見出し画像

料理道具コラム 『包丁』

料理をする時に必要な道具の話。

台所に必要な包丁は最低2本、三徳包丁とペティナイフと広く言われている。ただ、市販されている三徳包丁の多くは刃渡が短く、肉や魚を切る際に不便なので、小ぶりな牛刀か筋引きが個人的には便利だと思う。

下はペティナイフで、上の三徳包丁は土井勝考案(東亜金属製)のもの。一般的に売られている三徳包丁よりも刀身が長く、形状としては筋引きに近い。刺身も引ければ肉も切れる万能包丁。考案されたのはかなり昔のようだが、家庭では最適なデザインではないだろうか。入手しづらいのが残念。

そこに魚をおろすための出刃包丁を足すことで大抵の用は足りる。切れ味のいい包丁で料理すると食べものの舌触りが良くなり、野菜は新鮮さが長持ちする。なにより力を使わずに切れるので安全だ。

包丁の基本、鋼とステンレスの違いを知る

プロ用の包丁店に足を運ぶと様々な値段の包丁が並んでいるが、どんな包丁を選べばいいのか。

まずは製造方法による違いだが、包丁は〈鍛造〉か〈打ち抜き〉加工のどちらかで製造されている。鍛造された包丁は硬度(金属の硬さ)と靱性(金属の粘り)に優れていて、切れ味が長持ちする。ただし高価で、重い。
逆に打ち抜き加工されたものは安価で軽いが、鍛造と比べると切れ味は落ちやすい。包丁の重さは使い心地を決める大きな要素で、最終的には好みである。軽い方が取り回しは楽だが、野菜を刻んだりする時は包丁自身の重さで切れるので重い包丁の方が疲れない。(もっとも、たくさんの材料を刻む必要がある人にとっては便利という話で家庭ではあまり関係がないかもしれない)

製法だけではなく、鋼材の違いも考慮する必要がある。鋼材は大きく分けると炭素鋼系(いわゆる鋼包丁)とステンレス鋼系に分かれる。
「鋼の包丁が一番で、ステンレスなんて切れない」
 という意見もあるが、ある研究によると炭素鋼とステンレスでは、炭素鋼の方が5%刃を鋭くできるのに対して、切れ味の持続性はステンレスが5%勝っていた。どちらも一長一短というわけだが、5%というのは実用的な観点では誤差の範囲で、同一条件で比較をすると差はほとんどないという結論だ。
ただ、和食の職人が使うような極端に硬い鋼の包丁は例外として、ステンレスよりも鋼の包丁の方が研ぎやすいのは事実である。「鋼の包丁の方が切れる」という一般的なイメージは、この研ぎやすさに起因しているのだろう。どちらを選ぶかは主観的な好みになるが、ステンレスには錆びづらいという最大のメリットがあるので家庭用の包丁ではステンレスがおすすめ、ということになる。

高価な包丁を買うメリットはあるのか?

包丁の切れ味を決定する要素は〈硬度〉〈刃角度〉〈刃先の粗さ〉で、学術的研究の多くもこの3要素に基づいている。
鋼材には様々な種類があるが、硬度が高い方が切れ味がいいとされる。ただ、靱性(粘り)がないと刃がもろくなり、切れ味の持続性も下がる。硬度と靱性はトレードオフの関係にあるので簡単にはいかず、そのため様々な鋼材が開発され、用途に応じて使い分けられている。
例えばステンレスは炭素鋼にクロムを加えたものだが、炭素分を増やすと硬度が増す。(いわゆるハイカーボンステンレス)また、モリブデン、バナジウム、タングステンやコバルトを入れれば金属の粒子が細かくなり、靱性が出てくる。ステンレス包丁のカタログを見ていると、V金1号とかV金10号といった金属の種類が書かれている。例にあげたのはたまたま武生特殊鋼材の鋼材だが、単純にいえばV金1号(モリブデンが多い)よりもV金10号(コバルトが多い)の方が高価で切れ味は持続するが、研ぎにくいということになる。また、最近ではダマスカスという刃紋が入った包丁も人気だが、これは見た目が特徴的なだけで切れ味とは関係がない。
一般的に業務用の包丁は高硬度の金属が用いられ、逆に家庭用は軟らかい金属を使っていることが多い。硬度が高いと落としたときや手荒く扱った時の刃こぼれリスクが上がるからだ。

高価な包丁を買うメリットはあるのか?

