TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.5【20位〜1位】(終)
長かったのか短かったのかわかりませんが、この平成ベストアルバム企画は今回で遂にファイナルを迎えました。感慨深いです(嘘泣き)。ところで、Vol.3からトップの写真を変更したわけですが、例のごとく平成時代(1989.1〜2019.4)に発売されたシンセサイザーで個人的に気になったものの続編でございます。今回でこの写真も最後なので、こちらも通例に基づきネタバラシを。特徴のあるルックスなのでもう分かりますよね。左上から、
ALESIS ANDROMEDA A6(2000)、WALDORF THE WAVE(1993)、
clavia NORD LEAD 3(2001)、WALDORF Q Rack(1999)、
Emu Proteus2000(1999)、WALDORF Microwave XT(1998)
WALDORF好きと90年代末〜2000年初頭にかけてのバーチャルアナログ全盛期にお世話になったシンセサイザーです。このうち3台は今でもお世話になっています。
それでは早速本編に入りたいと思うわけですが、その前に平成時代に良く聴いた洋楽アルバムの最後の紹介を忘れてはいけません。最後を飾るのはもうこの作品しかないでしょう。
その5.「JORDAN: THE COMEBACK」 Prefab Sprout(1990)
皆さん大好きPrefab Sproutのあの大名盤です。全19曲という壮大なコンセプトアルバム。各楽曲はどちらかといえば地味な印象も受けかねませんが、どれもが細部にわたって作り込まれている上に、統一的な世界観の構築が半端ではありません。この作品全体のストーリーとしての完成度はまさにアルバムという媒体でしか成し得ないもの。Paddy McAloonが紡ぎ出す珠玉のメロディライン、これをこだわりのエレクトロニクスサウンドで際立たせるのが稀代のエレクトロポップマエストロ・Thomas Dolbyです。名盤「Steve McQueen」から彼らをバックアップする彼の本作に賭ける意気込みが音に表れています。決して派手なエレクトロニクスやギミックを使用しているわけでもないのですが、1つ1つのフレーズに添えられるちょっとしたエフェクトであったり、全体的な音響であったり、Wendy Smithの特徴的なコーラスの絶妙なサウンドへの関わり方など、これほど楽曲とサウンドのバランスが完璧に均衡している作品が他にあったでしょうか。本作を聴き始めてほぼ30年経過しますが、個人的に得意とする80年代の洋楽アルバムと合わせても、常にNo.1であることを疑わない素晴らしいアルバムであると断言します。
ということで、いよいよファイナルカウントダウンの平成ベストアルバム20位から1位です。ここまで来たらランキングはほとんど意味をなさず、どれもが平成という時代を飾る名盤であることに間違いはありません。なお、何度も言うようですがあくまで個人史ですので、平成30年間の音楽界を総括するものではありませんので、その点はご了承ください。それではお楽しみ下さい。
20位:「too too」 有近真澄
(1991:平成3年)
演歌界に数々の名曲を残した作詞家・星野哲郎の息子であった有近真澄が舞台演劇活動を経て音楽界に姿を現したのが、新世代のフレンチテクノポップバンドとして1985年にアルバム「in style」でデビューしたヴァリエテ(VARIETE)のヴォーカリストとしてでした。ヴァリエテは2枚のアルバムを残して解散しましたが、彼のヴォーカリストとしての存在感は当然のようにソロシンガー活動へと向かわせることになります。それが世界に冠するVirgin Recordsの邦楽部門第1弾となったこのソロデビューアルバムです。シングルカットなしという潔さで自信満々に勝負してきたこの作品ですが、もちろんスタイリッシュなPOPSとして完璧に成立していながらとにかく手間をかけたサウンドギミックが随所に散りばめられていて、作り手から遊び心がひしひしと感じられるところに好感が持てます。
そんな本作の多くの楽曲でサウンドデザインを手掛けているのが、1988年にBran-New Colorのメンバーとしてデビューしていたギリシャ人ハーフのクリエイター・Achilles Damigos(アキレス・ダミゴス)です。ビキビキなシーケンスが血湧き肉躍る「DRESS YOU DOWN」やヴォーカルが左右に走り回るマシナリーロック「悲しみの天使」のように、あくまでPOPSの範疇にロックにおける美味しいフレーズをギミックとしてぶち込みながら、ダンサブルに料理する手腕は有近のキャラクターにもマッチしており、彼の起用は大当たりであったと言えるでしょう。
特に打ち込みビートの効いた「PASSPORT」は、小峰公子(ex.KARAK・ZABADAK)、本間哲子(ex.プラチナKIT)、濱田理恵(ex.Darie)といった知る人ぞ知る強力なコーラス隊に矢口博康お得意のフリーキーサックスが絡むダンサブルチューンですが、本作はそのようなキラーチューンの存在感も希薄になるほど、他の楽曲が放つ存在感の密度が濃いです。
有近のヴァリエテ時代の盟友である鶴来正基のアレンジ曲「変光星」「LA DEESSE」は、バラードながらも細かいシンセギミックが逆に引き立つ作りになっていますし、唯一成田忍が手掛けた「GARCON NO.1」は、中島啓江のフリーダムなオペラボイスに歪んだギターに無調性なピアノが絡む早過ぎた音響POPSで、各楽曲が非常に興味深く、程よい「やり過ぎ感」に溢れた力作に仕上がっています。
結局このやり過ぎ感が祟って期待するような結果は得られず、2ndアルバム「True Blue」ではより売れ線に沿ったCMタイアップ曲含む清涼感溢れるポップソングにシフトしますが、それはやはり有近本人の本意ではなく、3rdアルバム「女の都」にて窪田晴男プロデュースのもとでやりたい放題繰り返した後、ソロからTVジーザス、エロヒム等のグラムロック系バンドを中心に活動していくことになります。
