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発酵ラボ〜第6回 リンゴのコンブチャ

前回までは乳酸発酵を取り上げましたが、今回は〈コンブチャ〉について解説します。コンブチャと言っても、昆布茶ではなく、KOMBUCHAという発酵ドリンクです。

昆布茶とコンブチャ。ややこしいのですが、このコンブチャの方は日本で昔「紅茶キノコ」という健康ドリンクとして流行った飲み物です。

コンブチャ自体はその以前から存在してましたが、1974年に発売された『紅茶きのこ健康法』という本がベストセラーになり、週刊誌などで話題になります。ブームとなりましたが、他の多くの健康食品と同じく、飲料としての安全性に疑問が出はじめ(腹痛などの事例が報じられ)ブームは終焉します。

しかし、この紅茶キノコ。日本ではなく、北米や西欧で人気を集め、一般化しました。マーケティングと、プロバイオティクス食品(人間や動物の体にいい働きをする生きた微生物)への関心の高まりの影響と言われていますが、それが逆輸入される形で日本に戻ってきたのが『KOMBUCHA』というわけ。

安全性の話はどうなったのか? と疑問に思う方もいるでしょう。家庭や飲食店のキッチンで、発酵食品をつくるなんて危ないのでは、という疑問についてはこの連載の第一回目でも触れましたが、前提として抑えておく必要があります。

日本の愛好家が作った紅茶キノコを調査した『いわゆる「紅茶キノコ」の微生物と有機酸』(1977年)という論文では

液中に存在する微生物としてはAceto- batter xylinumおよび数種の酵母類が認められた。その他一過性の細菌類の汚染はあると考えられるものの、いずれも本液での定着性はないものと思われた。これらの微生物のうち、A. xylinumに関しては ヒ トに対する病原性があるという報告は全くなく、また酵母類として認められたSaccharomyces cerevisiae S.inconspicus  Debaryomyces hanseniiおよびCandida tropicalisのうち、C. tropicalisはしばしばヒトから分離されるということ以外はこれらの酵母類のヒトに対する病原性を裏付ける報告はない。A. xylinumはBt-broth中で酵母類と共存する場合は単独の場合に比べて、その増殖はおう盛であった。その至適温度は26~29°で、一般家庭においても容易に増殖させ得ることが裏付けられた。
以上のように 「紅茶キノコ」を形成する微生物には病原性を有するものは認め られず、また病原微生物による汚染の危険もほとんどないと思われた。

とあるように安全と考えるのが妥当でしょう。食品を発酵させること自体や自家製することが危険なのではなく、ようは作り手の問題。食品自体にもリスクはあり、それを劣悪な衛生環境で作ればそのリスクはさらに高くなります。コンブチャを自家製する場合は正しい知識をもって望みましょう。早めにphが下げり、酸性になるコンブチャは発酵食品のなかでは作りやすい部類に入ります。そもそも作るのが難しいものであれば世界中でこんなに流行りませんよね。

気をつけること

コンブチャを作るにはもととなる菌が必要です。KOMBUCHAを株分けするような形で菌を移すことも出来ますが、コンタミネーション(異物混入)の危険が高まるため、安全な市販品を使用した方が無難。

つくる場合は「スターターキット」を購入しましょう。コンブチャで活躍する微生物は主に酵母と酢酸菌です。酵母はサッカロミセス・セレビシエの場合が多いですが、酢酸菌はグルコナセトバクター属やアセトバクター属が含まれています。

グルコナセトバクター属というのはいわゆるナタデココをつくる時に使う菌で、セルロースの膜をつくります。これがSCORBY(スコビー)と呼ばれるコンブチャ=紅茶キノコ特有の浮遊物になるわけです。一方、グルコナセトバクター属が食酢などに混入すると「嫌な匂い」の原因にもなるので、増えすぎにも注意が必要ではあります。また、アセトバクター属は酢酸をつくる力が強い菌で、食酢の製造でも活躍します。

コンブチャとはなにか? と聞かれたら、ざっくりと酢酸を含む飲み物と理解すればいいでしょう。糖分を含む液体にこのスコビーを添加し、発酵させると酵母や酢酸菌が糖を食べ、アルコールを作り、それを酢酸に変えます。日本では酒税法の関係でアルコール発酵は禁じられていますが、コンブチャの場合はアルコール度数が低い(1%以下)うえにすぐに酢酸に変わってしまうので、ふつうにつくれば問題ありません。(海外ではハードコンブチャといってアルコールを含む飲み物を作る人もいますが、これは日本ではNGです)

では、酢となにが違うのか、という話になりますが、酢は二段階発酵で、コンブチャは複合発酵です。つまり、酢の場合は酵母がアルコールをつくり、そのアルコールによって酵母は死滅します。糖を食べ尽くす前に酵母が死滅するので、酢にはわずかな甘みが残ります。

その後、酢酸菌がアルコールから酢をつくりますが、酵母は存在しないので、酢酸菌は餌となるアルコールがなくなれば発酵を止めます。そのため、酵母と糖の量さえコントロールできれば、酢は味を調整することができます。酢については別途解説しますが、大まかにはこんな感じです。

