それでも前へ
幾年かぶりに家族で話し合った。
父と母がリコンすることになったのだ。
リコンの経緯を父から聞き 色んなことを聞いた。
私は人は双方のバックグラウンドを知れば分かり合える術があるのだと信じていた。だから、どんな人とでも対話すればどうにか分かり合える点があるのだと思っていた。
だから、父の話を聞きながら兄や私が疑問に思ったことを聞いていた。そうすれば「なぜリコンしないといけないのか。」「父は今までどんな不満を募らせていたのか。」「私たちの何が悪かったのか。」がわかると思っていたからだ。
でも、いくら聞いても何も分からなかった。
父から募っていた不安や不満や満たされない気持ちは 私たちには理解できないものだった。そして、私たちが抱いていた不安や不満や満たされない気持ちは 父には理解できないものだった。
初めて 人と人は分かり合えない ということがあるのだと知った。
そこには真っ白で純粋な 絶望しかなかった。
父の中の世界では私たちを 愛していた らしい。
私たちの世界でも父を 愛していた。
それでも私たちから伝えていた愛は 父の世界ではなんの意味も果たさず、父から伝えていた愛は 私や兄や母の世界ではなんの意味も果たさなかった。いくら愛を伝えようとその人の世界で「愛」だと認識されなければなんの意味も果たさないのだ。
ただ、それだけだった。
それだけで家族がバラバラになるには十分の理由だった。
必死に繋ぎとめていたが それもかなわず 自分の行動はなんの意味もはたしていないことを知った。
人と人なぞ分かり合えないということを今更分かったのだ。
幾度として対話しても分かりあえず 非言語からも分かり合えない。
そんな世界でどう人と共存し 幸せを追い求めれば良いのか。
真っ白な絶望の中で 目の前のファミレスの壁を見つめるしかなかった。
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父が帰るとき、横を通るとふわっと柔軟剤の匂いがした。
知らない柔軟剤の匂いだった。
私の知らない場所で 私の知らない人と生活し そこに居心地の良さを覚え 家族という枠組みを脱ぎ捨てた。そんなことをたった数秒で痛感した。
幼い頃仕事帰りの父から「もうすぐ家に着く!」とLINEがくるとお風呂上がりなのに髪も乾かさずパジャマのままマンションの下でワクワクしながら待っていた。
見つけた瞬間、めいいっぱい走って 父に抱きついていたことを思い出した。
愛おしそうな目で私をみていた記憶の中の父と 知らない柔軟剤の香りを纏っている父はどちらも真実である。
この人は一体誰なんだろう?
そう思いながら 理解できなかった世界を見ている父だった人のうしろ姿を ただただ見るしかなかった。
それでも人生は続いていくのだから。
それでも自分の足で前へ進めていくしかないのだ。