19位:「What if・・・・・・」 詩人の血
(1989:平成元年)
岡山出身の不思議なトリオバンド・詩人の血は1989年秋にこのアルバムでデビューします。当初ドラムを叩いていた辻睦司がヴォーカルに専念し、ベーシストが脱退後加入したのがキーボードの中武敬文であったこともあり、ギターの渡辺善太郎を加えた3名のリズム隊のないバンドという編成となると、当然スタイルとしてはエレポップ路線となるわけですが、彼らはそのような単純なエレポップという枠には収まらない異色のセンスを持ち合わせていました。
本作は確かにプログラミングが多用されていて構造としてはエレクトロ風味ですが、落ち着きのある作風に一瞬の狂気を巡らせたような奇抜なアイデアを潜ませており、それが本作がより不気味な雰囲気を漂わせている要因の1つとなっています。横刈り上げの短髪イケメン男2人を従えた長髪ソバージュの良く伸びる高音ヴォーカリストというヴィジュアルイメージはスタイリッシュと言えなくもないですが、プログラミングされたリズム隊という利点を生かした無機質さと、アコースティックギターやストリングスなど温かみを残したウワモノサウンドのコントラストが見事にハマり、その部分が平成という新時代のスタートにふさわしいアプローチであったと思われます。
1stシングルでありリードチューンとなった「青空ドライヴ」では、大御所清水信之がブラスアレンジ、サックスを矢口博康、コーラスが新居昭乃という鉄壁布陣で勝負する強かさ、2ndシングルにカットされた「バレンタイン」ではバレンタインソングらしいポップな中にパワフルなスネアのゴテゴテしたリズムが異物感を醸し出すサウンドメイクと、毒を入れる気満々。そしてその毒は「タキティナ」や「太陽と巨人」で露わになります。前者では無国籍なギターにトライバルなリズム、ヴォーカルに過剰なディレイをかけてみたり遊び心満載、続く「太陽と巨人」ではボコーダーまで登場するものの、辻が河童みたいなフェイクを入れてくるなど、とてもEPICらしからぬ狂気の沙汰が繰り広げられますが、これがどれもがポップソングの範疇で行われているという興味深さ、これが本作の楽しみ方でもあります。
そしてTECHNOLOGY POPSとしての楽しみ方とすれば、本作のうち「青空ドライヴ」をはじめ半数の楽曲のミキシングエンジニアが大御所の吉野金次と、当時彼に師事していた加納直喜。彼はお気づきの方もいらっしゃるかもわかりませんが、あのTUXEDO COOLのヴォーカルの加納直喜です。ここでTUXEDO COOLと詩人の血という2つのトリオエレポップバンドのバトンタッチが行われていたということなのです。
そのようなわけで颯爽とデビューを果たした詩人の血ですが、その後の彼らはギターロックに寄ったりアシッドハウスに接近してみたり、ソフトロックに行ったりグルーヴィーなサウンドにチャレンジしたりと、音楽性が七変化していますが、特に後期には飯尾芳史をエンジニアに迎えながらSteve JansenやMick Karn、Prefab SproutのWendy Smithをゲストに迎えたりと、解散する1994年まで恵まれたバンド活動を進めていくことになります。
18位:「LOGOS〜行〜」 GRASS VALLEY
(1989:平成元年)
昭和末期に現れたポストニューウェーブ系バンド・GRASS VALLEYの露出が飛躍的に上がったのは1988年リリースの3rdアルバム「STYLE」でした。それまでは陰のあるクールでテクニカルな叙情派ニューウェーブ系エレポップという装いであった彼らが、カラフルで躍動感のあるシンセロック路線へと舵を切り始めた結果ライブパフォーマンスも向上し、文字通りのスタイルの良さからファンも増加しその活動は順風満帆に推移していきます。その勢いの中で新作が待たれる中、同年秋にリリースされたシングルが「MY LOVER」。しかし本田恭之節全開の哀愁メロディが光るこの名曲はリズム隊がプログラミングで構成されており、楽曲は文句なしながら独特の前ノリノングルーヴドラムでバンドの象徴的存在でもあった上領亘が参加していないことが、後々のバンド内の関係性に影を落とすことになります(それはまた後年の話)。
そしてこの先行シングルの翌年、平成の幕開けにふさわしくこの4thアルバムがリリースされたわけですが、3rdまでのスタイリッシュな音楽性からさらに変化していることに驚かされます。最も変化したのは出口雅之のヴォーカルと西田信哉のギタープレイで、明らかにロック的なスタイルを意識した彼らのプレイは、さらなる熱いライブパフォーマンスを否が応でも意識させるものでした。特に「空中回廊」〜「イデア」までの前半はグイグイ攻め込んでくるタイプの楽曲が多く、バンドとして新しいアプローチに挑戦していることがうかがえます。
このチャレンジが成功していたかどうかは不明でしたが、本作の本領は後半の、シングルカットされた本田楽曲3連発によって一気に息を吹き返すことになります。本田らしいロマンティックな哀愁バラード「砂漠の少年」、GRASS VALLEY特有のサウンド・演奏・センスの集大成とも言える名曲「TRUTH」、そして前述の「MY LOVER」・・・この3曲の並びは彼らの活動全体のハイライトとも言って良い美しい流れであり、本作をこのランキングに押し上げる要因の1つとも言えるわけです。
それにしても相変わらず本田恭之のシンセワークは素晴らしいというほかありません。使用されている音色、美意識満点のコードワーク、音の隙間を埋めるように気の利いたタイミングで入ってくるフレージング、訴求力抜群の流麗なソロプレイ・・・前作までも際立っていたサウンドセンスはさらに進化し、まさにバンドの屋台骨としてその存在感は増すばかり。しかしその妥協を許さないサウンドのこだわりは、特に同じくアーティストとしてのセンスを尖がらせつつあった上領亘との軋轢を予感させるものであったのです。
なお、その割には本作ラストのインストゥルメンタル「鶴」では両者の共演が楽しめますが、このオリエンタルエレクトロなインストは、後年の本田のハイスクール・オーラバスターシリーズのサウンドトラックや、上領のテクノ民謡ユニット・NeoBalladの活動に少なからず影響を与えている重要な指針の楽曲と言えるでしょう。
