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ビクトリアサンドイッチケーキの作り方

ビクトリアサンドイッチケーキはイギリスの定番お菓子。本来の2枚のバターケーキにジャムをはさみますが、今回は一枚を半分に切ってサンドイッチにしました。

おいしいケーキは口に入れると軽く、溶けていくもの。反対に重たくて、口のなかの水分を奪っていくようなパサパサなケーキは嫌なものです。ケーキをふんわりさせる秘密は空気です。空気を含ませるには3つの方法があります。一番、古い方法は糖を食べて二酸化炭素を出す微生物=イーストを使う方法。時間がかかる上、小さな泡をつくりにくいので、現在では一部のお菓子に残るのみで、あまり使われていません。

二つ目は『ベーキングパウダー』を使う方法で、今回はこの方法で焼きます。最後の3つ目は卵を泡立てる(ジェノバ風=ジェノワーズ)方法です。これについてはまた別の機会に説明します。

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さて、ベーキングパウダーは重曹(炭酸水素ナトリウム)と塩類(硫酸アルミニウムナトリウムや硫酸アルミニウムカリウム、あるいはリン酸カルシウムやピロリン酸ナトリウムや酒石酸塩)に乾燥剤としてのデンプンが混ざったもの。塩類が水に溶けることで酸性になり、それが重曹と反応して二酸化炭素が発生します。

よく膨らむなー、というベーキングパウダーとそうでもない(写真のRUMFORDのベーキングパウダーはそうでもない方です)製品があるのはこの塩類の違いに起因します。酒石酸やリン酸カルシウムは常温でも重曹と反応し、硫酸アルミニウムや温度が高くないと反応しません。この性質を利用し、複数の塩類を混ぜることで2度反応を起こし、ゆっくりと生地をふくらませるタイプのベーキングパウダーはよく膨らむのです。

ベーキングパウダーにはデンプン(主にコーンスターチ)が入っているのでこれが湿気を吸収し、保存期間を伸ばしてくれますが、それでも化学反応は進むので最大でも開封後は6ヶ月程度しか持ちません。

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今日は18cmの丸いケーキ型を使います。テフロン加工なのでそのまま使いますが、他の金属素材の場合は薄くバターを塗り、小麦粉をまぶしてから使います。(ケーキがくっつくメカニズムについては『鉄のフライパンの再生とメンテナンス』を参照のこと)

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材料です。

バター 100g
薄力粉 100g
ベーキングパウダー 5g
グラニュー糖 80g
卵     2個
牛乳    大さじ1

ベーキングパウダーで生地を作るときのポイントは2つ

●オーブンは必ず予熱しておく
●生地ができたらすぐに焼く

です。あるレシピで上手く行ったらいつも同じやり方をするのが一番。というのもベーキングパウダーの膨らみ方はオーブンの温度や生地の温度などに影響を受けます。これらの要素は作る環境によって異なるため慣れが必要なのです。

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バター、小麦粉、ベーキングパウダー、砂糖をフードプロセッサーに入れて、パン粉状にします。手で混ぜてもかまいません。小麦粉のデンプンに水分を加えるとベタベタになってしまい、くっつきあって玉になり、水分がなかに入っていきません。そのため、小麦粉の粒子をバラバラにしておく必要があります。バターと小麦粉を一緒に混ぜ合わせると小麦粉を油脂がくるんだバラバラの状態になり、玉にならずに均質できめのこまかいケーキになります。

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パン粉状になりました。この工程はタルト生地などをつくる際にも登場するので憶えておきましょう。コツはバターを溶かさないように(バターが溶けると水分と油脂にわかれ、小麦粉が水分を吸収し、ベタベタになってしまうので)手早く行うこと。

バターの役割は玉を防ぐだけではなく、デンプンの老化を防ぎ、生地をしっとりさせる働きもあります。デンプンの老化を防ぐためだけであればバター以外の油脂を使うことも可能です。このレシピのように膨張剤を使ってふくらませるケーキであればサラダ油でも軽い仕上がりになりますし、マーガリンを使う手もあります。ただ、バターのような風味は出ません。

コラム フラワーバッター法とシュガーバッター法
ここでは小麦粉にバターを混ぜ込むフラワーバッター法を採用していますが、はじめにバターと砂糖を混ぜ合わせて空気を含ませたところに卵を入れ、最後に粉を入れるシュガーバッター法という方法もあります。後者はタンパク質の分子が伸びないのでグルテンができにくく、焼いているうちに泡が逃げやすい、という弱点がありますが、ケーキを「硬く」するのもまたグルテンなので、上手につくれればやわらかいケーキになります。

前述の通り、フラワーバッター法であればバター以外の油脂を使うこともできますが、シュガーバッター法はバターと砂糖を混ぜ合わせ空気を含ませることに意味があるので、常温で固体であるバターかベーキング用のマーガリン以外は使えません。簡単につくるならフラワーバッター、慣れてきたらシュガーバッターという感じでしょうか?

