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ジーン・ウェブスター「Dear Enemy」ペンギンブックスp.323

(続き)

 ええそうね、申し訳ないけど、こういうのって女性お得意の「男性を許すようなことを大袈裟に言っておいて、でも、結論までは絶対に言わない」みたいなものね。ねえ、ゴードン、私本当にわからないのよ、「許す」ってどういうことなの? 「忘れる」っていうのとは違うわよね、忘れるっていうのは生理現象みたいなもので、意志をもってなされることではないと思うから。人間の中には喜んで忘れたい記憶がたくさんあって、でもどういうわけだか、そういう記憶に限って、頭にくっついて離れてくれないの。もし「許す」っていうことが、もうその話題は絶対に出しませんって約束することを言うのなら、それは私にも確実にできます。だけど、嫌な記憶を自分の中にただ閉じこめておくのは、つねにベストな方法ではないでしょう? 記憶は大きく大きくふくれあがって、毒みたいに体の中をめぐってしまうもの。
 ああ! こんなこと、ぜんぶ言ってしまうつもりじゃなかったのに。私、あなたの好きな、陽気でのんきな(そしてちょっぴり頭の軽い)サリーでいたいのよ。でも、この1年で、現実というものを嫌というほど思い知ることになってしまって、残念だけど、あなたが好きになってくれた私とは、まったくかけ離れた私になってしまいました。もう私は、遊び暮らしていた、陽気な若い女の子じゃないの。それがよくわかったいまとなっては、四六時中笑っているわけにはいかなくなりました。
 今回もまた、なんだかひどい、楽しくない手紙になってしまいましたね――前回のと同じくらいか、今回のほうがひどいかも。でも、ここで最近どんな出来事があったか、あなたが知ってさえいたら! 口にするのもはばかられるような遺伝をもった男の子が――まだ16歳よ――、アルコールとマンサクの汁を混ぜた気持ちの悪い液体を飲んで、死んでしまう寸前だったの。私たちが3日間もつきっきりで世話をして、彼はいまようやく、もう1回同じことをできる程度に回復してきたところなの! 「世界は素晴らしぇが、そごさいるのは病人だ」
 スコットランド訛りでごめんなさい――うっかり出てしまいました。何から何まで、許してくださいね。

サリー

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