17位:「スポット破壊指令/The Spot Directive」 PEVO
(2014:平成26年)
1996年に登場した謎の宇宙人アルバム「PEVO」はある意味ショッキングでした。驚かされたのはその細かく設定された世界観。作り込まれた造語による専門用語を交えて説明される意味がよくわからない「設定」。そしてメンバーは1号、2号の記号と呼ばれるため匿名感が半端なく、それがまた一層謎を深めていくという、なんとも興味深い作品でした。
もともと彼らは1993年のP-MODELコピーバンド大会「Errors of P-MANIA! 」に「シーラカンス」のカバーで参加し優勝をさらったバンドでしたが、それが平沢進に認められ、彼が主宰するインディーズレーベルDIW/SYUNレーベルより平沢進をヴォルキスプロラデューク(プロデュースと解釈してよい)として、1stアルバム「PEVO(後にConvex And Concaveと改称)」をリリース、そのDEVOライクな出で立ちとサウンドメイクで強烈なインパクトを残しますが、その後は地中深く潜行、再び地上に姿を現したのが2007年の2ndアルバム「Hard Core PEVO」でしたが、CD-Rのリリースとマスタリングの弱さも手伝ってかチープなテクノポップに変身、2年後の3rdアルバム「NON STOP PEVO!」ではDJが参加したり、アニメ柄のジャケットデザインでオタク受けを狙ってみたりと迷走状態が続きました。しかし、ヴォーカリストにpevo4号(某バンド関係のデザインを一手に引き受ける某バンドのリーダー)が参加してから設定を思い出したかのように音楽性が生まれ変わり、2014年遂にこの4thアルバムで再びその本領を発揮するに至るわけです。
まず本作では2ndと3rdでの宇宙語でのヴォーカルを取り止め再度1st時代の日本語楽曲に回帰したことで取っつきやすさを獲得するとともに、マスタリングエンジニア磯村淳の起用により音像が見違えるほど強化、音のメリハリをハッキリさせることによって全体的なサウンドのパワーが格段に向上しました。そして、最大の効果が分厚いシンセベースとスネアドラム(現在ではなかなか聴くことのできないめちゃくちゃいい音!)です。ボトムが安定することによって音に芯が生まれ、メジャーシーンと遜色のないクオリティを獲得することに成功しています。加えて本作ではpevo1号のギタリストとしてのプレイが存分にフィーチャーされていることにも注目です。特に3曲目「ブロックラム「SAR」」から「星の子ども」までのテンションの高さを一気に保つ勢いは、そんな作品全体のパワーを象徴しています。そして極めつけはやはり平沢進が2曲にギタリストとして参加するなど、再び積極的に関わることになったことに尽きるでしょう。やはり彼らはヴォルキスプロラデュークである平沢が紡ぎ出す異様な設定があってこそなのです。
結果として本作は1stの世界観をパワフルなサウンドで見事に補完し、バンドとして最高傑作へと昇華させることに成功し、以降2枚のフルアルバムをリリースし完全に息を吹き返すことになりました。
16位:「ウレシイノモト」 小川美潮
(1992:平成4年)
チャクラ在籍時の1984年に自身の名前を冠したアルバムでソロデビューを果たした小川美潮は、チャクラの解散後はしばらく本多俊之&RADIO CLUB等へのゲスト参加を主として活動していましたが、時代は平成となりソロシンガーでの再デビューの話が舞い込んでまいります。レコード会社は天下のエピックソニーということで、1991年にアルバム「4 to 3」で再デビューすることとなりました。
同時期にソニー系列から再デビューを果たした元ショコラータのかの香織も同様でしたが、彼女らに課せられたイメージ戦略はナチュラル路線。かの香織も小川美潮も80年代はニューウェーブ界の象徴的な歌姫でしたが、そうしたキャリアを90年代にかなぐり捨ててナチュラルなポップソングへと転向したことには、ディレクターに意向であったり時代の空気感ということもあったかもしれませんが、かの香織が20代の女性が共感するようなスタイリッシュでセレブな方向に開き直ったのに対して、小川美潮は日常を切り取った癒し系ポップソングへの道を歩もうとしていました。しかしそれを許さないのが小川を支えるバックメンバー達。板倉文や藤井将登(Ma*To)、近藤達郎、MECKEN、青山純、BANANAらのKILLING TIME周辺の手練れのミュージシャン達により、癒しの楽曲はよりテクニカルにより遊び心のある実験場となり、穏やかさの中に一筋縄ではいかない抜け目のなさを宿すことになったわけです。
このエピック3部作の2枚目である本作は1992年リリース。これまでと異なる要素が2つあります。まず彼女を陰日向に支えてきた盟友・板倉文がプロデュースしていないこと、そしてプロデューサー陣に小川に加えて、キーボードの近藤達郎とドラマーの青山純が参加していることです。この板倉(とMECKEN)の不在と近藤・青山のプロデュース参加は本作に非常に大きな影響を及ぼしていて、板倉とMECKENの代わりにサポートとして成田忍と鳴瀬喜博というライブ映えする演奏陣がが加わったことで、前作と比較にならないほどの肉感と開放感が感じられる濃厚なサウンドが展開されています。全体の7割を占める楽曲のアレンジを手掛けた近藤達郎の本作における貢献度は高く、小川の奔放なキャラクターも随所で引き出しながら安定感抜群のサウンドデザインで作品の軸を構築しています。そしてその他のアレンジャー陣もそれぞれの個性を生かしたレベルの高さが光る楽曲ばかり。人力コラージュここに極まれりなMa*To作編曲のシングルカット曲「ウレシイの素」、カラッとした演奏のマーチングバンド風歌謡で新境地を見せる成田忍作編曲の「Charming」、楽しいテーマなのにエロいリズムで不安感を煽るBAnΛNA-UG作編曲の「PICNIC」等、どれもが聴きどころ満載です。
