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井波彫刻とは

可憐な花鳥に、まるで飛び出してくるかのような躍動感あふれる龍。
200本ものノミを使い分け、駆使して彫られる井波彫刻は、時に繊細に、時にダイナミック。
精緻の極みのような超絶技巧が成せる仕事の数々は、これが木でできているのかと、見る者を圧倒させる。

井波彫刻の始まりは、約250年前。
この町のシンボルとも言える名刹・瑞泉寺から始まりました。

瑞泉寺山門。華やかな花々や躍動感あふれる龍など、この門だけでもずっと見ていたくなる。

瑞泉寺は、浄土真宗の寺院として綽如(しゃくにょ)上人によって1390年に建てられました。
この瑞泉寺が火災のたびに再建されてきた中で生まれたのが井波彫刻です。
1763年に始まった瑞泉寺2度目の再建の折に、京都東本願寺から派遣された前川三四郎ら御用彫刻師から、井波の大工が彫刻の技術を学び、今日まで継承されてきました。
このときに前川三四郎が制作した彫刻は今も瑞泉寺で見ることができます。


透かし彫り

井波彫刻の特徴を語るときに外せないのが透かし彫り。
かつては社寺や山車(祭屋台)の装飾彫刻から始まり、明治期に一般住宅にも広がった欄間彫刻に代表される彫刻技術です。
一枚板から作られた精緻かつ立体的な彫刻は、井波ならではの技術と言えるでしょう。

透かし彫りの制作風景。一枚板を彫っていく。

井波彫刻の伝統的なモチーフ

<花鳥>

松竹梅
おめでたいものの象徴として使われてきた松竹梅。
冬でも枯れない常緑樹の松は長寿、折れにくく成長が早い竹は生命力、苔むすほどの樹齢となっても春もまだ早い時期から花を咲かせる梅は気高さや長寿の象徴として、ハレの場に使われてきました。

四君子
蘭、竹、菊、梅の4種の植物をモチーフにした図案を四君子と呼びます。
これら4種の植物が草木の中の君子、という意味です。

葡萄栗鼠
葡萄と栗鼠のかわいらしい図柄。
一見西洋的にも思えますが、多産の象徴という実はおめでたいモチーフ。
葡萄が武道と同じ読みということから武家の人気も高かったとか。

井波彫刻の名工、大島五雲作の葡萄栗鼠。
葡萄の蔓や葉のリアルさ、自然な動きの栗鼠を厚さたった約4.5㎝の一枚板から彫りだしている。

このように複数種を一緒にしたモチーフとしては牡丹をメインに蘭と海棠を添える玉堂富貴、牡丹と薔薇の富貴長春なども、華やかなモチーフとして知られています。

その他、単体としては植物は桜、木蓮、老松、竹、菊、牡丹、椿、蘭など、鳥は鷹、鶴、鷺、鶯、雀なども彫られることが多いモチーフです。

<動物>

鳳凰、龍、麒麟、獅子、獏……
伝説の生き物として様々な場面で用いられてきたモチーフ。
主に寺院や城の装飾によく登場します。

井波の龍といえば瑞泉寺山門の龍が有名。火災の際に山門に彫られた龍が井戸水を汲み上げて鎮火したという話しも。
また同じく瑞泉寺には「獅子の子落とし」という親獅子が千尋の谷に子を落とし、崖から這い上がる子を岩陰から見守る姿を描いた作品もあり、山門の龍と並んで瑞泉寺の見どころの一つとなっています。

瑞泉寺山門の龍。

その他、四神亀や虎なども縁起物として選ばれるモチーフです。

<人物>

・天神様
菅原道真公の木彫り人形です。
富山県を中心に北陸では男の子が生まれると母方の祖父母が天神様の人形や掛け軸を送るという習慣があります。

・高砂(老夫婦)、仙人(中国の偉人)、唐子、七福神、天人など
仙人や高砂、唐子、七福神は縁起の良いモチーフとして、また天人は美しい声で歌うと言われる迦陵頻伽や、優雅な美女(天女)の姿で作られることも多く、寺院の装飾でも目にすることの多いモチーフです。

<その他>

・名所
近江八景、富士と三保の松原、日本三景など

・静物
扇子、鼓、めでたづくしなど

井波彫刻の現在

井波彫刻とは技術であって「こうでなくてはならない」という決まりがあるわけではない、というのは、現在の井波を代表する一人ともいえる彫刻師・3代目南部白雲氏の言葉。

井波彫刻というと一般的に欄間や社寺のイメージが強くなりがちですが、現在では家の表札や店舗の看板、また家やビルのオブジェ等様々な場で用いられています。
それに伴い、現在では伝統的な縁起物だけでなく様々なモチーフの作品が作られており、たとえば花鳥であっても、薔薇やチューリップなどの西洋花が制作されることも珍しくありません。
また、現代アート的な作品を手掛ける彫刻師もおり、日展等の大きな芸術展にも出品されていることもあります。

また、井波はその継承されてきた技術と知識、さらに彫刻師が多く集まっている唯一の「彫刻師の町」であることから、2018年に日本遺産にも認定され、今年は重点地域にも認定されました。
その技術力の高さや、彫刻師がまとまっている町であることから、全国の文化財や国宝にしていされている建築物の装飾彫刻の修理や復元にも携わっています。
大規模なものとしては2011年には名古屋城本丸御殿の復元を受注し7年をかけて完成させました。
2024年6月現在、首里城の復元にも携わっており、2026年の完成を目指しているところです。

※日本遺産ポータルサイト
※富山新聞『首里城再建に井波彫刻の技 南砺の砂田さんら 正殿の装飾、1年がかり』

それぞれに個性豊かな井波彫刻師とその作品についてはこちらの記事を是非ご覧ください。

次代へ継ぐ ー井波彫刻師・永田幹生
「間」を作る、繋ぐ ー井波彫刻師・前川大地
命宿る一振り ー井波彫刻師・石原良則
奇才 ー井波彫刻師・三代目南部白雲
力強く咲く ー井波彫刻師・二代目花嶋一作
ひたむきに、木と向き合う ー井波彫刻師・野中願児
羽ばたき ー井波彫刻師・池田茂

全国の井波彫刻鑑賞スポット

全国各地にある、井波彫刻を間近に鑑賞できる代表的なスポットを一部ご紹介します。ぜひ足を運んで見てみてください。

・小石川後楽園(東京都)
・東京築地本願寺(東京都)
名古屋城本丸御殿(愛知県)
京都東本願寺(京都府)
富山市八尾(やつお)の曳山彫刻(富山県)

井波のメインストリート、八日町通りを歩けば井波の彫刻師たちによる個性豊かな猫たちとも出会えます。

瑞泉寺山門前にて。こんなカワイイ自販機を見たことがありますか?

井波のことをもっと知りたい方へ。

日本遺産井波公式HP
井波へ行かれる際のご参考に。

井波彫刻協同組合 公式HP
井波彫刻に関することはこちらへ。井波彫刻の通販もあります。

バーチャル井波
井波彫刻を3Dで鑑賞可能!DISCORDで現役彫刻師とコミュニケーションも。

《この記事を書いた人》
池端まゆ子

時代が移りゆく中でも継承されてきたものに強く惹かれる。歴史、背景を知るのが好き。趣味は芸術鑑賞、料理、本の蒐集。

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