです)人の腸内菌による多糖類の分解に関する研究は1970年代から多く見られ、アルギン酸分解能なども示されていますが、これらは日本人だけに限ったものではなく、洋の東西にかかわらず成人であれば海藻は普通に消化できるものです。日本人だけが海藻を消化できる、という話はマスコミ的なキャッチーな受けを狙った話題なので、短絡的に受け止めないほうがいいでしょう。