そしてそれらを包括して全体のリズムをテクニックとセンスで支えた青山純のドラミングなしで本作は語れません。彼のドラマーとして参加した作品は星の数ほどあれど、本作ほどそのドラミングが各楽曲全体に影響を与えた作品はないのではないかと思われます。「ウレシイの素」「走れ自転車」「PICNIC」「人と星の間」・・・記憶に残るプレイを次々と聴かせてくれただけに、彼の早逝が悔やまれてなりません。
次作「檸檬の月」では再び板倉が復帰して原点回帰するだけに、本作の異質感が際立ちますが、小川のヴォーカルと青山や近藤を始めとした演奏陣のテンションが最高潮に達していた本作が、小川美潮最高傑作として挙げておきたいと思います。
15位:「風note」 スノーモービルズ
(2001:平成13年)
2ndアルバム「銀の烏と小さな熊」のリリース後、スノーモービルズにポリスターからメジャーデビューの話が舞い込み、1999年に「晩秋のつむじ風」「風景観察官と夕焼け」という2枚のシングルをリリースしますが、テクノポップというよりはプログレッシブアーシーともいうべき作風に変化する転換期であったこともあり売れることはなく、再びホームグラウンドのThink Sync Recordに舞い戻ることになります。しかしメジャー進出は失敗に終わったものの、彼らはポリスターでのシングルをさらに発展させメジャーで制作されるはずであった3枚目にして最高傑作となる大作アルバムを構想していたのです。彼らは本作のプロデューサーでレーベルメイトであり常に影響を受け続けてきたmicrostarの佐藤清喜をプロデューサーに迎え、難産の末遂に完成、2001年のこの名盤がリリースされることになるわけです。
本作は「風景I〜V」といったインタールード的なインストを挟んだ計17曲で構成された完璧なるコンセプトアルバムです。作品をリリースするたびに冴え渡る折原伸明の類稀な言語感覚により歌詞世界にグッと引き込まれ、気がつけば辺り一面「風note」の世界。これほどの情景描写豊かな世界観を構築できるユニットは珍しいのではないでしょうか。2019年のソロアルバム「HIROFUMI CALENDAR」でも非凡なメロディセンスを披露した遠藤裕文も、ほぼ共作の多い本作においてもその才能の一端を垣間見せています。
サウンドとしてはテクノポップ色というよりは土着的でアーシーな作風全開で、しかもThe Beach Boysからの影響が色濃く反映された複雑なコーラスワークが大活躍、生楽器とコーラスとプログラミングが絶妙なバランスとなって妥協を許さない濃密な音空間を構築していますが、このサウンドデザインを成功に導いたのは、プロデューサーとして第3のメンバー的役割を果たしていた佐藤清喜の貢献による部分が大きいと思われます。テクノポップにも古今東西のゴールデンPOPSへの造詣が深い佐藤は、もはやジャンルの区別が難しい本作におけるポロデューサーのポジショニングとして最適であり、彼の起用はまさに大当たりであったわけです。
そして何と言ってもアルバムとしての構成力が素晴らしい。インストを場面転換として3曲ずつ、「起」「承」「転」「結」を見事に表現した組み合わせ、4パートそれぞれの物語があってラストの「除夜」で感動の大団円を迎えるカタルシス。これほどまでの濃厚な作品を生み出したユニットが現在でも音楽史的に埋もれているという現状が歯がゆくて仕方がありませんし、隠れた佐藤清喜のベストプロデュース作品として、再評価を望んでやみません。
14位:「momoism」 遊佐未森
(1993:平成5年)
1989年の3rdアルバム「ハルモニオデオン」がオリコン第5位のスマッシュヒットとなり、一躍新感覚派POPSの歌姫として一流アーティストの仲間入りを果たした遊佐未森は、福岡知彦&外間隆史プロデュースによるアーティストイメージ戦略と鉄壁のコンセプトワークが見事にハマり、続く4thアルバム「HOPE」、5thアルバム「モザイク」と好調な売り上げを記録していきますが、1992年のベストアルバム「桃と耳」のリリースで一旦活動を一区切り、アーティストとしての次なるフェーズへの生まれ変わりを模索することになります。そして翌1993年にリリースされたこの6thオリジナルアルバムにおいて、彼女はセルフプロデュースにしてチャレンジングな作品をリリースします。
本作におけるチャレンジとは、一言で言うと「ドラムレス」。ドラムパートなし(打楽器はパーカッションのみ)で1枚アルバムを制作することでした。しかしそれはピアノやギターの弾き語りなどといったアコースティックな手法ではなく、電子音の自動演奏、シーケンスパートのプログラミングで構築されたエレクトリックサウンド、いわゆるテクノ的な手法によるものでした。ところが仕上がってきたサウンドはなんともオーガニックで、電子音特有の無機質さとは無縁の、柔らかく包み込むような温かさが感じられるアロマのような癒し空間。このゆったりした楽曲を鮮やかな電子音で彩る緻密なプログラミングを手掛けたのが、そのサウンドデザイン能力を坂本龍一に見初められ、音楽制作ユニット・おしゃれテレビで活動、「オネアミスの翼」や「ラストエンペラー」で坂本の右腕となってオーケストレーションアレンジとプログラミングでその才能を見せつけていたアレンジャー、野見祐二です。独学で学んだといわれるオーケストレーション構築術を電子音に置きかえた本作のオーガニックエレクトロサウンドは驚愕の一言で、微妙なアタック感を巧みに使った肌触りが良く瑞々しいシンセサウンドの質感が素晴らしく、ドラムレスを逆手に取り多彩なシーケンスとアルペジオで組み立てるフレージングセンスは、突き抜けたセンスの賜物と言えるでしょう。そしてこの美しいサウンドをまとめ上げるNigel Walkerの仕事ぶりも見逃せません。
最もアップテンポと思われるシングルカットされた「一粒の予感」ではピチカート音色とピアノの等間隔なプログラミングが基軸となって、チープで繊細な電子音で装飾されたサウンドが施されており、ラストには今堀恒雄の印象的なギターソロが絡んできますが、どれもが細部に渡り作り込まれていることが理解できる高品質の仕事ぶり。既に頂点を極めつつあった遊佐ワールドのその先を目指す彼女の心意気が表れているようで、非常に好感が持てるアルバムです。
