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ジーン・ウェブスター「Dear Enemy」ペンギンブックスp.318~319

ジョン・グリア孤児院にて
12月30日

 ああ、どうしましょう、ゴードン、私ものすごく衝撃的な本を読んでしまいました。
 この前、少しフランス語を話してみようと思ったら、あまりうまくできなかったものだから、このまま完全に忘れてしまう前に、普段からちょこちょこフランス語に触れておくようにしようって決意したの。こちらのスコットランド人医師が、私に科学教育を施すことをご親切にも諦めてくれたおかげで、自由時間が少しはできたし。そこで不運にも私、ドーデの「ニュマ・ルメスタン」を読み始めてしまったのね。これ、政治家と婚約している若い女性が読むには、あまりにも不穏な本です。あなたも読んでみて、ゴードン。それで、できるだけニュマのような性格にならないように、頑張ってみてちょうだい。これは、とある、不気味なほどに魅力的な政治家の物語(あなたみたい)。彼を知る人は、みんな彼のことが好きなの(あなたみたい)。彼の話しぶりには大変な説得力があって、演説も素晴らしく上手(またまた、あなたみたい)。誰もが彼を崇拝して、彼の奥さんには「なんてお幸せな人生でしょう、あんなに素晴らしい方のおそばにいられるなんて!」って言葉をかける。
 ところが、その奥さんのいる家に帰ってくると、彼はさほど素晴らしい人でもない――彼が素晴らしいのは、聴衆が拍手をしてくれてるときだけ。気軽な付き合いをしている相手となら誰とでもお酒を飲んで、陽気でおしゃべりで社交的なのに、帰ってくると、むっつり不機嫌で暗い態度。「社交の喜びと家庭の苦悩」というのが、この本のテーマです。
 昨夜は12時までこの本を読んでいて、冗談抜きで、怖くて眠れなくなりました。あなたは怒ると思うけど、本当の本当に、ゴードン、あまりに核心をついたような部分が多すぎて、ストーリーを楽しむどころじゃなかったの。8月20日にあった、例の不運な出来事を蒸し返すつもりはないけれど――あのときしっかり話し合ったし――、あなたはご自分でも、ちょっと監視されてないとだめなタイプだって自覚があるのよね。私はそれが嫌なの。私は、自分が結婚する男性に対して、この人なら大丈夫だっていう絶対の自信と安心感をもっていたい。不安におびえながら、彼が帰ってくるのを家でただ待つだなんて、そんな生活を私はできません。
 あなたも「ニュマ」を読んでみてちょうだい、そうすれば、女性の考えがわかると思うから。私はちっとも我慢強くないし、おとなしくもないし、じっと耐えるたちでもありません。もしそういう状況になってしまったら、自分でも何をしでかしてしまうか、ちょっと怖い。結婚生活がうまく行くようにするためには、私は何かに一生懸命になっていなきゃ。ああ、私、本当にこの結婚にはうまく行ってほしいのよ!
 こんなことをぜんぶ書き連ねて、許してちょうだいね。何も本気であなたが「社交の喜び、家庭の苦悩」になると思っているわけじゃないの。ただ、昨夜眠れなかったせいで、目の奥に何か空洞があるような気がしてしまって。
 来たる新年が、私たち二人に、よき助言と幸福と平安をもたらしてくれますように!

かしこ
S.

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