たとえば、月の上で
たとえば、月の上でお気に入りの本を読んだり 詩を朗読したりする
そこには、どんな世界が広がっているだろうか
どんな気持ちで
どんな感触で 月に触れるだろうか
物語は果てしなく永遠に 想像の世界を膨らませる
とっても自由だ
心をちょっとふわっとさせて
私が あなたが創る そのいのちに ぐうんと愛を吹き込むと
「たとえば」で始まる世界が きらめく
私が”翻訳”というジャンルに興味を持ったのも、「たとえば」の世界に存在する一節だった。そのたった一節が私を導いてくれた、ともいえる。それはいわゆる教訓のようなもの だけど大事なのは内容だけではない、ことばの響きと文体自体にも惹かれるものがあった。
Be not inhospitable to strangers, lest they be angel in disguise.
見知らぬ人に親切であれ、彼らは人間のふりをした天使かもしれないから
フランス語と英語が混じったこの原文では意味を知ることは出来なかった。だけど、翻訳されたものを見た時、私は初めてこの一節の意味を知る。翻訳を通じて他言語の価値観を受け取ることの素晴らしさに気付いた瞬間だった。
この一節を 教訓として受けるのか ストーリーとして続きを描くのか。私はどっちも受け取った。教訓としてなら、優しさについての新たな視点を得た。ストーリーとしてなら”人間のふりをした天使”に出会った。心の中で思い描いた天使を私の世界へ もしくは天使が私を物語の世界へと誘ったのかもしれない。
こんな風にして私は 物語と翻訳について追求することになった。だから今、現研究に手を止めてはいけない。
たとえば、月の上で
あなたはこの続きに 何を綴りますか。
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