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サーモンのポシェ

ポシェはフランス語で、英語のポーチ(茹でる)の意味。日本語で茹でるという言葉は「熱湯に入れて煮る。うでる。」という一つの表現しかありませんが、英語やフランス語で茹でる表現は様々。例えば英語では

Blanch ブランチ 短時間でさっと茹でる
Boil ボイル 100度でぐつぐつ煮る
Poach ポーチ 低い温度で茹でる

という具合です。(ポーチドエッグとボイルドエッグ(ゆで卵)の違いを想像してもらうとわかりやすいか、と思います)
今日は分子料理学の権威、エルヴェ・ティス教授の『マスのポシェ ブールブラン』をアレンジして、茹でるという調理法と加熱温度、それからクールブイヨンについて考えます。 たまには本格的な料理でも、というレシピです。とはいっても作業自体は簡単。

クールブイヨンというのは魚介類を煮る液体のこと。一般的には水と香味野菜、ビネガーを鍋に入れて煮出すだけですが、このレシピではビネガーは入れずに野菜と白ワインを贅沢に使います。クールブイヨンというよりもキュイッソン・ド・レギューム(キュイッソンは煮汁、レギュームは野菜のことです)と呼んだほうがフランス料理的には適切かもしれません。

クールブイヨン(キュイッソン ド レギューム)
 ニンジン 100g
 玉ねぎ 100g
 バター 15g
 白ワイン 1本(730cc)
 水   500cc
 パセリ 1本
 タイム 1本
 ローリエ 2枚
 塩   6g
 黒コショウ 10粒(粗くつぶす)

白ワインを1本というのは贅沢に感じますが、このクールブイヨンは何度も使うことができるのでちょっとおいしい白ワインを使ったほうがかえって経済的です。今回はニンジンと玉ねぎだけしか使っていませんが、マッシュルーム、フヌイユがあれば入れるとさらにおいしくできます。

野菜は薄切りにして、バターで加熱します。クールブイヨンは適当につくることが多い出汁ですが、丁寧につくると味が違います。 

蓋をして、弱火でじっくりと加熱していきます。

このとき、蒸発して蓋の内側についた水蒸気を鍋のなかに落とすことが重要です。水蒸気と一緒に蒸発してしまう風味化合物を鍋のなかに多少は戻すことができます。

焦がさないようにじっくりと。黄金色になるまで炒めました。香りを確認すると、甘い匂いがします。

この状態になったら白ワインを一本加えます。火を中火に強めましょう。

アクが浮いてきますのでとります。野菜のアクには旨味や香り成分も多く含まれているのでとらない方が濃厚な味にはなりますが、えぐみなども含まれているので、きれいな味を求めるならやはり除去するのがいいようです。

アルコールの香りが飛んだことを確認して、今度は水を加えます。

 ハーブ類も加えます。 ここでの目的は香りを液体に移すこと、従って火加減はごく弱火にして、鍋には蓋をします。

このまま30分間、加熱します。 

仕上がる5分前に胡椒と塩を加えます。オリジナルのティス教授のレシピよりも塩の量はかなり控えめ。黒胡椒は必ず仕上げる五分前に加えてください。実験によって八分間以上加熱すると胡椒の香りと風味がなくなってしまうことがわかっています。

ここで味見をしましょう。ワインの酸味と野菜の甘味のバランスがとれたおいしいブイヨンができているはず。何回か作ってみると使うワインの種類によって酸味の具合は違うことがわかります。酸っぱすぎる場合は野菜を増やすなど工夫しましょう。クールブイヨンで魚介類で茹でて、スープとして提供すると「ナージュ」という料理になります。

濾して氷水で冷やしておきましょう。このクールブイヨン、イカやエビ、鶏肉などを茹でる時に効果を発揮します。何度でも繰り返し使うことで、様々な味が混ざり合い、濃厚になっていきますが、使う度にきちんと沸かし、氷水で急冷するなど保存には多少、気を遣う必要があります。また煮詰まってきたら水を足し、時には冷凍するなどしましょう。

続いてブールブランソースをつくります。

ブールブランソース
 白ワイン 100cc
 白ワインビネガー 50cc
 エシャロット  35g(または玉ねぎにニンニクをほんの少し)
  (クールブイヨン 50cc)
  無塩バター 100g

