奈落⑱
誰かに肩を揺すられて目を覚ました。疲れ切っていたわたしはまた眠りこけてしまったのだろう。眠い目をこすってあたりを見渡すと、わたしは5人くらいの警察官に取り囲まれていた。彼らはどうやらわたしがどこに行くのか、ここにいつまでいるのかということを尋ねていたようだった。わたしは彼らに応えようと言葉を発したが、寝ぼけていたからなのか疲れていたからなのかなぜか日本語しかでてこない。数分たってやっと英語がでたので、わたしは彼らにわたしが日本人であること、最終の電車に乗るつもりでそこで待っていたということをパスポートを提示しながら説明した。
「アトランティックシティーに行くのか?あと30分ででるぞ。あとここでは寝たらいけないことになっているので起こしたんだ。では気を付けて」
彼らはそう言って去っていった。正直電車に乗るつもりはなかったがまた何か言われたら面倒なのでこのままアトランティックシティーに行くしかあるまい。時計をみるとすでに日付が変わっていた。これが最終なんだろう。わたしは券売機で切符を買い、ホームへの階段を降りていった。わたしが乗ることになってしまった電車はすでに出発するのを待っていた。2両編成の、ステンレスの車体が光って見える電車だった。わたしは乗車して後ろの方の席に腰を下ろしてもらってきた時刻表を確認した。どうやら終点まで1時間以上かかるらしい。そこからどうしようか。
しばらくそのまま席で待っているとそのうちドアが閉まり電車は静かにゆっくりと動き出した。フィラデルフィアの夜景がちょっと目に入ったが、それもしばらくしたら後にして、電車は漆黒の中を、徐々にスピードを上げながら走り続けた。車内を見渡すと、どうやらこの車両の乗客はわたしだけのようだった。それにちょっと安心したわたしはやがて瞼を閉じて、アトランティックシティー迄の旅路をほぼ記憶を失いながら過ごした。
しばらくして、電車のブレーキに起こされた。時間を確認すると、アトランティックシティーにつくまで数分しかなかった。わたしは手荷物をまとめ、電車のデッキで到着を待つと、電車はそのうち白い屋根のプラットフォームに滑り込んでいき、やがて停車した。
「アトランティックシティー、終点です」
という放送に促されて下車すると、他の車両からは客が2人ほど出てきた。どうやら完全な貸し切り状態ではなかったらしい。わたしはそのまま小さなターミナルを抜けて外に出るとともに、強い、海辺の風を途端に感じた。潮の香りがやけに懐かしい。わたしは駅を出てまっすぐ歩いていき、砂浜に入ってしばらく歩いた所でそのまま倒れて記憶を失った。
つづく