作り置きできる料理屋風『おひたし』と『浸し地』のつくり方
「一日350gの野菜を食べるとよい」
といわれていますが、平成29年度の調査では日本人一日当たりの野菜摂取量の平均値は 288.2 g。野菜料理一皿分が足りない計算です。生活習慣病の予防のためにも、毎日の食事になにか一品、加えたいところ。
今回、紹介する『おひたし』はそんなあと一品にぴったりの料理です。日本国語大辞典によると、おひたし【御浸】とは「ホウレンソウなどの青菜をゆでて、しょうゆ、かつおぶしなどをかけたもの。ひたしもの」とあります。今日はそんな王道お浸しと料理屋風の二種類をご紹介します。上手にできたおひたしは野菜の食感が残り、色鮮やか。そのために必要なのは高温短時間での加熱です。
ほうれん草のおひたし
材料
ほうれん草 1パック
醤油 適量
鰹節 適量
まずはほうれん草の選び方から。葉の色が濃すぎず、葉先がピンとしていて、みずみずしい感じのものを選びます。
葉が大きなほうれん草は、水分の蒸発量の多い野菜です。買ってきたらその日のうちに茹でてしまうのがいいでしょう。
保存する場合には野菜室ではなく、冷蔵庫に。ほうれん草の最適保存温度は0℃〜5℃なので、チルド室があればそこで保存するのがおすすめです。ちなみに
「ほうれん草を保存するときは立てた状態で」
という人がいますが、立てた状態でも寝かせた状態でも冷蔵庫にきちんと保存していれば差はありません。
1.ほうれん草は軸の先端にある根の硬い部分を切り落とす。(軸を切るとバラバラになってしまい扱いづらくなるので注意)次に軸に切り込みを入れ、蛇口の流水で軸の内側を洗い、その後、ボウルで全体をすすぐ。
*ほうれん草の洗い方
ほうれん草は葉が密集している軸の部分に土埃が入りこんでいます。切り込みを入れてから蛇口で洗えば、水の勢いで汚れが落ちていきます。最後にボウルに張った水に浸け、葉の部分を洗います。ボウルに張った水のなかで振りながら洗う「振り洗い」をします。時々、葉脈の部分に小さな白い塊が付着していることがあります。これはシュウ酸カリウムの結晶で食べても問題なく、通常の調理では水に溶けます。
2.ほうれん草を葉側と軸側に切り分け、たっぷりの湯で葉から茹でる。10秒でしんなりしてくるので冷水にとる。
*ほうれん草の茹で方
ほうれん草を茹でるときはたっぷりのお湯で、加熱を短時間で済ませることが重要です。
青菜類の緑はクロロフィルという色素によるもので、加熱をすると空気が追い出されるので色が濃くなります。
しかし、茹で過ぎは禁物。茹で過ぎの問題点は野菜のシャキシャキ感が損なわれるだけではありません。細胞が破れ、細胞内に含まれている酸がクロロフィルと接してしまうのも問題。酸にさらされるとクロロフィル分子の中心にあるマグネシウム原子が水素イオンと入れかわってしまい、結果として色がくすんでしまうのです。
それを防ぐためにはたっぷりのお湯で茹でること。つまり、酸の濃度を薄めながら茹でればいいのです。
また、少しずつ湯に入れて鍋のなかの湯の温度を下げないことも大事です。茹で上がったら水にとって加熱を止めること。温度を下げると退色が防げます。そのためにはセッティングが重要です。鍋の横に冷水を準備し、効率よく作業をしましょう。
3.葉が茹で上がったら同様に軸側を茹で、冷水にとる。軸側の茹で時間は15秒が目安。
*軸が先か、葉が先か
ほうれん草を茹でるときはまるごと軸から茹でて、時間差で葉を茹でるという方法がよく知られていますが、研究ではほうれん草は切ってから茹でても、まるごと茹でても味に差がないことがわかっています。無理にまるごと茹でる必要性はありません。
合理的なのはまずアクのすくない葉を茹でてから、軸を茹でる方法。軸の茹で時間は時期によって異なります。今の時期の細いほうれん草なら15秒〜20秒ほど、旬の盛りの冬のほうれん草なら30秒は必要です。菜箸で軸を持ってみてやわらかさを感じれば大丈夫。硬さの具合を確かめながら茹でていきます。
また、ほうれん草を茹でるときに塩を加える必要はありません。『塩を加えると沸点があがり、早く茹で上がる』という主張がありますが、1Lの水に10gの塩を加えることで上昇する沸点は約0.18度。0.18度の温度上昇は茹で時間をコンマ秒短くしてくれるかもしれませんが、ほとんど意味がないからです。
『塩を加えるとクロロフィルが定着して色が鮮やかになる』という意見もあります。クロロフィル分子の一部が塩化ナトリウムと部分的に置きかえられて安定した形になり、酸化酵素の作用を抑える効果が期待出来る、という主張です。なんとなく説得力がありそうですが、実際には塩を加えても加えなくても色に差はありません。
