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【小説】お仕事はテストエンジニア!?第五話『仕様漏れじゃない!?』

以下のサイトに投稿しているお話と同じです。


お仕事はテストエンジニア!?

第五話『仕様漏れじゃない!?』

「そしたらそのテスト項目書って書いてるエクセルを開いてみて」
大企業だとてっきり何かシステムを使っていると思ったら違うんだ……。

「みんなで共有してファイルを開いてるから気をつけてね。それで――」
――グイグイ。グイグイ。
「……」
相変わらず小毬さんがグイグイくる件について。
いやもう、わざとくっついてるんじゃないかと思うほどなんだけど。

で。

――キシャーァ!
南雲くんも相変わらずだね!
突き刺さるような視線を感じるわけで。
さっき少しは関係性を改善できたと思ったんだけど。

「あの、小毬さん」
「ん? なぁに?」
いやもうね、近すぎて耳をくすぐるようなセリフになっちゃってます。
それホント純情青年のハートをぶっ壊すヤツなのでやめたほうがいいですよ。
「……ちょっとくっつきすぎな気が」
よし、言った!
私えらい!
あ。心なしか南雲くんの方からの負のオーラが和らいだ気もする!
「くっつきすぎ……?」
キョトン。
その表現が的確だろう。
ハテナがいっぱい並んだ顔が私に向けられていた。
「えーと……んと……」
首を可愛く傾げた。
って!
それ全然わかってないときの顔!!
私学んだ!!
これ説明しても伝わらないし面倒くさいやつ!
「あ……なんか………………うん……大丈夫です」
……早々に説明することをあきらめた。
「え?? そう……?」
一瞬ハテナまみれの顔になっていたがすぐに
「ファイル開けたね。そしたらここの、このタブ。タブをクリックしてみて」

――グイグイ。グイグイ。
「…………」
わー。
小毬さんのシャンプーいい匂いだわー。

――キシャーァ!!
ねー。さっきより視線強くなったよねー。
もうね、お姉さん、流れに身を委ねますわー……。

***

「ほらココ見て」
小毬さんがテスト項目書の「操作」と書かれた部分を指さす。
「操作に『メインページでコメントが送信できることを確認する』って書いてるでしょ? メインページでコメントを送信してみて」
こんにちは、と打ち込んで送信アイコンが書かれたボタンを押してみた。
すぐさま「こんにちは」というコメントが、該当のリストに反映された。
満足したように小毬さんがうなずくと
「ここ見て」
今度は「期待結果」と書かれた部分を指さした。
「『コメントが送信されている』ってあるよね。実際にコメントが出てきたから大丈夫そうだね。そしたら結果をOKにするんだよ。もし出来なかった時はNGなんだ~」
…………うむむ。
「そしたら下に下にテスト項目を進んでみてね」
とてもとても言いたいことが湧いていた。
けど、少しガマンして今は後回しだ。
それよりもWebサイトを実際に触ってみて、もう少し大きいことに気づいてしまったからだ。

――再度仕様書が保存されている場所を確認してみた。
そこには仕様書のパワポの他に「新しいフォルダ」があって、それを開くと『翻訳済みラベル - コピー - コピー.csv』が置かれている。
だが実際のサイト上ではどこにも英語に切り替える機能を見つけることができなかったし、ブラウザの設定を変えてみても言語が変わることはなかった。

***

「小毬さん」
自席に戻った小毬さんに声をかけた。
「どうしたの? わかんないところあった?」
「あ、じゃなくて」
気づいたことを口に出してみた。
「英語に切り替えるにはどうしたらいいですか?」
「英語……?」
キョトン、と本日何度目かの小毬さんの全くわかってないときの顔だ。
「仕様書にそんなのあったっけ……?」
「いえ、ありません」
「あ、それなら――」
「『ない』のが問題なんです」
ハテナがいっぱい並んだ顔が私に向けられていた。

――そう。
『あるはずのものがない』
それが問題なのだ。
さっき小毬さんは『仕様書に書いてある通りちゃんと動くかチェックする』と言っていた。
テスト項目書のツッコミもあとで並べるが、こちらも仕様書に沿って作られている。
仕様書には英語のことは一切書かれていない。
だから実際のWebサイトにもテスト項目書にも出てこない。
けど――

「仕様書のフォルダの下に「翻訳済みラベル」のcsvファイルがあるじゃないですか」
「え……? あ、ホントだ……」
「これはつまり――」
言葉を切った。

「――2か国語対応を進めてたのではないですか?」

小毬さんの目が大きく見開かれていく。
「……えっと……え……?」
自分のディスプレイと私の顔を交互に見て目を白黒させている。
「日本語だけなら、わざわざ手間暇をかけて翻訳をするでしょうか?」
仕様書を読んでいると他にもユーザーの間口を広くしたいという意図がくみ取れる。
そうすると海外勢も取り込みたいと思うのは自然だ。
「英語をサイト上で使おうとしているから、この翻訳ファイルを作った。それなのに――」
ポン、とディスプレイに手を置く。
「英語がこのサイトのどこにも使われていないのはおかしいのではないでしょうか?」