なお、本作において八面六臂の大活躍であった野見祐二は、1995年のジブリアニメーション「耳をすませば」の劇伴を手掛けブレイクを果たしますが、彼の才能は既に2年前の本作で明らかになっていたわけで、その点から考えても本作は遊佐作品において最大級の評価をされるべきアルバムであることに間違いはないと思われます。
13位:「ACROSS THE UNIVERSE」 nice music
(1994:平成6年)
1990年代前半ともなるとアンプラグドの流行やワールドミュージックの隆盛、クラブミュージックに端を発したダンスカルチャーのための電子音楽であるTECHNOが、ネオアコギターポップを中心とした渋谷系ムーブメントと共に音楽界を席巻していくわけですが、いわゆるテクノポップやニューウェーブは完全に冬の時代を迎えることとなります。そのような中、渋谷系の殻を被るようなヴィジュアルイメージで1993年にアルバムデビューを果たしたのがnice music(ナイスミュージック)です。しかし彼らの本質はYMO直系のテクノポップで、シンセサイザーがふんだんに使用された打ち込みサウンドで装飾されたグリーンエヴァーPOPSというのが彼らの個性ということで、「nice meet to the nice music」という、そのソフトロックとテクノポップのケミストリーが感じられる良質な1stアルバムを残しましたが、2ndアルバム「NICE MUSIC NOW!」ではより楽曲重視のネオアコ風味に寄るなど、当時の流行を意識し過ぎて渋谷系一派だとかフリッパーズギターフォロワーと勘違いされる要因の1つとなりました。
そこで、彼らは一念発起し、この3rdアルバムではバリバリのスペイシーテクノポップへと大転換することとなります。まず1994年夏の先行シングル「astronature」で宇宙へ飛び出すと、同年秋リリースの本作では小松崎茂のジャケットデザインで度肝を抜きつつ、宇宙をテーマにした美メロポップソング満載のアルバムを提示してきました。現在では稀代のメロディメイカーとして活躍する佐藤清喜のテクノポップマニア的な仕事ぶりは本作で既に完成の域に達していますが、このnice musicは佐藤の相棒とありライバルとも言える清水雄史が佐藤に負けず劣らずのクオリティを提示することで、作品の価値を劇的に向上させるユニットで、本作における清水の提供曲「恋の窓」、「アンテナ」、「星と僕等はつながれてる」などは、佐藤がどちらかといえば「「Future Song」やAcross The Universe」のようなメロディアスなミディアムナンバーを手がけたのに対して、より哀愁テクノポップチューンに寄った楽曲となっており、彼の美メロテクノポッパーとしての才能を垣間見せる結果となっています。そして基本的に分業体制の彼らにしては珍しい共作曲のバラード「タイムカプセル」の完成度には驚かされます。
どのようなアーティストのアルバムでも、キラーフレーズを備えるキラリと光る楽曲は多くはないのが普通なのですが、彼らは次から次へとキャッチーなメロディを作り出し、しかもそれらが個人的に大好きなシンセサイザーサウンドで彩られているわけですから、そのような作品が良くないはずがありません。彼らはその圧倒的なポップセンスと気の利いたシンセサイザーサウンドの作り込みによって、本作における宇宙旅行を完遂しました。「スペイシーテクノポップ」とはこのアルバムのためにある言葉であるのです。
12位:「HALO」 HALO
(1990:平成2年)
PINKがPINKでない1989年のラストアルバム「RED & BLUE」(第27位参照)における福岡ユタカ&矢壁アツノブコンビの5曲は、どれもがPINKのテイストを残しつつもサウンドとしては冒険心に溢れた楽曲ばかりでした。それもそのはず、PINKとは福岡ユタカそのものであり、彼の特徴的なエスニカンな声質のボーカルと非凡なメロディセンスあってのPINKだったわけですから、必然的にPINKの魂を継承するのは彼のユニットとなるわけです。
「RED & BLUE」の5曲に手応えを感じた福岡と矢壁はPINK解散後も共同制作を続けることを選択し、翌年にはユニット名を「HALO」として、ユニット名をそのまま冠したのこのアルバムをリリースすることになります。果たして新しいスタートを切った彼らの音楽性はというと、ハイレベルの演奏と緻密なサウンドメイクに支えられたエレクトリックAORファンクといった趣で、本作は窪田晴男やMECKEN、BANANA、清水一登といったクセのあるプレイヤーを迎えて、福岡が志向する音楽観を実現させるためのあの手この手を尽くした高密度の楽曲が並べられています。
アルバム全体としては前半が主に「静」のミディアムチューンが中心で、後半が「動」のデジタルファンクチューンを畳み掛けるという、はっきりとしたコントラストを見せており、そのスロースタートぶりには一瞬不安を覗かせはしましたが、後半からのテンションの高い土着的かつ無国籍的なデジタルファンク調の楽曲は、福岡のオタケビストとしての本領を発揮させるとともに、個性的な声質と共に繰り出されるストレンジな造語フェイク(ホーミーやケチャも大活躍)と、天性のリズム感とどこまでも良く伸びる直線的なボーカリズムが全開となっており、福岡のPINK時代以上に解放されたからこそのフリーダムな気分を彼と一緒に味わうことができます。
特に「NEVER ENDING STORY」「BIG MONDAY」「AMENITY」と続くダンサブルナンバーは圧巻で、跳ねるリズムにシンセのフレーズ挿入の絶妙なタイミングが光るファンキートラックをバックにオタケビ系ボーカルが爆発、本作の福岡のシンガーとしての抜群のコンディションは本作の作品全体のクオリティを押し上げる最大の要因となっています。もちろん前半の「静」の楽曲でも、「EARTH」や「RAIN」といった密度の濃いサウンドが魅力の名曲が配置されており、本作に収録されている全ての楽曲が福岡の異色のポップスターとしてのポテンシャルを引き出すことに成功していることを考えますと、現在における本作のいまいちな評価には疑問を呈したくなるのも無理はないものと思われます。
