奈落⑫

アマンダはその日、夕方まで授業があったはずなのでしょうがないからファミレスを出て、雨の中を徒歩で街の中心街まで歩いて行った。それにしてもペンシルヴァニアは歩きずらい。緩い丘陵地帯のせいで上り坂が多い。緩い勾配だって坂は坂だ。ちょっと歩いても足が棒になる。おまけに傘もないのにこの天気模様だ。まったくもってついていなかった。

小一時間歩いて街の中心街まで戻ってきた。いつもの図書館に入って本を読みながら時間をつぶすことにしたが、事故のショックからか足の震えが止まらなかった。病院の検査ではなにも問題がないといわれていたが、精神的なダメージは大きかったのだろう。一番のショックは長年の相棒であったレクサスがおそらく大破して廃車になってしまうだろうという事実であった。車がなければこんな辺鄙なところまでまたバスの旅を強いられるところだったし、大陸横断の旅を通じて特別なつながりを感じ始めていた矢先の事故であもあった。車はただの機械ではない。マシーンであってオーガニズムである。生き物のようにそれぞれのムードがあり、時にはドライバーに忠実であったり、調子が悪かったりする。そしてそれは時として人間と深い絆で結ばれることがある。その絆が切れてしまったのである。それ故に大切な相棒をなくした時の、より強い喪失感を感じたのであった。

夕方五時ごろになってアマンダに連絡して何があったかを話した。彼女は私が事故にあったと聞いてたまげてすぐに迎えにいくといったので、早々に図書館を出て、表のベンチに腰掛けて彼女の車をまった。早くも日は短く、あたりの木々はたそがれの残り火を浴びて長い影を落としていた。しばらくしてアマンダのぼろセダンが見えてきた。わたしは手を振って、間もなく乗り込んだ。

「どうしてもっと早く連絡しなかったの?」

と彼女はいった。

「いや、授業があると思って邪魔したくなかったから」

「そんなことよりあなたのほうが重要じゃない。それより、大丈夫なの?」

わたしは起こったことを細かく説明し、車はたぶん廃車の運命だと彼女につたえた。彼女はただうなずきながらわたしが生きててよかったことを繰り返した。

わたしたちはそのまま夕食を食べていくことにし、近くの中華料理屋へむかった。そこは、高速道路のランプからそう遠くないショッピングモールの一角に入った食べ放題の店で、わたしがまだここへ来た頃に一人であたり一帯をプラプラしているうちに見つけたレストランであった。

つづく

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