基本のヴィシソワーズ
ヴィシソワーズはポロネギとジャガイモの冷製スープ。ファミリーレストランのメニューにも登場するほどおなじみのスープです。ヴィシソワーズのよくある失敗は重たくなってしまった、というケース。
これは〈じゃがいもの量〉にも問題があるようです。例えばフランス料理の巨匠ジョエル・ロブションのレシピではポロネギ2本に対してジャガイモは300gとなっていますし(参考『ジョエル・ロブションのすべて』ランダムハウス講談社)、フェラン・アドリアのレシピはネギ類はジャガイモの倍量(参考『The Family Meal』Phaidon)、ヘストンブルメンタールのレシピに至ってはじゃがいもの4倍以上のネギ類(参考『Heston Blumentahal at Home』Bloomsbury Publishing)という比率です。
一方のCookpadでレシピを検索したみました。上位にあがってきたレシピ2つを確認したところ『バターなしで簡単ヘルシー^^ビシソワーズ』ではじゃがいも2個に対して玉ねぎが1/2、『私のヴィシソワーズ』ではじゃがいも4個に対して玉ねぎが1個とまったく逆の比率。これでは重たくのも仕方がないので、ここではまずジャガイモの量を調整しました。そもそもこのヴィシソワーズ、よく『ジャガイモとネギの冷製スープ』という風に説明されますが、正確には『ポロネギ』が主役で、ジャガイモはつなぎなのです。
さて、実際にヴィシソワーズを作る際の障壁になるのが主役となる『ポロネギ』という野菜です。ポロネギ=ポワローネギ(Leek)は欧米圏では一般的な野菜で、生では辛くて食べづらいですが、加熱すると甘い香りが出てくるのが特徴。ヴィシソワーズの味の決め手ですが、日本で入手するのはやや難しい食材。
ヒントになったのはジョエル・ロブションの「日本の玉ねぎはポワローの香りがするので代用してもよい」というアドバイス。(参考「ロブションの芸術」山脇)僕もまったくの同感なので玉ねぎで代用しましょう。さて、レシピです。
ビシソワーズ 2人前(出来上がり550cc)
ジャガイモ 80g(小一個)
玉ねぎ 中1個(200g〜220g)
バター 20g
水 200cc
牛乳 200cc
生クリーム 40cc
塩 3g(小さじ1/2)
胡椒 適量
温泉卵 2個
クルトン 適量
オリーブオイル チャイブなど
玉ねぎは大きさにばらつきがあるので、gで調整するのが安全。とはいえ、多少の誤差は許容範囲です。
じゃがいもの量は控えめです。
皮を剥いて薄切りにして、色が変わるのを防ぐために使うときまで水の中で待機してもらいます。水にさらせば表面に浮き出た遊離デンプンも減るので、スープのベタつきも抑えられます。
重要な材料がバター。それに生クリームも入りますが、油脂が重要な役割を果たします。じゃがいもはどれだけ丁寧に裏漉しをしても、舌の上にざらっとした食感が残ります。そこにバターか生クリームを加えるとデンプンの顆粒を包み込み、クリーミーな舌触りにしてくれます。ジョエル・ロブションのマッシュポテトがクリーミーなのはそのため。脂肪が風味を覆い隠してしまう、というデメリットもあるので量には注意が必要ですが、ある程度入れないとおいしくできません。
厚手の鍋にバターとたまねぎ、塩を入れ、中火にかけます。バターが溶けたら弱火に落とし、蓋をして5分間加熱。
しんなりしてきたらかき混ぜて、さらに5分加熱します。
かなりしんなりしてきました。しかし、ここでさらに5分です。焦げてはいけませんがここで徹底的に加熱することで甘い香りを引き出します。玉ねぎをゆっくりと加熱することにはどんな意味があるのでしょうか? 玉ねぎを加熱すると玉ねぎの水分(玉ねぎは75%が水分です)が熱せられ、細胞が壊れ、やわらかく、しんなりします。この時、糖やタンパク質、芳香性化合物(例えばメルカプタン、二硫化物、三硫化物、チオフェンなど)が酵素反応を起こします。これが第一段階。
やがて、玉ねぎのショ糖(白い砂糖と同じ成分)が分解し、ブドウ糖と果糖にわかれます。ブドウ糖分子と果糖分子はショ糖分子よりも甘いので、加熱したほうが甘く感じますし、水分と一緒に辛い成分も蒸発するので、香りも甘く感られるようになります。
合計15分間加熱しました。全体がしんなりしたらOK。色づくようなら火が強すぎるので、コンロの火のあいだに網などをかませるか、焦げる前に水を足して調整してください。
じゃがいもは炒めることになんの意味もないので、炒める必要はありません。じゃがいもを入れたら水と牛乳を加えます。水の代わりに薄めのブイヨンを使ってもいいのですが、水のほうがジャガイモの味が出やすいと思います。ちなみにロブションさんのレシピではブイヨンではなく水を使い、牛乳は入れずに生クリームだけで仕上げています。じつに洗練されたレシピです。
沸いてきたら火を弱火に落として、、、
蓋をして7〜8分加熱。そのまま3〜4分予熱で火を通したら、ミキサーでピュレ状にします。
じゃがいもの量が少ないのである程度、ミキシングしてしまっても大丈夫です。なめらかになるまできちんとミキシングしましょう。ミキシングすることでじゃがいもの遊離デンプンが流出しますが、それがとろみになります。ボウルを氷水にあてるなどして冷まし、冷蔵庫で2〜3時間冷やします。
冷やすと濃度がやや強くなるのがわかります。白胡椒で風味をつけます。好みでごく少量、一滴に満たないくらいのタバスコを加えても甘さが引き立ちます。
秘密の材料の生クリームを加えます。分量が40ccと中途半端なので、省略することもできますし、牛乳に置き換えることもできますが、滑らかさは違いますし、最後に生クリームを加えることで色も白く、きれいになります。
ここで味見と最終的な濃度調整をします。料理は冷たいほうが塩味を強く感じます。塩ははじめの段階で加えてあるので足す必要はないと思いますが、味が薄いなー、と思ったら足しましょう。その場合は塩が溶けづらいので足したらよく混ぜ、しばらく冷蔵庫で寝かしてからもう一度かき混ぜ味見をしたほうが安全です。
温泉卵を付け合わせにしました。
スープを注ぎます。
クルトンを載せ、オリーブオイルとチャイブを振りました。非常になめらかな仕上がりは仕上げに加えた生クリームのお陰。温かいスープであれば生クリームではなく、バターを使うと極上の仕上がりになります。温泉卵ではなくコンソメジュレにすると仕上がりが軽くなるかもしれません。
この配合だとややジャガイモの味が弱いので、もう少し玉ねぎの量を減らし、ジャガイモの量を増やすという手もありますが、その場合はミキサーの回し過ぎには注意が必要となってきます。ロブションさんは手回し式の裏ごし器の使用を薦めていますが、煮汁からジャガイモだけをとりだし、裏ごししたものをミキシングした玉ねぎ+煮汁とあわせる方法もあります。こういうシンプルな料理はちょっとしたことで味が大きく変わってしまうので、難しいですね。一見すると難しそうな料理のほうが実は簡単ということが料理の世界ではよくあります。
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!