言葉の意味を咀嚼したのか
「えええええぇぇぇぇーっ!」
驚きの声を上げた。
「どどどどどどうしよう!?!?」
小毬さんが真っ青になって慌て始めた。
「コマ、企画にチャット飛ばしてみなよ。本当だったらヤバそう」
南雲くんが助け舟を出す。
「う、うん! えと、えと……『もしかして英語対応を考えてましたか?』……送信っ!」
そのとき
「――なんかあったのか?」
タバコの臭いをプンプンとさせている吉村リーダーが缶コーヒーを片手に戻ってきた。
「……実は英語対応があったのにしてなかったんじゃないかって……」
小毬さんが困ったように縮こまっている。
「英語対応だ? あ……」
一瞬思案した吉村リーダーだったが、
「そんなの聞いてないぞ。どっから出た話だ?」
「えっと、それは……」
言い淀んでいる小毬さんの傍らで、南雲くんの目線がちらりと私の方に向いた。
それに気づいた吉村リーダーの目もこちらに向けられた。
……また余計な事しやがったな、とでも言いたげな顔だ。
いやいや、私、今回は大事な報告をしたはずでしょ。
スコココ、と小毬さんのチャットが鳴った。
「あああーっ!」
どうしたどうした、とみんなで小毬さんのディスプレイを覗き込んだ。

「仕様書に書いたはずだったんだけど、どこかで更新したときに前のファイルを間違って上書きしちゃって、最新の仕様から消えちゃってた……そうです」

うわぁ、なんという悲惨な管理……。
けれど企画はもちろん知ってるから翻訳作業は進めていたようだ。
……そうか。『翻訳はされている』のだ。
ファイルもあるのだ。
それなら――

――翻訳ファイルの内容を思い出しながら、思考を進める。
『KEY_INFO,お知らせ,Information』
キーを使って日本語と英語の出し分けをする、という設計でこの翻訳ファイルは作られていることは間違いない。
ファイルがこの設計になっているというなら。
どこかのタイミングで企画と開発の間では何らかの打ち合わせがあった――
こう考えるのが自然だ。
ならシステム側も『キーで言語の出し分け』という設計で開発されていると推理できる。
そして今、Webサイト上では日本語が正常に表示されているのだ。
なら――

「キーを使って日本語を出すように実装してるなら、翻訳済みのcsvファイルがあれば英語にも簡単に切り替えられるはずです」
私のその言葉に、吉村リーダーたちが「何言ってんだコイツ」みたいな顔になっている。
けど小毬さんだけは、
「美月ちゃんのその言葉、そのまま企画さんに伝えてみるね」
そのままの言葉で企画にメッセージを送ってくれた。
……。
というか「美月ちゃん」になってない?
もしかして小毬さんは心の中でそう呼んでた?
そんなことを考えているとすぐに、同じチャットに参加しているであろう開発から返答があった。

『今は確かにその実装になっていて、言語フラグが立ちさえすれば英語に切り替わるね』

だそうだ。
つまり切り替えボタンのようなものさえあれば、簡単に切り替えられるということだ。
「美月ちゃんスゴイスゴイ!!」
小毬さんからまぶしく輝くほどの尊敬のまなざしが私に注がれているッ!!
「なんで、なんでわかったの!? 超能力者!? もしや異世界転生の人……!?」
スゴイ言われようだ!
「えっ、えっと、経験からなんとなく……?」
南雲くんからもいぶかし気な顔を向けられた。
「あんた何者?」
「今日入社の……契約社員ですかね……?」
そこまで言われると恥ずかしいやら気まずいやらでして……。
けれど企画からチャットが届いた。

『あー待って、デザインに伝わってなかったから言語切り替えボタンがないです。ヘッダーの調整も必要だし今からだと急いでもデザイン間に合わないかも』
デザインは、デザイン部門と画面のデザインの双方の意味だろう。
開発からも、
『切り替えボタンは仕様書に載ってないね。言語切り替えの仕組み自体の実装はできてるけど、どこで切り替えるかの話はなかったから開発側でも完全に忘れられてる』

と返ってきた。
「おいおい……」
吉村リーダーが「勘弁してくれよ……」と頭を掻いた。
「もうプレスリリースも明日で予定組んでるんだろ。リリース日ずらせねぇだろうがよ」
プレスリリースとは、新サービスなどの情報をニュース素材としてメディアが利用しやすいように文章でまとめたものだ。
それを時間になったら企業のWebサイトに掲載する。
それを掲載したときにニュースサイトにも取り上げてもらって、広く新サービスを知ってもらうのだ。
今のサービスには広告主もついているだろうから、広告主とも明日リリースで契約してしまっていることだろう。
もちろん企画が一番それはわかっているはずだ。
『言語切り替えは一旦させずに明日リリースしましょう。入り口がなければ操作できませんよね?』
すかさず開発から
『言語フラグを変える場所が存在しないから、日本語のまま変わらないよ』
と返ってきた。
『では、今回のリリースからは言語切り替えはスペックアウトで』
スペックアウトとは、仕様から外すという意味だ。
ミスで外れていただろ、というツッコミは野暮だろう。
「はぁぁぁ~~~」
私以外の全員が、安堵のため息をついていた。
「これで明日リリースできますねっ」
小毬さんも嬉しそうにしている。
「…………」
吉村リーダーはムッスリしながら私を一瞥して、自席に向かった。
……絶対これ「コイツ余計な事いいやがって」とか思ってるヤツ。
「まだテスト項目が余ってんだからな。今日中だぞ」
そういうと、ドスンと椅子に腰を下ろしたのだった。

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