信越五岳でハチに刺された話
2018.9.15-17 信越五岳トレイルランニングレースに参戦。ハチに刺されてひどい目にあった話。
注意:真似されても責任は取りません。全て自己責任で。
信越五岳トレイルランニングレースとは
長野県と新潟県の県境にそびえ立つ5つの山々(妙高山・斑尾山・黒姫山・戸隠山・飯縄山)とそこに広がる妙高戸隠連山国立公園を舞台に繰り広げられるレース(大会パンフレットより)
信越は、ハチが出るレースとして有名。色々な方がブログで、ハチ遭遇の話を書いている。
信越五岳は、私がトレイルランニングを知ってから、憧れの舞台。
率直に、山の中を100Km走る。どう考えてもおかしい。
その反面、どんな世界がそこに広がるのか、どんな苦しみがあるのか、どんな楽しみがあるのか、どんな風景があるのか、総じて、どんな経験ができるのか、多方から情報を収集した記憶がある。
私が、ランニングを始め、「なんだこのレース」と衝撃を受けたものが3つある。
一つは、この信越五岳。2つ目は、富士登山競争。3つ目は、ハセツネ。
今でも、クリック合戦を勝ち抜けば、この3大会は、参加している。
別の記事で、富士登山競争、ハセツネの話を書こうと思う。
スタートしてから10kmくらい。
2018年、曇り空の中のスタート。曇りだし、蜂も活動していないだろうと思い走り出したのを覚えている。
信越五岳は、スタートしてから斑尾高原のスキー場を登っていく。
10km手前くらいから林道に入る。ポツポツと道端で立ち止まる選手がいて、どうしたのだろうかと思っていた。
すると、前方より悲鳴が聞こえ、選手達の渋滞が発生しているのが見えた。
この先、蜂います!
ちょうど、上の地図のハチと書いてる箇所くらいかと。
蜂が出ることは知っていたが、どんな蜂なのか、確認するために、渋滞の前方へ移動。
それまで私は、勝手にアシナガバチ程度を想像していたのだが、大きい。
5cmはあるだろうか、スズメバチだ。しかも10匹以上飛んでいる。
数人の選手がかたまりを作り、ダッシュで走る。
すると、蜂がそれを追いかける。「イテー」や「キャー」といった悲鳴が上がる。
祈りながら走る
いつまでもここにいても、蜂の興奮は収まらないと思った私は、レインウェアの上着を羽織り走った。
私の目の前を威嚇するように飛び交う蜂、頭上も飛び交っているのがわかる。羽音がものすごく大きい。恐怖だ。
私は、アナフィラキシー症状がでたことがあるため、蜂に刺されることは、生死に関わる。
頼む。
しかし、願い届かず「右手首」と「右足太腿」をブスリと刺された。
しかし、蜂はまだ私の周りを飛び回っているので、そこで足を止めることができない。道端には、ポイズンリムーバーで処理をしているたくさんの人達。野戦病院状態だ。
100m程走り続けたであろうか、蜂がいなくなったことを確認して、ザックからポイズンリムーバーを取り出した。恐怖からか、手が震えてポイズンリムーバーをうまく扱えない。
最初に手首を刺され、その次に太腿を刺された。
手首を刺されてから時間が経過していることもあり、太腿から処理をした。
その間、手首の刺された箇所を指でつまみ、水で洗い流した。
太腿の吸引時間としては、1分を2回繰り返した。その後、手首の刺された箇所を吸引したが、もうその時には、手が腫れてきていたため、吸引しても意味がないなと思ったことを覚えている。
ポイズンリムーバーは必携品
この時、他のランナーの方が、「すみません、ポイズンリムーバーを貸してください」と私のところにきた。
私もまだ処理が終わっていない状態であったが、「首の後ろを刺されたみたいで、やってもらえると助かります」と。
自分が使った後のものを使って、他人の処理をすること自体、気持ちのいいものではなかったが、指示された箇所を吸引した。
「頭の近くを刺されたけど、大丈夫か?」「毒は出ているのか?」と散々気にしていた。
吸引が終わると、その方は、「ありがとうございました」とお礼は言ってくれましたが、すぐに走り去っていった。
私は、その後、ポイズンリムーバーをザックの中に収納したり、レインウェアを収納したりして、走りだした。
この時点で、かなりのタイムロスしている。
大会要項にも記載されているが、ポイズンリムーバーは必携品である。
もう手首だけでなく肘関節まで腫れていて、グーを握ることができない、手首の稼働範囲も狭まっている。太腿は、処置が早かったためか、腫れている様子はなく、痛みだけ残っている感じだ。
