トマトの冷たいスープ、ヨーグルト風味の作り方
トマトの色とほのかな酸味、ヨーグルトのクリーミーな酸味を味わうちょっとレトロなスープです。
今回、紹介するトマトの冷たいスープは僕が尊敬する辻静雄の著作からのアレンジ。こちらの本に掲載されているオリジナルは玉ねぎ以外ににんじん、セロリなども用いるなど材料が多いので(出来上がりの量も相当できます)、香味野菜の量もぐっと減らし、ざっくりとシンプルにしています。それでもこのスープを作ることで、なにかを学べるはずです。
トマトの冷たいスープ、ヨーグルト風味
材料
トマト 4個
玉ねぎ 1/2個
バター 20g
小麦粉 20g
トマトペースト 15g
水 400cc+コンソメまたはブイヨンキューブ 半分
生クリーム 100cc
ヨーグルト 100cc
塩 小さじ1/2(3g)
この料理、辻先生のお気に入りだったのか、主催していたサロンでも夏になると提供していたようで、著作にも何度か登場します。もちろん、本によって微妙に使用する材料が異なっていて、大きな違いはトマトピューレの割合です。
トマトのポタージュを作るのに、安くあげるつもりなら、トマトを使わないでトマトピューレでもできる。(辻静雄『フランス料理の本 食卓のエスプリ』)
辻静雄はこんな風に書いていますが、例えばこのレシピでも生のトマトを1個にして残りをトマトピューレ(一瓶200g)に置き換えることもできるでしょう。
しかし、今回はほとんどフレッシュなトマトで仕立てます。別の著作で辻は「昨今の栽培事情では、太陽の光をいっぱいに浴びて熟した本物の完熟トマトはなかなか手にはいりません」と嘆いていますが、現代では良質なトマトがスーパーでも簡単に、しかも安価に購入できるからです。
辻は著作のなかでコスト(原価)について何度も繰り返し言及し、学校の授業などでも料理の根幹の部分としてよく強調しています。辻が考える芸術としての食は決して商売としての料理を否定しません。この芸術としての食と商売としての料理、言いかえれば世俗的な部分とアカデミックさが入り交じる部分が辻静雄の考えの面白さ。作家の玉村豊男さんは辻のことを「日本人で唯一貴族になろうとして、ほとんどなった人」とややアイロニカルに評していますが(日本に本当の意味での貴族はいないので)辻の人生からは世俗から離れたいと願いつつも決して叶わず、アカデミズムに憧れつつも自身は調理師学校の校長──そんな追いかけても掴めないものの哀しさがそこはかとなく漂います。
生のトマトだけだと色が若干薄くなるので、トマトペーストも加えています。
小麦粉が入るのも当時のレシピの特徴。小麦粉は最も手軽なリエゾン(つなぎ食材)で、今の感覚からすれば必要のない食材ですが、今回はオリジナルに敬意を払い、少量加えることにします。小麦粉を加えることで生クリームや油脂分の分離を防げますし、まろやかな口当たりになります。ブイヨンは400ccに対して固形のコンソメ、又はブイヨンキューブを半分。旨味の補いとして使います。
鍋を中火にかけて、バターを溶かし、玉ねぎの薄切りとにんにくを加えて炒めます。科学的に厳密さを求めるとにんにくはバターで炒めないほうがいいのですが、これくらいの量であれば大勢に影響はなし。中火のままに炒めていきます。
うまみは、玉ねぎやにんにくをちょっと色づくまでいためたのが、土台になる。いためるという操作のなかで、野菜がいくらか焦げつき、その甘味とほろ苦い味があとで煮込んでいるさいちゅうに、そこはかとないうまみをにじみ出させることになるし、焦がしているというこの味とにおいが、ブイヨンとかコンソメと名付けられて市販されている、インスタント食品のいやな味やにおいを、それとなくかき消してくれると考えたらよいだろうか。(同著からの引用)
辻は「焦がす」という部分を強調していますが、この段階では焦げ目はつけないようにしました。玉ねぎから刺激的な臭いが消え、甘い香りが出てきたら小麦粉を加えてさらに炒めていきます。小麦粉にはしっかりと火を通すことが重要です。
小麦粉を入れると鍋肌にこびりつくようになります。それを剥がしながら炒め、こんな風に玉ねぎにうっすらと色がついてきたら、トマトペーストを投入。
ぶつ切りにしたトマトも加え、水を注ぎ、固形ブイヨンも入れて、溶かし込みます。火を強火にして、一度沸騰させましょう。
弱火に落として20分間。オリジナルはここでバジルとブーケガルニを加え「30分〜40分間、トマトが煮崩れるまで」煮ますとが、現在流通しているトマトはそこまで硬くないので、20分程度で充分。(バジルくらいは好みで加えてもいいですが、煮込んでいるあいだに香りが揮発してしまうので、仕上げに刻んだものを加えるほうが効果的でしょう)
当時は流通状態が悪かったので、かなり硬い状態で出荷し追熟させたり、そもそも栽培されているトマトが実の硬い品種でした。現在は流通状態も改善され、熟したトマトが入手しやすくなり、さらには新しい品種も次々と登場しています。野菜のなかには昔よりもずっとおいしくなったものも多くありますが、トマトもそのひとつです。
20分経過でこんな状態。
昔はザルかシノワで裏ごしするものでした。というのもトマトは種が潰れると苦味が出るので、ミキサーを使っていけなかったからです。しかし、この作業はかなり大変です。
今のトマトは種に苦味があるということもないので、ミキサーにかけてしまいます。それでもちょっと回すだけでピュレ状になるので、ミキシングのしすぎには注意。
ザルで裏込します。ミキサーにかけたあとであれば楽です。
こんな風に種と皮が残ります。この種が潰れるまでミキサーにかけちゃダメってことですよ。
ボウルを氷水に当てて冷やしながら生クリームを加えます。僕ならここで加えるのは牛乳なんですが、生クリームというのがフランス料理の王道。
でき上がりに生クリームをいれるのもよく、この料理のように冷たくいただかなければいけないときは、ポタージュらしいとろっとした味の土台を玉ねぎなどで出すようにして、粉をあまり多く使わないこと。(辻静雄 同著からの引用)
仕上げにヨーグルトを加えて、酸味とクリーミーさをつけます。冷蔵庫でよく冷やしてから盛り付けます。
ヨーグルトは、一つの夢だろう。(辻静雄 同著からの引用)
辻はめずらしく詩的な表現を用いていますが、同じく夏に食べるガスパッチョが昼の料理だとすると、こちらはディナータイムのはじまりにふさわしいスープ。ヨーグルトの爽やかな酸味と生クリームの厚みのある味が、味わう人に夏の夜の夢のように鮮烈な印象を残すことができるはずです。
仕上げにヨーグルトを少し落として、バジル、もしくはパセリ、セルフィーユなどを添えます。
歯にしみるくらい冷たく冷やして召し上がっていただくわけだが、このとき、できればポタージュ皿やコーヒーカップまで、フリーザーで冷やしておく心づかいはほしいもの。(辻静雄 同著からの引用)
そうそう、器を冷やしておくことも忘れてはいけません。効果的なのはスプーンを冷やしておくことです。持ち手の部分まで冷やしてしまうのはやりすぎなので、先端の口に当たる部分だけを氷水などで冷やしておきましょう。料理を学ぶということは先人の考えを知ること。丁寧に一つ一つの工程をきちんとつくりたいものです。自分が生きている今という時間を確認するように、食べる人のことを考えながら、ひとつ、ひとつ。
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!