大陸横断紀行⑨
これまでのめちゃくちゃな旅行の最終日、わたしはモーテルで通称コンチネンタルブレックファストをいただいてからでることにした。コンチネンタルブレックファストとは、たいていのモーテルで提供される軽食で、デーニッシュやドーナツなどの甘いパンの類、ようはペイストリーをオレンジジュースやコーヒーで流し込む、極めてハイカロリーで極めてアメリカンな朝食だ。あれを毎日食うのはさすがに重いが、今日は旅が終わるハレビだ。たまには高カロリー飯でも食ってやろうと朝から甘い奴らを3つほどぺろりと平らげてしまった。
チェックアウトを済ませて車に乗り込むと時計は7時を過ぎていた。わたしは州間高速80号でハリスバーグまで一気に東進することにした。そうすれば、前の日のように有料道路を避けれるし、ち
ょっと時間はかかるが、距離的にはあまり変わりがなかった。このルートだとピッツバーグを経由せず、そのまま州の北部を進むことになる。山道なら多少気分転換になるぁ、とこの北ルートを進んできた。
ペンシルヴァニアに入ると緑の丘陵地帯が続いた。みずみずしい緑の中を右往左往する高速道路は、わたしの、今日から始まる明るい生活を祝福するかように、初夏の陽気のトンネルに包まれていた。眠くならないようサンルーフを開け、丘が続く道をしばらく運転した。天候は申し分なかったのだが、やたら湿気が多いのが気になった。わたしのような西部の人間は湿度に弱い。ロサンゼルスなんか元々砂漠のようなと ころに人工的に水を引いて街を作ったところだと聞いたことがあった。それくらい湿気と無縁の場所で育ったわけだからちょっとでも湿度があるとふやけてしまうように体力が奪われてしまう。カリフォルニア人はもともとやわではあるが、湿気を食らうと何もできなくなるのである。
執着地、わたしの新しい居場所へはお昼過ぎに到着した。この街は、川を挟んだもう一つの街とともに、中世英国で起こった薔薇戦争に由来した名前を付けられた、片田舎の都市であった。アマンダはこの近くの大学に進学するために、わたしをいれて同棲しようという話が持ち上がったわけである。その彼女と再会する時間まではちょっと早かった。わたしは暇つぶしを兼ねて街の中を一周してみたが、特に目立つような物もなく、仕方なく待ち合わせ場所に戻ることにした。それにしても蒸し暑かった。午前中の、エアコンに助けられた快適さはすでにペンシルヴァニアの暑苦しさに取って代わられていた。そう考えているうちに、黄色の、セダンの日本車が、駐車場に乗り入れてきた。
つづく
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