最後に『塩で茹でると味付けになり、水っぽくなるのを防げる』という主張もありますが、この場合は調理後に水に晒すので、せっかくつけた塩気も抜けてしまい、それも期待できません。以上の理由から青菜を茹でるときに塩は入れないで茹でましょう。
4.茹で上がったほうれん草は巻きすで水気を絞る。
*手の雑菌をつけないように注意
巻きすを使って絞ると簡単にほうれん草の水気を切ることができます。巻きすは100円均一で売っている程度の商品で充分です。キッチンペーパーでもいいのですが、巻きすであれば何度も使えて経済的です。巻きすを使うと手とは違って力が分散されるため、力を入れて絞って大丈夫です。
巻きすがない場合には手を使って絞っても問題ありません。ただ、その場合は力を入れすぎないように気をつけてください。細胞が破裂するほど絞ると食感が悪くなってしまいます。
また、どれだけ丁寧に作業を進めても、手を使った場合は雑菌が付着するのが難点です。そのまま食べるならいいのですが、時間を置く場合にはその雑菌が増殖し、味や保存期間に影響します。手を使う場合には調理用の手袋をするのがベターです。
5.一口大に切って、器に盛り、鰹節を添える。食べる直前に醤油を垂らす。
これはすぐに食べるタイプの家庭料理のおひたし。1パックはちょっと量があるので、保存をしたい場合は冷蔵庫で。一日くらいなら問題なく食べられますが、それ以上であれば冷凍するのがおすすめです。
家庭スタイルのおひたしは一日しかおいしさが持たないので、料理屋さんではちょっと違った作り方をします。名前の通り「浸し地」という出汁に浸すのです。こうすることでおいしさがずっと長持ちします。
料理屋の『浸し地』のつくり方
『浸し地』の材料(作りやすい分量)
水 500cc
醤油 100cc
みりん 100cc
鰹節 10g
1.材料をすべて鍋に入れて中火にかけ、沸騰したら弱火に落として2分間煮て、みりんのアルコール分を飛ばす。
2.1をザルで濾し、氷水にあてて冷ます。
こうしてできた浸し地をさきほどの茹で上がったほうれん草に注ぎます。この浸し地の配合は水5に醤油1、みりんが1。そうめんのときにつくっためんつゆと同じ配合です。つまり、味に目をつむれば市販のめんつゆを使ってもいい、ということです。
作りやすい分量なので、浸し地=めんつゆは多めにできます。余った浸け地はペットボトルなどに入れておくか、ジッパー付きの保存袋に入れて冷凍しておきましょう。これに水を足し、砂糖を少し足せば、野菜の煮物──例えば先日、紹介した肉じゃがもすぐにつくれます。
目安は「ひたひた」よりも少ないくらい。ひたひたというのは素材がつかるか、つからないかぐらいを指します。密閉容器に入れて冷蔵庫で保存しておけばいつでも好きなときに食べることができます。出汁に浸しておくと味の劣化が少ないので、料理屋さんではこんなふうにこしらえます。食べるときは清潔な箸で小鉢に移して、鰹節をふりかけます。味がついているので醤油をかける必要はないですが、浸し地を少しかけたほうがおいしいと思います。
家庭でも時間のあるときにたっぷりつくって冷蔵庫に入れておけばいいでしょう。例えば日曜日にたっぷり作っておけば木曜日くらいまでは毎日、食べられます。青菜のおひたしはホウレンソウだけではなく、なにを使ってもOK。
【アレンジ】小松菜のおひたし
1.小松菜はホウレンソウと同様に根を切ってよく洗い、葉と茎にわけ、順番に茹でる。茹で上がったものから冷水にとる。茎の茹で時間は30秒、葉は15秒が目安。
*小松菜はアクがない
上の写真を見てください。ホウレンソウを茹でた時と違って茹で汁が黄色くなっていません。小松菜はホウレンソウと違ってアクがないので、生でも食べられるほどです。茎のシャキシャキ感が魅力なので、茹ですぎないよう注意してください。
2.保存容器に並べ、浸し地を注ぐ。冷蔵庫で保存。
ホウレンソウはかつおぶしを振りましたが、小松菜にはごまを振ってみました。
上に振るものは他におぼろ昆布などもあいますが、ゴマのように香りのあるものをふりかけると気分が変わります。あるいはこれからの季節、ゆずの皮の千切りなどもいいでしょう。
小松菜とホウレンソウを一緒に浸し地に入れておいてもよく、ほかに青梗菜、水菜、春菊などもいいですし、ニラやクレソンなどの香りのある野菜もおすすめです。ボリュームを出したければもやしを混ぜれば嵩が増える、など応用は無限です。