本作と同年リリースの2ndアルバム「TIDE」の2作で、たった1年間のHALOとしての活動は終了してしまいますが、結果として福岡のシンガー・コンポーザー両面の才能の爆発と、矢壁ドラムとの相性抜群のリズム感が堪能できるこのデュオは、検索泣かせの名前ではありますが記憶にとどめておかなければならないユニットであると言えるでしょう。
11位:「球体」 三浦大知
(2018:平成30年)
弱冠9歳での男女混成小中学生ダンスボーカルグループ・Folderにてメインボーカルを張り、現在ではその圧倒的なボーカルとダンスパフォーマンスで日本が誇る一流エンターテイナーに成長した日本のMichael Jackson・三浦大知。2018年までに既に22枚のシングルと6枚のアルバムを制作しその豊富なキャリアを積んできた彼が、密かに壮大なコンセプトのもと大作エンターテインメントを構想、制作すること3年半の後、完成した渾身の力作がこのアルバムです。
R&Bを基調としたダンサブルチューンを得意としてきた三浦が本作で目指したのはあくまで日本、「和」を意識した全17曲にわたる壮大な物語を1人で歌唱・パフォーマンス・演出を手掛けることでした。この輪廻転生を思わせる「球体」という壮大なテーマを前衛的かつ緻密な作り込みで鬼才ぶりを十二分に発揮し、実験的なサウンドメイクに挑戦しているのが、長年三浦の楽曲面を支えているR&B系プロデューサーNao’ymtこと矢的直明で、ピアノ、ギター、和楽器風音色を巧みに利用したエレクトロニクス等を駆使しながら、「球体」という舞台芸術のサウンドトラックと言えるバラエティに富んだ楽曲の数々を独力で書き上げたその胆力には目を見張るものがあります。
しかし何と言っても本作の魅力はその鋼のコンセプトにあります。17曲が1つの組曲と言って良いほどの統一感はもちろんのこと、それぞれの楽曲に妥協を許さないクオリティの高さが備えられており、その壮大なストーリーにグッと引き込まれていきます。時にはゆったりとした曲調によるアンビエントな空間に身を任せ、時には苛烈で攻撃的な音色で血湧き肉躍る展開を楽しむことができるこの練りに練られたNao’ymt謹製のファンタジックな楽曲群を、主役の三浦大知が歌い踊り、D.O.Iがミキシングで丁寧に音をまとめ上げ、Randy Merrillの素晴らしい音質によるマスタリングが施された本作は、そのどこか宗教的な世界観も相まって、Prefab Sproutの世界に誇る大名盤「JORDAN:THE COMEBACK」の日本人的解釈と言っても良いほどの圧倒的な完成度を誇る作品に仕上がりました。また、サブスクリプションの普及によってアルバムという作品形態が希薄となってきた時代にあって、アルバムの特性を最大限に生かした構成にも注目です。1曲目と17曲目が実はつながっているというまさに円環、球体。延々とループしていくこの終わらない物語・・・そのコンセプトの作り込みには実に鬼気迫るものがあります。
このように、それぞれのプロフェッショナルがそれぞれの力量を最大限に発揮して到達した最高峰の仕事の結晶として、平成という時代の最後に産み落とされたのがこの奇跡の名盤なのです。
10位:「宇宙ヤング」 宇宙ヤング
(1998:平成10年)
1998年の「第2回ローランド・バンド・パラダイス」にてオーディエンス大賞に輝き同年CDデビューを果たした宇宙ヤング。ボーカルでありながら歌人としても評価が高かった笹公人と、後年はソロ活動やZunba KobayashiとしてCyborg 80's、Cybershot!!!等のバンド活動、そしてテクノポップ専門レーベルTECHNO 4 POPレーベルの主宰としても名を知らしめることになる小林和博(ズンバ小林)の2人組ユニットであった宇宙ヤングのこのアルバムは、とにかく出だしの「宇宙ヤングのテーマ」から衝撃的でした。
いきなりピンク・レディーの「ピンク・タイフーン」のあの合いの手から始まり、歌のお兄さんのとぼけたセリフにスウィープのかかった白玉パッドが入ってきたらもうこっちのものです。歌人特有の韻踏みにドリフまでぶっ込んでくる節操のなさに呆気にとられると、次曲「君はサイコメトラー」からは音程を外すか外さないかの腰砕けなボーカルが絡む純度の高いテクノポップサウンドが楽しめます。硬派なベースラインにキレがある「金星ガール」、とぼけた歌唱ながら後半の劇的な転調で哀愁を誘うミディアムチューン「念力姫」など聴き逃せない名曲が続くと、中盤ではYMOの名曲「コズミック・サーフィン」(ライブアルバム「パブリック・プレッシャー」バージョン)のリメイクで近田春夫ですら思いつかない超解釈「コスミック番長」に仰け反り、ラストのただ三島由紀夫と叫んでいるだけの「MISHIMA」の不思議なカッコよさに圧倒されるというテクノポップマニアとすれば至福の10曲を味わうことができます。
本作をリリースしたTROUBADOUR(トルバドール)レーベルは、ナムコのゲーム音楽クリエイターだった細江慎治や佐野信義らを中心に設立され、細江のテクノポップバンドであったまにきゅあ団やYMO楽曲のメロディやサウンドを独自の解釈でシミューレートしたオリジナル楽曲を制作するO.M.Y(Oriental Magnetic Yellow)等のアルバムをリリースしており、テクノポップというジャンルが地下潜行していた90年代中期〜後期の時代において貴重なレーベルでしたが、本作の緻密で作り込まれたシンセサイザーサウンドやパロディセンス、ボーカルのキャラクターなどは、まさにこのレーベルからリリースされるべくしてリリースされたと言えるのではないでしょうか。兎にも角にも笹公人のコンセプト感抜群の歌詞世界、そして見事に笹ワールドのSF空間を表現し切ったズンバ小林の隙のないシーケンスプログラミングと美しいコードワークは、インディーズにして処女作とは思えないレベルに達しており、90年代末のテクノポップシーンに確かな足跡を残したのです。