最後は主観的な判断に委ねられるが、高価な包丁のメリットは主に切れ味の持続性なので、使用頻度の低い家庭では安価な包丁を買って頻繁に研ぐという選択肢も充分にあり得る。(もちろん逆に使用頻度が低いからこそ、資金に余裕があるなら高価な包丁を購入し、研ぐ時間を節約するという考え方もある。時間が一番貴重な現代においては正しい選択肢だ)
硬度が高い包丁が切れるのはたしかだが、100円均一で売られているような硬度の低い包丁が切れないか、というとそうでもない。じつは100円均一の包丁でもきちんと研げば充分な切れ味を得ることができる。(ただし硬度が低いためすぐに切れなくなるが)包丁の切れ味には硬度だけではなく、残りの二つの要素──〈刃角度〉〈刃先の粗さ〉が関係しているからだ。

買ったばかりの包丁は切れない?

〈ものが切れる〉ということは材料が両側に押し分けられる働きによるものなので、包丁の刃の角度が緩やかなほど切りやすい。

下の写真の左側の包丁と右側の包丁で食材を切れば、右側の包丁のほうが抵抗なく食材に入っていくことは容易に創造がつくはずだ。もちろん、刃の厚みも関係しており、刃は薄いほうが抵抗が少なく、楽に切れる。

料理が好きな人なら同意いただけると思うが、買ったばかりの包丁は切れ味が悪い。新品の包丁には一般的に25度前後(片刃は20度前後)の角度の刃がつけられているからだ。

この角度をもっと緩やかにすることで切れ味はよくなる。しかし、どのくらいの刃角度がいいのか、ということになるとなかなか難しい。角度が緩やかになると、それだけ刃が薄くなる。そうすると少しでも食材が切ると刃先が摩耗し、切れ味の持続性が落ちるのだ。
適切な刃の角度については人によって見解が異なる。刃の角度は用途によって決まり、例えば手術用のメスの刃角度は27度だが、逆に木を切るときの斧の刃角度は35度から40度という具合だ。刃の角度が大きくなれば切れ味は悪くなるが、耐久性は増す。包丁メーカーの技術者は少なくても20度以上の刃角度を推奨している。一般的にいいとされている角度は15度前後(実際には刃は両面にあるので全体として30度の角度の刃を持つことになる)だが、実際は元々の刃の厚さによっても適切な刃の角度が異なるので一概に言えない。
硬度と靱性を併せ持った高価な包丁なら刃を薄くしても切れ味を維持できるかもしれないが、安価な包丁にあまり薄い刃をつけすぎるとすぐに切れ味が落ちてしまうので、現実的には包丁のグレードや自分の感覚と相談しながら、自分に適した角度を探っていく必要がある。

包丁を研ぐ

研ぐことは〈刃角度〉に関わるだけではなく最後の〈刃の粗さ〉とも関係してくる。包丁研ぎには一家言持つ人が多く語りづらいが、まず砥石を購入する必要がある。写真は右から仕上砥石、中砥石、面直し砥石だ。天然砥石の資源が枯渇しつつある現在、砥石と言えば人造砥石を指すのが普通で、人造砥石は粒度を選べるという大きな利点があり、最低限1000番程度の中砥石があればよいとされる。

ただ、中砥石と言っても硬さや素材は様々。砥石は鋼材との相性があるので理屈からいえば包丁によって砥石を変えなければいけない。それでも最近の砥石(amazonなどでセラミック砥石と検索すればいくらでも出てくる)は質がよく、で、硬いステンレス包丁も研ぎ易くなった。

