明るくてウソのつけない「気のいいおばさん」は好きですか?
あのときの私はまだ20代後半――行っていても30歳くらいだったと記憶しています。
不定期ではあるものの、隣県の大きな街で速記事務所を構える社長さんからお仕事をいただき、さまざまな会議の現場に速記士として派遣されていました。
という状況だったので、安価で見栄えのするスーツを何着か着回し、スキンケアや体型維持だけでなく、メイクにもそれなりに気を使っていたので、今よりもパリッとして見えていたとは思います。
また、性格的には多少生意気ではあったものの、一応年長者に敬意を払う(ポーズを見せる)程度の知恵はありました。
そんな「そこそこ若い美人で性格も謙虚そうな派遣速記士」だった頃の話です。
私は在来線で40分ほどの街のホテルのバンケットルームで行われた会議に出た帰りでした。
録音機材とカセットテープをアホほど持ち歩いていたので、スーツ姿には似合わない大きなバッグを持っていたのですが、幸いその駅が起点の電車に早いうちに乗り込めたので、席は確保できました。
少し迷ったものの、棚の上に置くと忘れてしまいそうなので、バッグは足元に置きました。
4人掛けのボックス席でしたが、相席になったとしても、座るのに邪魔になるほどではないと判断したためです。
同じ駅で、中年の女性が私の向かいの席に「ここ、いいですか?」と言いながら座ったので、「あ、はい」などと言いつつ、少しだけ機材を自分側に引き寄せました。
相席になると話しかけてくるのは、性別問わず年配の方に多いものです。
その女性はせいぜい40代?仮にAさんとします。
何となくですが、Aさんは「自分と同じにおいのする人」に思えました。すなわち人見知りタイプといいますか。
思ったとおり、お互いのパーソナルスペースを侵さないようにという雰囲気を醸し出しているので、どちらも無言のまま。
それでも気づまりも感じず、特に意味もなく切符を見たり、外の景色を見たり、文庫本を読んだり、速記帳を確認したりしていました。
出発してから三つ目くらいの駅だったと思いますが、5、60代と思しき女性の2人連れB、Cが乗ってきて、私どもの座っていたボックスの空いた席に、特に何も言わずに座ってきました。
Aさんはそれまで、私とは対角線上の位置に座っていたのですが、混みあってきたのを見計らって、私の真向かいに席を移動していたので、Bが私の隣、CがAさんの隣にどっこいしょした感じです。
2人は友人同士のようで、最近行ったレストランの料理やテレビドラマの感想などを、楽しそうに話していましたが、そうしている間にもBが私の大きな荷物に目を付け、「それ何が入っているの?」と聞いてきました。
「ええと、録音機とケーブルとテープ、ですね」
「録音機?どうしてそんなもの持っているの?」
「仕事で使うので……」
「仕事?録音機を使う仕事ってなあに?」
私にはいまだに「矢継早に突然質問してくる方ほど、実は「それ」にさほど興味を持っておらず、ひとしきり話し終わると興味を失い、何なら忘れてしまう」という偏見があるのですが、それはきっとBのような人たちに植え付けられたんだと思います。
次にBはAさんの方に目を付け、「あなたってあんまり物にこだわらない性格じゃない?」と唐突に言いました。
Aさんが突然の問いに戸惑っているのは、表情からも分かりましたが、「そう、ですかね……」という、どうとでも取れる返事をしました。
Aさんは、初対面の人に「当たりです!分かりますか?」などと調子のいい反応をするほど軽はずみな人ではなかったのでしょう。
しかしBは、そんなAさんに対して言いたい放題を続けるだけでした。
「やっぱりね。あなたみたいな体型の人ってそうよね」
「はあ……」
「私の知り合いの〇〇さんもさー……」
ずーっとこんな感じで、多分5分から10分くらい(ぼやっとした体感)BはAさんの体型をいじり、「デブは無神経だから楽そうでうらやましい」と言わんばかりのことを大声で朗らかに語り、そこにCがちょいちょい合いの手を入れる格好でした。
確かにAさんはややふっくらした体型でしたが、それが特徴になるほどの巨躯というわけでもなく、本当によくいるタイプの中年女性なのです。
何なら(加齢のせいもあるでしょうが)B・Cコンビの方がよほど(以下略)でした。
Aさんいじりに飽きる?と、Bは私の方を見て「そこいくと若い人はすらっとしてるよねー。私だって若い頃は(以下略)」などと言い始めました。
B、Cはその後もいろいろと話題を変え、ずっと話し通し。Aさんと私は話しかけられない限り押し黙りで、そのまま終点まで乗って、ばらばらに降りました。
うそをつかない話し好きで明るいおばさんは、多分「いい人」にカテゴライズされるでしょう。そしてBは「そういう人」と目されるタイプだと思います。
デブ呼ばわりされても薄く笑っていたAさんの胸の内まではわかりませんが、少なくとも私はBによい印象を持てませんでした。Bと同じノリで時々口を挟んだCも同様です。
ごく普通の中年女性であるAさんは、場の空気を壊さないために、あんなふうに笑って聞き流していたのでしよう。
年を取れば取るほど、それが容易になる――まさに呼吸するように「できる」人と、逆に我が出過ぎて難しくなる人に分かれます。
あのとき私が勢いに任せ、Bに「あのお、あなたの方が太ってますよね。あなた自身が人に何を言われても気にしないタイプってことですか?」などと言えていたら、Bが(場合によってはCも)どちらのタイプだったのか分かったかもしれません。
まだ若かった私は、自分よりも年配の女性を見かけると、「こんなふうになりたい」とか、「ああはなりたくない」と、無意識にロールモデル的なものを探していた気がします。
Aさんと、B・Cコンビ、私にとって「どちらがどう」なのか、言うまでもありませんよね。
多分当時のB・Cぐらいの年齢になった今の私は、そもそも家族以外との絡みがほぼないので、厳密に「どう」なれているのかは分かりませんが、B・Cタイプになっていないことだけはたしかです。うん、上等上等。
9月14日 almost18:00追記
まだあまり閲覧がついていないのを確認しつつ。
本文中の「B」を、「うそつかない、裏表ない以前に礼儀知らずだから好感が持てない」と感じられた方もいると思いますし、できれば大抵の人がそう(であってほしい)だと思います。
でも実際、SNSとか、noteのような投稿サイトなどで、一度も会ったことのないような人に失礼な口を利くのを、個性や「味」だと捉えている方が結構いるなあというのを直近で感じたので、「こういう人どうよ?私はちょっと苦手だなあ……」という素直な気持ちを書いた次第です。
ネット上ですらそうなのだから、リアルだと「あの人は裏表がない」などと評判が高かったりするのも、正直あきれるばかりです。
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