一方のコンブチャはもっと原始的な発酵です。酵母や酢酸菌が糖からアルコールをつくり、アルコールを酢酸に変える反応をずっと続けるので、コンブチャは最終的にはかなり酸っぱくなります。というわけで、どの段階で発酵を止めるか、というのが最大のポイント。市販のコンブチャには発酵させすぎのものが多いので、自前で作るレストランも多いのでしょう。

さて、コンブチャがなぜ世界で受けているのか。それは甘さが少なく、料理にあわせやすい=ノンアルコールペアリングに適しているからです。糖分を含む飲み物はそのままでは甘すぎて料理と一緒に飲むのに適しませんが、スコビーを使って糖を減らして酸味を増やすことで、料理との相性がよくなります。この連載でも何回か触れていますが、これまでの調理テクニックでは「味を引く」というのは不可能でした。しかし、発酵という技術を使うことで、それが可能になった、というわけ。

リンゴのコンブチャ
りんごジュース 600ml
スコビー    200ml(1袋)

糖分を含む食材であればなんでもコンブチャになります。オーソドックスなのはハーブティーや紅茶を原料にすることですが、テクニックとして汎用性が広いのはフルーツジュースをベースにすること。今日はリンゴのコンブチャを作ります。

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作り方は簡単ですが、発酵の初期段階(phが低い状態)に雑菌が混入すると風味が落ちます。そのためはじめの段階はやや慎重に、あらゆる道具、手、台などをアルコール殺菌しながら作業を進めます。

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ジュースとスコビーを瓶に注ぎます。パッケージに入っている液体は酸性なので、それも一緒に注ぐことで、phが下がり、安全性が確保できます。

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不織布タイプのキッチンペーパーと輪ゴムで封をします。自分の環境では一度も経験がありませんが、酢酸はハエが好む匂い。ハエ対策にきっちりとカバーをするのがポイントです。カバーといっても通気性は充分に確保すること。発酵は基本的に嫌気性の反応ですが、酢酸菌は例外的で、酸素がないと生きていけないからです。

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常温で7日から10日経つと出来上がり。26℃~29℃が理想ですが、多少低い温度でも時間をかければ問題ありません。あまり発酵させすぎると嫌な匂いが出てきます。かといって、発酵が進んでいないと甘めの仕上がりになります(それはそれでおいしいですけど)このあたりの兼ね合いが難しいところ。

セルロースの層が浮かんでくるので、清潔なスプーンで液体をすくい、一日に一回はその上にかけることを忘れないように。phを安定させ、表面にカビが生えるのを防ぐ働きがあります。カビにはカビ毒が含まれるので、カビが生えてしまったら全廃棄です。

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問題となるのが終了の目安。

一つの目の基準は糖度です。糖度計を使うのがベストですが、原始的な方法は味見をすること。糖度がある程度残った状態で、しかもちゃんと酸味があるのがベターです。(個人的にはやや甘みが残る8℃を目安としていますが、人によって好みは異なるでしょう)

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次にphもちゃんと計りましょう。phが3〜4.5程度が終了の目安。それ以上になるとやや酸っぱいかな、と思うので、なにかで割って調整する、あるいは煮詰めてソースにしてしまう、という方向性にもっていきます。

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コンブチャは結局、酢なので、煮詰めるとソースのベースになります。

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リンゴのコンブチャを煮詰めると甘酸っぱいシロップになるので、例えば肉料理のソースのベースなどに活用できます。

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さて、出来上がったコンブチャからスコビーとコンブチャを取り出します。

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スコビーと200mlほど液体を別に保存し、これは次の発酵に使います。液体には15%ほどの砂糖を添加しておくのもポイント。この状態でやはりキッチンペーパーで封をし、冷蔵庫で保存して次の出番が来るまで眠ってもらいます。とはいえ、あまり長く保存すると弱っていくので、その場合は新しいスターターキットを使ったほうが安全&かつ仕上がりが安定します。

やはり代を重ねると少しずつ饐えたような、嫌な匂いが入ってきます。おそらく空気中の雑菌がコンタミするのだと思いますが、その場合は捨てて新しいスターターキットで作りはじめるのが無難です。

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出来上がったコンブチャは濾して瓶に詰めます。コンブチャは冷蔵庫で冷やしても発酵が進みますが、3〜4日は問題なく味わえますし、それ以上保存するのであれば袋に入れて冷凍保存がベストです。

また、コンブチャに糖分が残っているとガスが発生し、瓶が割れることがありますが、それを利用すればコンブチャに炭酸を添加することもできます。とはいえ炭酸が必要であれば炭酸ガスを入れるか、炭酸水で割ればいいだけなので、そこまでしなくてもいいでしょう。りんごジュースのコンブチャはわりあいプレーンな風味で、それをベースにいろいろなハーブなどで風味づけできますが、パイナップルジュースなどを発酵させても個性的なコンブチャが作れます。

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樋口直哉(TravelingFoodLab.)
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!