ポイズンリムーバーの効果
比較的、処置の早かった太腿は、腫れることはなかった。ポイズンリムーバーを使用したのは、今回が初めてであった。
時間との勝負ではあるが、適切な対処をすれば、効果あるなと感じた。
信越では、ポイズンリムーバーは、必携品だ。
アナフィラキシー
最終的に、ここから20時間くらいレースを続けるのだが、アナフィラキシー症状が出るのは分かっていたので、呼吸や体の異変に気をつけながら走った。
20km超えてきたあたりから、体に痒みが出てきた。ワキのあたりやランパンの締め付けのある箇所。
22kmのA2バンフエイドで、トイレに入り、痒い箇所を確認すると、蕁麻疹が出ている。呼吸は大丈夫そうだが、浅い。
少しお腹が痛いかな。リタイヤするか悩む。
走りながら思う
走りながら、刺された箇所を考えた。
私が刺されたのは、衣類と皮膚の境目だ。
腕にアームカバーをしていたため、そのアームカバーのエンドの部分。太腿は、ランパンのエンドの部分。
それぞれ、衣類と皮膚の境目を狙って刺している感じがした。
首を刺された人も、髪の毛の生え際だった。
まあ、たまたまかもしれないが。
レース続行
まあまだ時間はある。行けるところまで行こうと思いレースを続ける。
右手は、パンパンに腫れている。自由に使えないため、補給食の取り出しやエイドでの給水に手間取る。
熊坂エイドを過ぎて、関川沿いを走っていくと、私設エイドがある。ここは小さい公園なのか、トイレがある。お腹が痛くトイレ離脱。
右手がうまく使えないため、トイレにいちいち苦労する。
まだ、この時は、腹痛を甘く見ていた。すぐに治るだろうと思っていた。
レース後半
黒姫エイド(52km)を過ぎると、レースも後半戦になる。
上の写真は、黒姫エイドを出てからの登り。
相変わらず、体は痒い、右手は痛い。このあたりから、治まらない腹痛が気になり出す。
笹ヶ峰グリーンハウスで、腹痛。おかしい、これもアレルギー症状なのではないかと思いだす。
ここでは、何度もトイレに行き40分くらい休憩した。正直、疲労困憊状態。
この後は、とにかく腹痛との戦い。この後にあるエイド全てトイレに飛び込む。
戸隠スキー場では、トイレが壊れていた。係の人に聞くと「コースに戻る手前にもあるよ!」と教えてもらった。
ここのトイレは、非常に綺麗で、2019年の100mileの時もお世話になった。
トイレを済ませて、何か食べないとこの先進めないなと思い、シャリ玉、お蕎麦を食べた。その時に、石川さんがこられて、選手を激励していたのを覚えている。
「ここまできたからには、みんなゴールしよう。」
「登りは歩いて、下りになったらゆっくりでいいから走って。そうすればギリギリ制限時間に間に合うよ。」
と言った言葉を選手にかけてくれていた。
最後の登りである瑪瑙山は、一人では登れない、一人だと制限時間に間に合わないと思った私は、ペースを刻んでくれそうな選手を見つけ、後をついて行くことにした。
瑪瑙山の登りは、雨の影響があり、泥沼、川状態。
前を行く選手が、うまく道を探してくれる。本当にありがたかった。
腹痛は、この瑪瑙山の登りがピークだった。もう漏れてもいい覚悟で登っていた。
二人組の選手(一人は選手で、もう一人はペーサかと)であったが、山頂まで私を引っ張ってくれた。というか勝手について行った。
信越は、ここからが長い。下ってから、林道を8kmくらい走る。
この林道が長い。もう走れる状態ではないのだが、制限時間が迫る。
体が痒い、手が痛い、お腹も痛い、お尻も痛い、何もかもが痛い。
制限時間の14分前、21時間46分でゴール。
腫れは?
ゴールした時刻が、AM3:16くらい。そこからバスで移動し宿へ向かう。
宿についたのは、AM5時くらい。宿の人も商売とはいえ大変だ。
風呂に入って、参加賞でいただいたNew-HALEのアイシングテープを腫れた右手に貼って寝た。
病院へ
地元に帰り、病院へ。
今回の内容を説明すると、「打てばいいのに!」と言われ。
蕁麻疹は、皮膚だけではなく、消化管にも同じように現れるので、それで腹痛がおこるのだと説明を受けた。
エピペン処方の時に、症状の説明はあったが、呼吸と全身症状ばかり気にしていたため、聞き漏らしていたのだろう。
この後、完全に完治するまでに、3週間くらいかかってます。蜂って怖いです。