煮魚の復習
煮魚については前にも書きましたが、その復習。今日はサワラの生姜煮をつくります。
材料
サワラ 切り身 1〜2枚
生姜 15gくらい
醤油 大さじ2
砂糖 大さじ4
酒 1/2カップ
水 1/2カップ
塩小さじ1/2
サバ缶ブームですが、サバは資源量に不安のある魚。サワラのほうが資源的に余裕があるので積極的に消費したいところです。こうしたブームを契機に漁業資源問題をどこかでとりあげて欲しいところなんですが、出てくるのは「ブームでサバ缶が値上げ!」みたいなどうでもいい話ばかりで、ちょっと考えちゃいますね。東日本大震災によって漁獲圧が弱まったので、多少資源量が回復したサバを今、一網打尽にとっている状況に見えて仕方がないのですが、学者先生方のご意見を聞きたいところです。
それはいいとして料理に戻ります。2cm切り出しました。これでショウガ15gくらいです。厳密にする必要はありません……とは言っても「じゃあ、買ってきたショウガを全部入れよう」というのは問題があります。親指の先くらいの大きさが目安ですね。
鍋のそこで叩き潰します。あ、よく胡椒とかも鍋の底で潰したりしますが、ラップでもなんでもいいのでなんか挟んだほうが気分的にはいいと思います。鍋の底ってあんまり舐めたくないと思うので。
潰れました。繊維がちぎれ、細胞が潰れるので香り成分を効率的に抽出することができます。
包丁で粗く刻みます。厚切りでもかまわないのですが、この切り方だと生姜自体もおいしく食べることができるので結構、気に入っています。
鍋に醤油 大さじ2、砂糖 大さじ4、酒 1/2カップ、水 1/2カップ、塩小さじ1/2を入れます。ここでほとんどの料理書には「煮汁が沸騰してから魚を入れる」と書かれています。しかし、最近の料理人(例えば分とく山の野崎さん)のような先進的な人は「煮汁が冷たいうちに入れたほうがおいしくできる」と主張しています。どちらが正しいのでしょうか?
煮汁が沸騰してから魚を入れる派の根拠は「はじめに表面のタンパク質を凝固させて魚の旨味が逃げないようにする(&臭みが出るのを防ぐ)」というもの。しかし、肉の表面を焼き固めても肉汁の流出が防げないように、旨味成分の溶出は防げません。
冷たいうちに入れたほうがおいしくできる派の根拠は「沸騰したところに魚を入れると表面のタンパク質が凝固し、味が入っていかない」というもの。しかし、魚は野菜ではないので、もともと味は入りません。味が入るとすれば長時間、加熱を続けて筋繊維を完全に収縮させ、その隙間に煮汁が入るパターンですが、そんな状態になったら魚はパサパサでまずくなってしまうでしょう。
煮汁が沸騰してから魚を入れるべきか、それとも冷たいうちに入れるべきか。松本仲子先生の『平成の食事 一その調理方法と料理の 喫食頻度一』(2005年 女子栄養大学)という論文によると
『平成の食事 一その調理方法と料理の 喫食頻度一』(2005年 松本仲子 女子栄養大学)より図3 引用
差はほとんどないという報告があります。大量の魚を煮るなら話は別ですが、実際、冷たい煮汁から調理しても、熱いところにいれても味の差はほとんどないのです。しかし、注意しなければいけないのがこれが「アジの煮付け」ということ。アジはほとんど煮付けにしないと思うのですが、こうした結果だけを見て「やはり水から煮たほうがいいんだ」と考えるのは早計です。
冷たい煮汁から煮るべきか、熱い煮汁に入れるべきか。答えはおそらく「どっちでもいい」なのですが、重要なのはそれぞれのメリットを理解すること。沸騰したところに魚の身を入れたほうが魚の身には早く火が入るので、たくさんつくる場合には有効な手法ですし、あらかじめアルコールを飛ばしてしまうので、魚のタンパク質の変性がおさえられ、ふっくらと仕上がると思います。(清酒と煮切り酒を使って煮魚をつくった場合、後者のほうがやわらかなテクスチャーに仕上がったという実験結果もあります 参考「魚の調理に関する研究」)ちなみに臭みは? と気になる人もいるかもしれませんが、清酒の香りによるマスキング効果(香りで匂いを覆い隠してしまう)は煮切っても変わりません。
しかし、熱い煮汁に魚を入れると急激な加熱によって皮が破れるなどのデメリットもあり、冷たい煮汁から加熱すればそれは防げます。どっちだっていいと僕は思っていますが、厳密に考えると魚種ごとに適切な加熱方法は異なるのです。僕がこのnoteに掲載しているレシピでもサバは熱い煮汁から煮ていますし(サバは自己分解酵素が多いので、沸騰したところから加熱したほうが断然おいしいのです)、今回のサワラは(皮が破れやすいので)冷たい煮汁から炊いています。つまり結論は身も蓋もないですがケースバイケースでしょう。
落し蓋をして中火にかけ、沸いてきたらそのまま5分煮ます。
5分経過しました。熱い煮汁でも冷たい煮汁でもどっちでもかまわないのですが、大事なことはそんなところではありません。煮魚の味を決めるのは「煮汁の濃度」です。煮魚のおいしさはとにかく適切な濃度の煮汁ができたか、にかかっています。
魚には味が入らないので、これ以上加熱をしてもパサパサになるだけ。したがってサワラを取り出し、煮汁だけを強火で煮詰めます。
泡が大きくなって、煮汁に濃度がつきました。この煮詰め具合が味の出来不出来を決めます。
大事なのは水からお湯からではなく、この段階の煮汁の味が決まっていること。この煮汁をソースのようにつけて食べるのが煮魚のおいしさです。
そういえば前回、書いた『サバの生姜煮』
このレシピはメープルシュガーを使っています。「そんなのスーパーに売ってねえよ!」と言われそうですが、今回のサワラのレシピには砂糖を使っています。味が多少違うだけで、どっちでもかまわないのです。
ただ、メープルシロップと醤油は「ソトロン」や「フルフラール」という共通の香り成分が含まれているので相性が非常にいいのはたしか。「ソトロン」や「フルフラール」がメープルシロップにだけ入っているか、というとそうではなく「みりん」にも含まれています。だから、このレシピの一部をみりんに変えてもいいわけです。ただ、アルコールの影響で身が締まるで煮きったほうがいいかな……とか、原理を知っていれば色々と変えられます。
そういえば先日、サウス・バイ・サウスウエスト(ITの世界の……フェスみたいなイベントです)で行われたトークセッションでもフランソワシャルティさんがソトロンについて話していましたね。
香り成分で味をまとめていく手法は欧米では一般的。ただし、以前も書きましたが、こちらの論文では食品の相性(おいしさ)は化学よりも民族的および文化的な違いによる影響が強いことが示唆されています。
特に西洋の料理で同じ風味化合物同士を組み合わせますが、、東アジア圏ではむしろ同じ風味化合物同士を避ける傾向にあるという研究も。つまり、いろんなことがまだわかっていないわけですが、まずは自分にとっての「おいしさ」をきちんと持つこと。足元を固めることが大事なのかな、と僕は思います。
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!