ブールブランソースはフランス料理のベーシックなソース。はじめて習った時はバターの量にたじろいだものですが、仕上がりは意外とさっぱりした味のソースです。

鍋に白ワイン、ビネガー、エシャロットのみじん切りを入れ、中火にかけます。エシャロットを炒めてから液体を加える方法もありますが、今回はこちらの方法を選択しています。

沸いてきたら弱火に落とし、ゆっくりと煮詰めるようにします。エシャロットを炒めていないので、甘味と旨味を出す時間が必要だからです。このとき、鍋の側面を一度拭いてあげると雑味がソースに含まれることを防ぐことができます。

水分が少ない状態(sec)まで煮詰まりました。この状態でバターを加えればいいのですが、、、 

今回はよりおいしくするために料理に使うクールブイヨンを50cc加えて、さらに煮詰めます。

再び煮詰まりました。ここで火をごく弱火に落として、、、

小さな角切りにしたバターを少し加え、泡立て器で攪拌していきます。マヨネーズをつくるとき、油脂を少しずつ垂らしていくのと原理は一緒。

溶けたら次のバターを加え、また混ぜます。周りが軽く沸くくらいの火加減が目安です。あまり火が強いと水分の蒸発量が多くなりすぎて分離します。

乳化には水分が必要というメカニズムを思い出してください。幸いなことにバターには2割ほどの水分が含まれているので、火加減さえ気をつければ安全に乳化作業を進めることができます。 これで全部のバターがはいりました。

ザルかシノワで濾します。このときしっかりとエキスを搾り取ります。濾さなくても大丈夫です。ちなみにこのエシャロット、結構おいしいので今回はアクセントに少量、料理に添えています。

ソースの濃度はこんな状態。スプーンの背について、指で線がひけるくらいです。塩、胡椒で軽く味付けします。薄味で大丈夫。ほんの少量のカイエンヌペッパーを加える人もいます。

鍋にサーモンの切り身を並べ、クールブイヨンを注ぎます。 切り身が液体に浸かっていることを確認し、足りなければ水を足します。
蓋をして弱火でゆっくりと加熱していきますが、このときの液体の温度は75度。決して80度を越えないように注意しましょう。ティス教授は温度計が必要とアドバイスしています。 贅沢にするなら一緒に牡蠣を茹でてもいいかもしれません。くっつくのを防ぐためにオーブンペーパーを敷いています。
ちなみにこの料理、オリジナルはティス教授がオーブラックにあるミシェル・ブラスというレストランで食べた繊細な火入れのサーモン料理に出会ったときに考案したものです。

私は直感的に、80℃程度の低温のオーブンなら、この火通しが可能なのではないだろうかと考えました。なぜ80℃かといえば、タンパク質が凝固しはじめて魚の身に火が通り始めるのは60℃以上(中略)だからです。

ティス教授は大きな切り身、あるいは一匹まるごと茹でることを前提に弱火で煮続けていますが家庭では切り身を使い、80度に達したら火を止めて、蓋をしたまま10分ほど放置するのが簡単です。切り身が薄ければ時間はそれほどかからないかもしれませんが、温度さえあげなければそれほど状態が変化しないので安心。

冷製にして食べる時はスープのなかでサーモンを冷ますようにします。冷めるとサーモンが液体を吸うので煮汁が減っているのがわかります。冷製の場合はマヨネーズを添えてもいいでしょう。

温めた皿に塩茹でした菜の花、ソースに入っていたエシャロット、茹でたサーモンを盛り、ソースをかけます。胡椒とハーブを添えれば完成です。

ソースは保存が利きませんが、魔法瓶に入れておけば一時間前には準備できます。食べる人がテーブルについたらサーモンとつけ合わせ(冬の時期はほうれん草がいいでしょう)を茹でて、盛り付けるという流れがおすすめです。

この魚を茹でるという調理法は日本ではあまり行いませんが大きなメリットが二つあります。一つは一皿分でも十皿分でも安定した状態で提供できるということ、もう一つは調理中に魚の匂いが出にくいことです。

今回はブールブランソースをかけていますが、大根下ろしとポン酢なら和風に。醤油と酢、豆板醤にゴマ油をかければ中華風に、という具合にアレンジは自由。どんな魚も茹でて食べることができますので、試してみましょう。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!