案外、忘れがちだが他に絶対に買っておかなければいけないのは『面直し砥石』(修正砥石)だ。砥石は使っていく度に削れていくので、都度修正する必要がある。

極端な図だがこんな風にへこんでしまった砥石で研ぐと、包丁を手前に引いたときに刃の先端が潰れてしまう。面直し砥石がなければ砥石同士をこすり合わせたり、コンクリートブロックで削るという手もあるけれど、大人しく面直し砥石を購入した方が楽だ。

説明書に指示されている通りに水に浸した砥石を使い、包丁を前後に動かすようにして研いでいく。大事なことは刃の角度を維持することだ。慣れないうちは刃の部分を水性ペンで黒く塗っておくとどこまで研いだかの目安にはなる。

刃角度はよく十円玉一枚とか二枚分の厚さとか言うが、信用しすぎてはいけない。刃の厚さ、十円玉を置く位置などで角度が変わってしまうので、結局は刃先の角度をイメージして研いでいくしかない。

また、包丁は刃先がカーブを描いているので、刃先部分と根本側の部分はわけて研ぐ必要がある。

この時、表面に浮いてくるのが〈砥ぎ汁〉で、これが切れ味を決める最後の要素である〈刃の粗さ〉を形成する。砥ぎ汁は水分と砥石や包丁の金属の粒子が混ざったもので、これが刃と砥石のあいだに存在することで刃がミクロの単位でノコギリのようにギザギザになる。このギザギザが対象物を切る際のきっかけとなり、それを起点にして切断が進むので、刃先が粗い方が体感的には切れやすい、ということになる。包丁を溝の上で動かすだけで切れ味がよくなるという簡易包丁研ぎはこれを利用したもので、皿の裏側で包丁をこするだけでも同じような効果を得ることができる。

ただ『熟練者の包丁研ぎにおける官能評価と刃先形状との関連性』という調理科学学会での発表によると〈「よく切れる包丁」とは、刃先の粗さのみではなくその他の要因(刃先角度、厚さ等)が関与している可能性が示唆された」とある。当たり前の結論になるが簡易包丁研ぎでは満足な切れ味を得ることはできない。

研ぎ汁をどこまで流さないか、は意見がわかれるはずだ。以前、大阪の堺を訪ねて包丁の研ぎ師を取材したことがあるが、プロは研ぎ汁をこまめに洗い流しながら包丁を研いでいた。あまり刃を粗くすると今度は摩擦が大きくなり、切れ味が悪くなるからだろう。刃角度の項でも触れたが摩擦は切れ味を決定する大きな要素で、カミソリの刃は仕上げに油状のテフロンでコーティングすることでこれを抑えている。日本料理の刺身など滑らかな切断面が要求される包丁などは研ぎ汁を流しながら研いだほうがいいかもしれない。ケースバイケースだ。

また、カミソリは油が落ちてしまうと切れ味が落ちるが、包丁はノコギリ型なので切れ味はあまり落ちない。刃先の粗さもまた切れ味の持続性と関係している。

片面をしばらく研いだら刃先を指で触ってみる。ひっかかりがあればそれが「返り」で、上手に研げていることの証拠だ。反対側も同じように研ぎ、また返りが出たら(刃先が返ったら)最後に砥石に数回当てて刃先を修正すれば研ぎ終わり。

人によっては表側を12度、裏面を18度といった具合に非対称に研ぐほうがいい、という人もいるし、刃先の強度を得るために曲面の刃(ハマグリ刃と呼ばれる)をつける人もいる。もちろんマニアでもない限り、包丁研ぎにこだわる必要はまったくないが、研ぐことにはたくさんの課題がある、ということだけは知っておきたい。いずれにせよ切れ味のいい包丁を得るためには、砥石を使って研ぐしかない、ということだ。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!