奈落㉓
そうやってプラプラ電車に乗ったり町をほっつき歩いているうちに二日目の夜が迫ってきた。今晩はお巡りのお世話になりたくない。夜通し動き回るしかないのか。思えばいままでフィラデルフィアでまともな夜を過ごしたことはなかった。最初にこの町を訪れたときはファミレスで一夜を過ごしたし、今回の滞在の最初の夜はあのざまだった。
フィラデルフィアは嫌いだ。こんな街はさっさと抜け出すのが心身共に健康的だ。人々はアジア人以外は冷たいし、街並みもきったねえし。しかもここのお巡りに毎度世話になるのはうんざりであった。それにこの場面を何とか乗り越えたとしても、また田舎の車生活じゃねえか。五里霧中とはこのことだちくしょう。
気づくとわたしは4年前に訪れたEの家の最寄りの駅前に立っていた。こんなところ二度と来るものかと当時強く思っていたのに裁縫してしまう運命だったのには笑いを覚えた。そういえばあいつは今どうしてるんだろう、そうふと思った。そのころEとは全く話をしていなかったが、別に相互で連絡を絶ち切ったわけではなかったので、連絡してみようか?といういらない考えが頭をよぎった。別に今更話すことなんて特になかったが、こいつだったら一晩暇をつぶせるところを知ってるんじゃないか?と思ったからだ。わたしはちょっとのためらいののちに、ターミナルのベンチに座りながらパソコンを通して連絡を送ってみた。
Eからはほどなくして返事が返ってきた。通話をつなげたわたしは
「久しぶり。実はフィラデルフィアにいるんだけどどっか夜中を過ごせる場所は知らないかな?」
といった。Eはいささかびっくりした様子でどうしたのか尋ねた。大体彼女はわたしがフィラデルフィアにいるということも初めて知ったのだからそれも無理はなかった。わたしは、一部始終をはなして今夜どうするか途方に暮れているというと、彼女は少し考えてからこう言った。
「なんならうちにくれば?」
いやいやいや。前回お前の話を鵜呑みにしたらどうなったかお前は覚えているのか?どれだけオレを馬鹿にすれば気がすむのか?瞬間湯沸かし器のようにカッとなったわたしはそれを全部彼女にぶちまけたかったが、出かかった罵詈雑言を飲み込み、ありがとう、ちょっと考えてみるよと言って通話を終えた。やはりこいつに連絡したのは間違いだった。だがしかし彼女に相談したわたしが悪かった。何を期待していたのか。大体、わたしには、身を投げて助けるような人間はいなかったし、第一それがわたしであった。落ち込んだわたしはそのまま駅のベンチで座ったままでいた。
つづく