涙とラフマニノフ
あなたはラフマニノフを知っているだろうか。
20世紀を代表するロシアの作曲家兼ピアニストである。
彼の音楽は私の心の拠り所の一つとなっている。
中でも「ピアノ協奏曲第2番」には深い思い入れがある。
今回は私とこの曲についてのエピソードを語っていきたい。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
※この動画について
ピアノ:アンナ・フェドロワ、演奏:北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団、指揮:マルティン・パンテレエフ
2楽章アダージョのテンポは自分にとってこれがちょうどいい。
私のおすすめの音源は
ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル、演奏:ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団、指揮:スタニスラフ・ヴィスロツキ
の演奏である。
高校生の私とラフマニノフ
降る雪を眺めて
初めてピアノ協奏曲第2番を聞いたのは、確か高校生の時だったと思う。
初めて聴いた時からこの曲、特に第2楽章に心惹かれた(この動画の11:38~)。
弦楽器の低音の序奏の中から、ピアノの美しい旋律が始まる。そしてフルート、クラリネットがメロディーを受け継いでいく。
当時、札幌に住んでいた私にはこのピアノの旋律が音もなく降り積る雪のように感じられた。
自分の部屋の窓の外、こんこんと降り続ける雪を眺めながらこの曲をウォークマンで聴いていると、穏やかで幸せな気持ちになった。
挫折
高校生の受験期はつらい時期だった。典型的な落ちこぼれだった。
高校3年生の夏、私は模試の成績のことで両親に叱責されたことがあった。
何のために高額な塾の費用を出しているのか。結果を出せ。
そんなことを言われた。
私も焦っていた。夏休みに入って毎日10時間以上は勉強しているのに、一向に結果が出ない。若干の成績の上昇は見られたが、志望校には遠く及ばない。
気にしていたことをはっきりと指摘されると、それまで気丈に振る舞おうとしていた自分もさすがに情けなくなってくる。
私は感受性に乏しいので本当に滅多に泣きはしないのだが、この時は涙が止まらず慌てて自分の部屋に入っていった。
そんな時に聞いたのは、この曲だった。
その後も度々辛い状況に陥ったり、折からの体調不良に悩まされたりと、未来の希望も生きる意義も見出せない時期だった。
だがこの曲を聴いたり脳内で再生したりすると、「こういう美しい音楽がある世界なのだから、生きてやってもいいのかな…」という気分になり、そう思い込むことで、なんとか絶望することなく生きてこれた。
現在の私とラフマニノフ
景色は変わっても
受験を終え、大学に入ることのできた私は進学の為に奈良へ移り住んだ。
かつては暖かい部屋で降り続ける雪をこの曲を聴きながら眺めていたが、今は部屋は寒いし、滅多に雪は降らないし、窓の外はコンクリートの壁である。
だから私は今、目をつむってこの曲を聴く。
心の中では今でもありありと、あの景色を思い出すことができるから。
聴き方の変化
現在は体調も改善し、運の良いことに非常に良い仲間に囲まれて過ごしており、「生きることも悪くないかもね」と思える機会も増えてきた。
かつては現実逃避の手段としてこの曲を聴いていたが、
今は聴くと「あの時も耐えられたのだから、今の状況も乗り越えられる」と思えるようになる、現実に向き合う手段としての意味合いも私の中に生まれている気がする。
これからもこの曲を聴き続けるだろう。
未来の私は一体どのような思いでこの曲を聴くようになるのだろうか。
あなたには心の拠り所になっている音楽があるだろうか。
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