このレシピでは砂糖の役割は味付けです。甘さ控えめの80gにしましたが、しっかりとした甘さが好きなら100gまで増やすといいでしょう。砂糖をまったく入れなくてもキメの細かい生地をつくることはできますが、生地の粘性が変わるので後で加える水分(ここでは牛乳)を多めに加える必要があります。とはいえ、砂糖を入れなければ「ケーキ」にはなりませんが。

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溶いた卵を加えます。卵は加熱することで卵のタンパク質が凝固し、ケーキの構造をつくります。また、卵の水分が加わったことで、小麦粉のグルテンが形成されます。このグルテンが二酸化炭素を風船のように閉じ込めるので、ケーキが膨らむのです。

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手作業で混ぜる場合は卵は少しずつ加えましょう。この時は強くかき混ぜ、グルテンを形成します。グルテンのシートができると生地は弾力を持ち、発生した泡を逃しません。フードプロセッサーはかき混ぜる力が強いので必要ありませんが、手作業であれば卵が全部入った後、1分ほど手でかき混ぜます。(卵が冷たすぎたり、生地が冷たいと分離することがありますが、フードプロセッサーで混ぜればまず失敗はありません)

最初に説明した卵を泡立ててつくるタイプのスポンジケーキ(ジェノワーズ)の場合は卵が物理的な泡をつくるのでグルテンを形成する必要はなく、そっと混ぜ込むだけにします。

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生地を牛乳でゆるめます。この液体の量は15ccくらい上限に調整することもできます。硬すぎると膨らみが悪くなり(生地が重いのでベーキングパウダーが発生する二酸化炭素では持ち上げられない)ますが、ゆるすぎると最初はふくらんでも焼き上がる前に崩れてしまいます。生地を傾けて落ちないくらいが目安です。薄力粉であれば水分が少なめでも大丈夫ですが、地粉(中力粉)や強力粉でつくりたい場合は多めに加える必要があるでしょう。後者の粉はタンパク質が多いので、どっしりとした重たい生地になりがちです。

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ケーキ型に生地を移したらただちに予熱したオーブンで焼きはじめます。もたもたしているとケーキ生地のなかでベーキングパウダーの反応がはじまり、ふくらませる前に力尽きてしまいます。

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200℃に予熱したオーブンの温度を180℃に落とし、30分間、焼きます。オーブンをあらかじめ高い温度で熱しておくのは、庫内を温めておくためです。内側の金属を熱くしておけば途中でオーブンの扉を開けたとしても温度が下がりにくくなるからです。

熱を加えることでベーキングパウダーから二酸化炭素が発生し、それによってケーキが膨らみます。この生地は通常のケーキよりも少しだけ高めの温度で焼きます。凝固が早いほど、二酸化炭素が抜けてケーキがしぼむリスクを抑えられるからです。

50℃を超えるとベーキングパウダーの酸が働き、生地が膨らみます。70℃を超えると反応は急速に進み、同時にタンパク質が凝固が進み、ケーキらしい食感になります。オーブンの温度が高すぎるとガスが膨張するよりも早く生地が固まってしまうので、ケーキが膨らみません。逆に低すぎると気泡を留めることができずやはり膨らみません。ケーキ型が大きすぎると熱い空気にさらされる面積が広くなるので、やはり膨らまず、はやく乾燥してしまいます。あまり大きくない型を使い、一定の温度で加熱することが成功のコツです。

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30分で焼き上がりました。焼き上がったかの判断は表面を触ってみるか、竹串やナイフを刺して、生の生地がくっつていこないかを確かめます。温度計を使う場合は90℃〜95℃を指していれば大丈夫です。

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30cmの高さに型を持ち上げて

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落とします。焼き上がったばかりのケーキの泡は閉じ込められているので、空気は出入りできません。ケーキの外側はよく焼けていて硬いので大丈夫なのですが、内側の部分は冷めると泡のなかの蒸気が水に戻り、風船がしぼむのでケーキが凹んでしまいます。

それを避けるために衝撃を与えて泡の一部を壊します。そうすると閉じた泡が開き、そこから空気が入ります。そうすればしぼみにくくなります。

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蒸気で湿ってしまうので、温かいうちにケーキを型から外します。(軍手を使うと楽です)

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底板の部分を包丁で剥がします。

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網の上で冷ましましょう。日本人はしっとりしたケーキが好きなので、水分が蒸発しすぎないように覆いをしてあげるとパサパサになりづらくなります。昔の職人は木の箱に入れて、ケーキを冷ましたものでした。

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上下、半分にカットします。

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ラズベリージャムを塗りましょう。今回はアオハタの4種のベリーのジャムを塗りました。国産メーカーのジャムは低糖度で日本人向けの味に仕上がります。好みでホイップクリームを挟んでもいいでしょう。

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さきほどカットしたケーキでサンドして、粉糖を振りかけます。

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出来上がり。アフタヌーンティーにぴったりのケーキです。

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ケーキが膨らみすぎたら生地がゆるすぎです。オーブンから取り出したケーキが潰れたり、中が生焼けの場合は温度を下げて、長く焼く必要があります。パサパサの場合は逆に長く焼きすぎたことが考えられます。

お菓子作りも原理は料理とまったく同じ。よく「お菓子は正確な計量が……」と言いますが、数グラムの誤差があったところで出来上がりに大差はありません。塩は1gと2gでは致命的に味が変わってしまいますが、1gと2gの砂糖の甘さの違いは小さいからです。それよりも熱による変数のほうが大きいのでオーブンの選択や型の大きさのほうが影響はずっと大きいので、レシピを参考に調整する必要があります。

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樋口直哉(TravelingFoodLab.)
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!