赤缶を使った料理二つ(カレーうどん&カレー唐揚げ)と短い文章
「#うちのエスビー」という企画は
キッチンや厨房にあるS&B商品の紹介、なぜそれを選ぶのかといった商品愛や使い方へのこだわり、それを使ったレシピ、関連するエピソードなど、S&B商品についてのエッセイ(作品)をしたためてもらうシリーズ
とのこと。「樋口さんも書いてもらえませんか?」と依頼されたのですが、仕事になるのであれば渡りに船。というのも僕が常備しているカレー粉がS&Bのカレー粉、通称『赤缶』だからです。
赤缶はどこのキッチンにもある香辛料。よく見ると国会議事堂(?)のイラストがあしらわれたパッケージにも変わらない良さがあります。
スパイスは使い方を間違えると特定の風味が立ちすぎて「薬臭く」なったりしますが、カレー粉を使うのであればその心配はありません。料理書で香辛料=スパイスを使っているレシピを調べると、かなりの確率で2種類以上が使われていることに気づくはずです。例えばブイヨンをとる時にはローリエ、タイム、パセリの茎などを組み合わせたブーケガルニが使われますし、中国料理ではネギ+生姜という組み合わせ、あるいは生姜+ニンニクというのが定番。
複数のスパイスをブレンドするとなにがいいのでしょうか。スパイスは単独では強い風味を持っていますが、複数を混ぜるとそれが複雑になります。結果としてスパイスのとがった香りがやわらぎ、風味がマイルドになるのです。調理科学の世界ではこれを『スパイスのブレンド効果』と言います。スパイスを単独で嗅いで「これは苦手な匂い」と感じる方も、様々なスパイスが混ざった状態であればおいしく食べられるのです。
S&Bのウェブサイトによると赤缶は〈三十数種類のスパイスを絶妙な比率でブレンド〉されているとのこと。それだけの数のスパイスを買い集めるのは大変ですが、カレー粉を使えば簡単、というわけ。
カレー風味の唐揚げの作り方
以前、紹介した「基本のチキンカレー」にも赤缶カレー粉を使っていますが、今回は「カレー唐揚げ」と「カレーうどん」の2種類のレシピを紹介します。お蕎麦屋さんのカレー南蛮にも赤缶が広く使われているのですが、シャープな辛味とフェヌグリークというスパイスの甘い香りが醤油味とベストマッチ。
カレー唐揚げ
鶏もも肉 1枚(300g〜350g)
醤油 大さじ½
酒 大さじ1
にんにく(すりおろし) 小さじ½
しょうが(すりおろし)小さじ½
塩 ひとつまみ(約0.8g)
白ごま 大さじ½
カレー粉 大さじ½
片栗粉 適量
作り方としては基本の「鶏唐揚げ」と同じです。ただ、カレー唐揚げはごはんと一緒ではなく、単体で食べておいしい味にしたいので、塩分を控えめにしています。
鶏肉は写真を参考に2.5cm角にカット。
ボウルに入れて片栗粉以外の材料を混ぜ合わせます。にんにくとしょうがのすりおろしはチューブで問題ありません。
揉み込んだりすると皮が剥がれるので、やさしく和える程度で大丈夫です。10分ほど置き味を馴染ませるのと同時に、鶏肉の温度を上げます。そうすると揚げた際に「中が生」という失敗のリスクがぐっと減るからです。
たっぷりと片栗粉をまぶしたら、、、
フライパンに1.5cmほどの高さまで揚げ油を入れ、中火にかけたらただちに衣をまぶした鶏肉を入れていきます。そのままにしていると次第に泡立ってくるので、火を弱めて、そのまま揚げます。
色づいたら裏返し、反対側も揚げていきます。反対側にも同じような揚げ色がついたら火加減を中火に戻し、カラッと揚げます。
揚げ上がり。表面のカリカリ感が足りない、という場合はこのまま1分ほど置いてからもう一度高温で揚げます。そうすることで内側から表面に移行した水分が蒸発し、カリカリ感が出ます。ただ、すぐに食べるのであれば一度揚げでもいいのかな、と思います。
おかずとしてもいいですが、お酒のつまみになる唐揚げです。
赤缶のカレー以外の使い方の基本は醤油味の料理に足すのが一番簡単。この原稿を書きながら昔、テレビ番組の仕事を手伝っていた時、有名な料理人の方がカレー粉を入れたブリ大根を作っていたことを思い出しました。いくら鮮度のいいブリでも大きいものは捌くと結構、魚臭くなるのですが、その料理を味わうとカレーの風味で味覚や嗅覚が新鮮になるのです。さすがという使い方でした。
カレーうどんの作り方
普段のカレーには市販のルーを使っているという方も多いと思いますが、カレー粉を使うと自由な味が楽しめます。今回は小麦粉とサラダ油とカレー粉で作ったルーに麺つゆを入れた和風のカレーをつくり、温めた茹でうどんにかけます。出汁の利いた醤油味にシャープなカレーの風味がおいしい料理です。
カレーうどん(2人前)
水 500cc
醤油 50cc
みりん 50cc
昆布 5g
かつお節 15g
小麦粉 大さじ2
サラダ油 大さじ2
カレー粉 大さじ1
豚バラ 150g
長ネギ 1本
まずは麺つゆからつくります。
すべての材料を鍋に入れて、中火にかけます。沸騰してきたら弱火に落として5分間。
ザルで濾せば出来上がりです。面倒であれば市販の麺つゆを規定の濃度まで希釈して使ってください。
