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ジーン・ウェブスター「Dear Enemy」ペンギンブックスp.301~302

(続き)

 どうもほめられた話じゃないけど、私は一人の男性じゃ満足できそうもないの。私は多種多様な感覚に触れるのが好きだし、それって多種多様な男性からしか得られないものだと思う。残念だけど私、若い頃にあんまりちゃらちゃら遊んでたものだから、なかなか腰を落ち着けられないのよ。
 なんだかペンが勝手にあっちこっち進んでるみたいね。話を戻して――あなたを見送ってから、おそろしいほどの空虚な気持ちで、フェリーに乗ってニューヨークへ戻ってきました。3か月も仲よくおしゃべりしてたあとじゃ、こっちで起こってる問題を、大陸の反対側にいるあなたまで届くように伝えなきゃいけないのが、大変な任務に思えるわ。私の乗ったフェリーは、あなたが乗った蒸気船の鼻先をすり抜けていったから、あなたとジャービスさんがただ立って手すりにもたれてるのが見えた。私、狂ったように手を振ったのよ。でもあなたったら、まばたきひとつしなかったわね。ホームシックにかかったような目で、ウールワースのビル街をじいっと見つめて。
 ニューヨークに着いたところで、買物ついでにちょっとした用事をいくつか片付けちゃおうと思って、百貨店に寄ったの。で、私が回転扉から中へ入ろうとしてたら、扉の向こう側から入ろうとしてきたのが、誰あろうヘレン・ブルックス! それが全然うまく対面できないのよ、私がこっち側へ出てこようとすると彼女もあっちへ戻ろうとしちゃって。このまま永久にぐるぐる回ってることになるかと思った。でもようやく同じ場所へ出ることができて、私たち手を握り合いました。彼女、親切にも、靴下15ダースと帽子にセーターを50人分、コンビネーションの下着200着を選ぶのを手伝ってくれたのよ。そのあとは52番街をずっと歩いていきながらおしゃべりして、女子大のクラブでランチ。
 私、いつだってヘレンが好きだったわ。目立つタイプじゃなかったけど、堅実で頼れる人。あなたも覚えてるわよね、4年生の野外劇委員会をミルドレッドがめちゃくちゃにして、それをヘレンが仕切って見事に立て直したじゃない? もし彼女が私の後任になったら、孤児院をどうするかしら? 後任のことなんて、考えただけで嫉妬してしまうけど、でも直面しなきゃいけないことだし。
「いちばん最近ジュディ・アボットにあったのはいつ?」
 っていうのが、ヘレンの最初の質問でした。
「15分前よ。ちょうど南アメリカへ向けて出港したところだったのよ、旦那さまと娘ちゃんと、あと乳母にメイドに従僕に犬も一緒にね」
「いい旦那さまなの?」
「彼を超える人はいないわね」
「じゃあ、まだ旦那さまのこと好きなのね」
「あれ以上に幸せな結婚生活、見たことないわ」
 そこで私、ヘレンがなんとなく暗い顔をしたことに気がついて、急に、去年の夏にマーティ・キーンが話してた噂を思い出したの。それで急いで、孤児っていう完璧に無難な話題に切り替えちゃった。

(続く)

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