なお、笹&ズンバの宇宙ヤングは笹の歌人活動が活発化したため本作を持って一旦解散となりますが、笹はその後2001年にファンタシースターオンラインシリーズの音楽を手掛けたことで知られる小林秀聡(HIDE-AKI)を新しい相棒に迎えるとともに、自身の歌唱法を郷ひろみ唱法に進化させ、「あいつはクイズ王」や「君は仮装大将⭐︎」、高橋名人とのデュエット「ハートに16連射」、といった著作権侵害で音源化できないような名曲を次々と自身のHPで発表、その個性的な活動をしばらく続けていくことになります。
9位:「NEW WAVER」 オカノ・フリーク
(1999:平成11年)
関西在住のローカルマルチタレント、オカノアキラ(岡野晶)は大阪毎日放送のキャラクター・らいよんチャンの声優として一部では知られていますが、元々は90年代から多重録音ミュージシャンとして関西では知る人ぞ知る存在であった人物です。KING OF PRAISE、VELVET PICCADILLYというPOPSバンドを経て、オカノは自身のソロユニットとして、1993年にオカノ・フリークを立ち上げます。彼が志向する音楽性は80'sニューウェーブ・テクノポップに影響を受けた歌謡POPS。90年代中期にあってこの手のジャンルはほぼ無視されていた音楽性でしたが、ここから彼の地道な普及活動が始まります。
1994年に1st「平成秘密主義」とremixを含む編集版「オカノマニア」をカセットテープでリリース、翌95年に2nd「Music For Romantic Age」、3rd「I'm So Hard Core」をカセットリリース、その翌年には5th「Pop King」、6th「Extra Bold」をこれまたカセットでリリースと、3年間で実に6本ものカセットアルバムを制作することになります。しかも大阪の外資系レコード店でひっそりと1本600円(平均13曲程度を収録)で販売するというコスパの良さにも驚かされましたが、何より驚愕だったのは楽曲自体の訴求力抜群のメロディセンスとPOPSの髄を知り尽くした豊富なサウンドアイデアで、楽曲によって異なるゲスト女性ボーカルを起用して、独自のガールズポップを既に確立していたことです。
さて、前述の作品では4thが抜けていましたが、4thは制作に2年をかけた難産のアルバムでリリースされたのが99年。それが初のCD-Rリリースとなる本作というわけですが、まさにオカノ・フリークの集大成ともいうべきオカノ流ニューウェーブ歌謡POPSが満載です。前年小泉今日子の楽曲公募型アルバム「KYO→」に彼が作曲した「夢の底」が収録されたことで勢いに乗る本作は、ベストテン世代感涙のTV用フルバンド歌謡をシミュレートしたリードチューン「誘惑のすべて」、モーニング娘。流行前夜のこの時期に先取りしたようなグループアイドルソングに良く似合う「ラジオ塔の下で会いましょう」「ジャンピング・ジャック・ローラー」、小泉今日子提供曲のボツ曲といわれたオカノが得意とする昭和歌謡テイストの「自動書記」、これぞオカノ・フリークのキラキラPOPS全開な「あなたに夢中」「DING DONG」等々名曲が目白押しで、セミプロな多重録音ながら(当時の機材状況で)鮮やかなオーケストレーションに彩られたその相変わらずの独特な立ち位置による楽曲群は、当時は他に類を見ない個性的なものでした。もちろん、パワフルで様々なタイプの楽曲を歌いこなす源代恭子と、英語が入った楽曲を得意とするキュートな歌い手・つるたまゆみのメインボーカル陣の充実ぶりも見逃せませんが、オカノ楽曲の肝といえば、あのプログラミングなのにしっちゃかめっちゃかなリズムトラック。少々大げさで荒さが目立つようなこのリズムプログラミングも、才能の塊のようなメロディラインに不思議と絶妙にマッチするのです。この理由のわからないケミストリーこそオカノマジックと言えるのかもしれません。
なお、オカノ・フリークとしては本作が最後のリリースとなりますが、オカノ自身は2000年代からはチャンキー松本とのオヤジギャグパロディユニット・33としての活動を経て、思い出したようなソロアルバムのリリースや、司会業、声優活動のほか、大阪発の世界初歌って踊れるロボットアイドル・にょロボてぃくすや、吉本興業発のガールズユニット・つぼみ(現:つぼみ大革命)、見た目も歌もパワフルな女性シンガーMiykyのプロデュースなど、ローカルながら多彩に活動しています。しかし、彼のポップセンスの真髄はこのオカノ・フリークに凝縮されていると思いますので、是非本作をはじめとしたオカノ・フリーク作品をbandcampにて再発してほしいと切に願っています(spotify等は著作権の関係で難しい・・・)。
8位:「Get into Water」 SΛKΛNΛ
(1991:平成3年)
地元仙台では名の知られたデジタル系ロックバンドであったSΛKΛNΛ。ニューロマンティックスタイルの陰鬱系ボーカル・高橋聡に、AXIA MUSIC AUDITION 88で最優秀作品賞を受賞した経歴を持つコンポーザー兼ギタリスト・三山つねかず、そして上領亘と共にWワタルと称されたイケメンドラマー・大光ワタルのトリオバンドであった彼らは、その編成と雰囲気、そして当時のトレンドからポストTMネットワークの旗手と目されていましたが、1991年のデビュー曲はまさかのNeil Sedakaのリメイク「Oh! Carol!」。CMタイアップを勝ち取ったもののややスベった感のある1stシングルの後に、彼らは音楽性の全貌が明らかにすべく待望の1stアルバムをリリースすることになります。
