大陸横断紀行③
車はサクラメントを過ぎてそのまま北東へと進んでいった。しばらくすると平原が途切れ、上り坂に差し掛かった。これがシエラネバダ山脈か、とハンドルを握りながら思い出した。たしかこのへんで遭難した開拓者の一隊があったな。そう思ってるうちにレクサスはあっという間に峠を越え、程なくしてリノの町へ入った。もう日が暮れて、黄昏の時刻であった。わたしはこのキャンブルの街で一晩過ごすことにしていた。母親が、宿泊券をわたしによこしたからである。まったく、役に立つんだかなんだかわからない人である。
リノの街は地理的に州都に近いにも関わらず、ラスベガスと比べてだいぶ貧相な街であった。無論、大型カジノは何年か経っていたが、ラスベガスの比ではないような、何処か落ちぶれた雰囲気が漂う哀愁の街だった。その中のカジノリゾートの一つの入口に車を停め、チェックインを済ませようとした。停車するか否かの瞬間に、詰め所からボーイが飛んできたので、チェックインをしたいが旨を伝えた。ボーイは
「こんばんは。失礼ではございますが、旦那さまは今晩予約がございますでしょうか」
と聞いてきたので、いや、宿泊券があるのでそれで泊まるつもりだと伝えたところ、一層かしこまった風情で
「ご承知いたしました。お車のお鍵をお預けいただければ手前が駐車いたします。お荷物もお部屋までお持ちいたしましょうか」
と言ってきたので、それには及ばないよと、トランクからカバンをだしてから、彼に鍵とチップを渡してロビーへ入った。
横長く広がっていたロビーのカウンターには、他のチェックインする客がいなかった。ボーイがこちらへ、と手招きしたのでそこに行き、これで泊まりたいんだがと、先程の宿泊券を見せた。ボーイはそれをみるや態度を改めた。
「承知いたしました。本日スイートに空きがございますのでそちらにご案内いたします。また、お食事もお好みのレストランがございましたらお食事券も発行いたします」
わたしは呆れた。一体あの母親というやつはカジノにいくら注ぎ込んだんだ。大体そのせいで東部に行こうとしてるんじゃないか。本末転倒じゃねぇか。ふざけろ。
朝から運転していたのもあって、疲れた身体から怒りもそのまま抜けてしまった。チェックインを済ませた足でホテルのステーキハウスで食事を摂って部屋にいった。風呂場を開けるとジャクジーがあったのでお湯で満たしてからガウンに着替えた。何やら王侯貴族にでもなった気分だ。なかなか悪くない。そしてカーテンを開けると、リノの明るいスカイラインの奥底に、漆黒の砂漠がみえた気がした。
つづく