厚手の鍋にサラダ油を小麦粉を入れて、中火にかけます。ホワイトソースをつくるときの要領で混ぜながら加熱していくと、、、
ルーが次第にポロポロになってきます。これは小麦粉に火が通った証拠です。この過程で香ばしい風味も出ますし、仕上がりの口当たりがよくなります。この後、カレー粉を加えますが、ここで必ず一度、火を止めてください。
火を止めた状態でカレー粉を混ぜ合わせると、いい香りがするはずです。スパイスを高温にしすぎると芳香成分が揮発して弱まってしまうので、この作業は火を止めた状態で行います。
混ぜているうちにルーが冷めたので、さきほど作った麺つゆを注ぎ入れます。
泡立て器で撹拌して、ルーを溶かしましょう。ルーが玉になるのは外側の小麦粉が糊化し、内側にそれ以上水分が入っていかないことで起きる現象。そのため糊化する温度よりも低い温度で十分に溶かしておき、火にかけるようにすれば玉になることはありません。
ルーが溶けたことを確認したら、中火にかけて沸かします。沸点に近づくととろみがついてくるはずです。これでカレーうどんのベースができました。
具を準備します。フライパンに3〜4cmに切った豚肉と斜め2cmに切った長ネギを並べ、中火にかけます。フッ素樹脂加工のフライパンであれば豚バラ肉に脂があるので、油は引かないでも大丈夫。
下味の塩を薄く振っておきます。
片面に焦げ目がついてきたら全体を混ぜ合わせ火を止め、さきほどのめんつゆに加えます。
カレーうどんのつゆの出来上がりです。
うどんを温めているあいだに1〜2分ほど煮て、馴染ませてもいいでしょう。今回はうどんに使いますが、もちろんごはんにかけて食べるのも美味しいです。いわゆるお蕎麦屋さんのカレーですね。その場合は水溶き片栗粉を加えるなどして濃度を調整してもいいでしょう。
熱湯にくぐらせて温めた茹でうどんを丼に入れ、カレーソースをたっぷりとかけました。最後に缶詰のグリーンピースを気分で加えてみました。
赤缶+醤油出汁の香りを嗅ぐと「あ、お蕎麦屋さんだ」と思うはず。それくらい定着したおなじみの香りです。はじめに発売されたときはもの珍しかったでしょうが、今ではふつうになっている。そう考えるとなかなかすごいものだと思います。
開封後のカレー粉は徐々に風味が落ちていきますが、毎日カレーをつくるわけにもいかないので、普段の料理に加える形で使っていくのがベターです。
さて、こちらの「#うちのエスビー」という企画の主旨は冒頭に引いたように「S&B商品についてのエッセイ」らしいので最後にカレーにまつわる800字くらいのエッセイを。
かつてあったカレー店の話
この記事を書くために改めて、エスビーの赤缶を観察したら文字の後ろに国会議事堂のイラストが描かれていた。気になって調べてみたところS&Bエスビー株式会社のwebサイトに情報があった。
Q【赤缶カレー粉】
缶に描かれている建物は何ですか?
A 東京工場(現在の板橋スパイスセンター)にあった建物です。戦後当時、国会議事堂が日本を代表する建物であったことから、それを模した建物がつくられました。
なんと、国会議事堂は実際にあった建物らしい。竣工したばかりの国会議事堂が話題になっていたのでそれを模して建ててしまった、というのがすごい。しかも、その建物があった場所は自分の実家から歩いていける距離だったので、よけいに驚いた。調べてみないとわからないことはあるものだ。
この原稿の依頼を受けたとき「赤缶への愛着とかはありますか?」と聞かれた。少し考えたけれど、そういう感情はない。赤缶は子供の頃から当たり前のようにある存在で、水や空気に愛着を持たないのと同じだ。あまりにも当たり前だから、こんなイラストが描かれていることにも気が付かない。
思い出なら、少しはある。料理をはじめたばかりの頃、商店街にあった小さなカレー屋さんによく通った。油を少ししか使っていないせいかルーはさらっとして、スパイシーだった。気に入ったのはご飯がちゃんとふっくらしていたことだ。聞くと店主は新潟出身で、やはりそれなりに気を遣っているらしかった。
通ううちに一言、二言言葉を交わすようになった。ぼくが料理を仕事にしていることを知ると、店主は先輩としていろいろなことを教えてくれるようになった。重い鍋の柄を持つ時は手の甲を下に向けるのではなく、上にして持つようにすること。手首が固定されるので腱鞘炎にならない。憶えておくといいよ、自分は腱鞘炎で苦労したからさ……etc。
そのお店のキッチンの片隅に赤缶があった。家庭用の赤缶は小さくて丸い缶だが、業務用は丸みを帯びた四角だ。家庭ではとても使い切れない量で、家とお店の料理の違いを象徴していた。
ただそれだけの、とるに足らない記憶だけど、憶えているからにはぼくにとってなにか意味があるのだろう。なにかを見るとなにかを思い出す。大きな業務用の赤缶から僕が思い出すのはあの店のカレーの味だ。当たり前のように食べていたその味は、今はもうない。
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!