奈落⑳
電車は前の晩と違ってちらほらと客を乗せてフィラデルフィアへ向かっていった。電車に揺られながらわたしは今日の行動予定を立てていた。駅にいたままだとおそらくまた警察に目をつけられる。とりあえず日中は街を徘徊して夜になったら電車に乗りっぱなしで朝まで辛抱しよう。そうすることに決めた。
フィラデルフィアに戻ってきてまずパソコンを開いた。どこに行くかの下調べのためである。そうしているとふと昔Eが、この街にはチャイナタウンがあるという話をしていたのを思い出した。よし、行ってみるか。地図を見てみるとそう遠くもなさそうだ。そのままパソコンを閉じて駅の外へでた。見事な秋晴れの下を、色づいてきた街路樹の中を街の中心街まで歩いていった。思えば4年前もこの同じ道を歩いた。そのときは隣にEがいたが、今となっては世界に一人取り残されたような気分になっていた。実際、わたしは全く一人であった。恋人、という存在も今やよそよそしく思え、愛情などという感情もすっかり忘れてしまっていた。
チャイナタウンにたどり着いたのは小一時間歩いてからであった。鮮やかな牌楼と見覚えのある漢字の看板がわたしを出迎えていた。ひとまずほっとしたわたしは、四川料理と書いてある料理店にはいってみることにした。こういうたぐいの店はたいていアメリカナイズされていなかったし、おいしい料理を提供する店として記憶していた。店のドアを開けるとずいぶんとがらんとしている客室でおばちゃんがだるそうに一人店番をしていた。とりあえず座ってメニューを見ていくと、炸醤麺を見つけたので注文するとさっきのおばちゃんが活気を戻したように厨房へ向かっていた。
やがて出てきた料理をおばちゃんが持ってきた。驚いたことに中国東北部で食べられるような肉みその麺ではなく、どちらかというと担担麺に近いものであった。どうやら四川ではこのようなものが主流らしい。口に
運んでみると、唐辛子の辛さが喉の奥を刺激した。かなりうまい。腹を空かせていたのもあってものの数分で平らげてしまった。スープまできれいに飲み干してしまったので店のおばちゃんはびっくりして、嬉しそうに皿をかたずけながら
「あんた中国人かい?」
と聞いてきた。わたしが事情を話すと
「そうかい、またおいでね」
と言ってくれた。それにしてもこの東部でのアジア人同士の団結力は何だったのであろう。西海岸はどこも同じ出身国内で固まる傾向があったが・・簿数が少なくなり、白人に東洋人という枠にはめられてしまうと自然に団結するようなものなのか。とにかく東部のアジア人はどこでもわたしをもてなしてくれた。
つづく