サウンドプロデューサーに高橋幸宏の個人事務所Office Intenzio所属のマニピュレーターであった菅原弘明を迎えたこのアルバムは、インディーズ時代のレパートリーを中心にプロフェッショナルなアレンジメントが施されたニューロマ系エレポップに仕上がっており、1曲目の「Gimmick」から既にヌメリのあるボーカルと陰りのあるメロディラインで彼らのポップ性を主張してきますが、本作におけるSΛKΛNΛサウンドの特徴は、メンバーにドラマーが所属していることでリズムトラックにこだわりがあること、そしてデジタルサウンドを支えるシンセサイザープログラマーが、サウンドプロデューサー菅原弘明の同僚であり、後年再生YMOを手掛けるなど90年代を代表するプログラマーに成長していく水出浩であることです。シンセの音色、サンプラーの使い方、シーケンスの組み方、それぞれがデジタルポップユニットの矜持というべきなのか非常に緻密な仕事により構築されていて、そのテクニカルな仕事ぶりはさすがは高橋幸宏の薫陶を受けた事務所の若手達といった印象です。
また、要所を締めるゲスト陣も豪華で、「ei en ni tsuite」では大村憲司が渋いギターフレーズで貫禄を見せつけていますし、「Seeds of Love」ではホッピー神山がお得意の痙攣するようなシンセソロフレーズを聴かせてくれますが、そのような大御所たちを相手に健闘しているのが大光ワタルのドラミングです。「Gimmick」や「Re-Birth」、「Parade With A Boy」における濃厚で分離の良いドラムプレイは、SΛKΛNΛ解散後に数多くのエレクトロポップ系、ニューウェーブ系のバンドのサポートとして引っ張りだことなったその実力とセンスを予見させるものでした。
圧巻なのは後半の「Re-Birth」「Your Last Judgement」のハイライト2曲。妖艶さを漂わせるニューロマンティックポップの前者とキャッチーな美メロ哀愁ポップな後者のどちらも、几帳面なプログラミングとパワフルなドラミングのコントラストが美しいことこの上ありません。ちなみにSΛKΛNΛの作品でここまでドラムが前に出てくるアルバムは本作だけであり、そのドラム処理に関しては高橋幸宏事務所謹製というべき安心感を感じさせますが、このドラム重視のニューロマデジタルポップユニットというスタイルがありそうでなかったタイプなだけに、それだけでも希少価値があると思います。
90年代初頭に密かに咲いたこのSΛKΛNΛは、その後フルアルバム1枚(よりポップ路線に接近)とミニアルバム2枚(かなり化粧が濃くなって迷走状態)を残し解散に至りますが、三山は音楽活動から離れてしまったものの、大光は言わずもがなセッションドラマーとして大成、高橋も90年代末から00年代前半まではIDEAやFish in the mirrorといったユニットでSΛKΛNΛサウンドの遺伝子を引き継いでいました。彼らのポテンシャルを垣間見たのはこの1stアルバムだけでしたが、一瞬眩く輝いたこのユニットをどうか忘れないでいただきたいです。
7位:「公園へ行こう」 パール兄弟
(1993:平成5年)
1990年のアルバム「六本木島」を最後に、次男であり楽曲制作の中心であった窪田晴男を勘当してレコード会社も移籍し再スタートを切った新生パール兄弟。三男のバカボン鈴木も勘当され、これまでサポートキーボードとして参加していた矢代恒彦が正式に五男としてメンバーに加入して、四男のドラマー・松永俊弥と長男のボーカル・サエキけんぞうのトリオバンドとなった彼らは、1992年の歌謡ポップに大接近したアルバム「大ピース」をリリース、岡田徹や戸田誠司、近田春夫など7人のプロデューサーを迎えたこの作品で新境地を見せたものの、他者が介入し過ぎたためか焦点がぼやけてしまった反省を踏まえて、翌1993年にリリースされたこのアルバムでは、ヒットメイカー佐久間正英をプロデューサーに迎え、前作のポップ路線を継承しつつ、より70年代以前のバタ臭いGS歌謡的メロディラインを意識した楽曲が収録されました。
しかし何と言っても本作の特徴は矢代恒彦のシンセフレーズの大活躍ぶりでしょう。ほぼ全楽曲にわたって矢代のテクニカルなキーボードプレイが堪能できます。「彼女はカイジュウ」や「唇はブルー」等ではドギツイレゾナンスの効いたシンセフレーズでブイブイ言わせ、「サタデーナイトはin the パーク」では軽快なオルガンソロプレイで聴き手を踊らせ、そして「エアポート99」や「Smell」では流れるような技巧的ピアノソロを聴かせるなど、窪田晴男のような正式なギタリストのいないパール兄弟にあって、完全に主役を奪った形で自由奔放に鍵盤を弾きまくっています。特に圧倒されるのはラストソングの「バリアー」で、滲むようなシンセパッドやソロフレーズ、ウイーンというバリアー音、バリアーを貯める上昇音等の多彩な音色で遊びながら、山田直毅の妖しげなギターが絡むどこかシリアスな楽曲をシンセサウンドで埋め尽くすやりたい放題さが凝縮された名曲です。
また、本作が他のパール兄弟と異なる点は、古くはキャンディーズや石川ひとみを裏方から支えたベテランギタリスト・山田直毅が3曲を提供していることです。彼のコンポーザーとしての参加は本作の歌謡風味を増幅させる意味合いもあったかと思いますが、そんな懐かしくもバタ臭い楽曲を古さを感じさせないサウンドに仕立て上げているのは、ひとえに矢代恒彦のシンセサイザーサウンドを全面的にフィーチャーしているからに他なりません。Fairlight CMI IIIを導入した佐久間正英や、2曲でサエキけんぞうとの相性の良さを見せつけた鈴木智文のプロフェッショナルな仕事ぶりも見逃せませんが、本作の主役は矢代恒彦。サウンド面で窪田の抜けた穴を埋めに埋めまくった彼の大活躍を見るにつけ、本作はほぼ彼の作品であると言っても過言ではないでしょう。
全盛期の80年代後半を駆け抜け名盤も数多いパール兄弟の作品群にあって、本作は完全にエアポケットになって注目されることが少ない作品ですが、これほどまでにドギツイシンセプレイがPOPSという範疇の中で聴くことができる作品はそうはないと思いますので、是非一度騙されたと思って聴いてもらいたいと思います。
6位:「big body」 P-MODEL
(1993:平成5年)
1992年の解凍P-MODELのアルバム「P-MODEL」は80年代初頭のテクノポップ御三家と呼ばれていた頃のP-MODEL以上に、完璧なテクノポップとしてのサウンドを生み出したエポックメイキングな作品でしたが、もともと同メンバーで2枚アルバムを制作するという契約であったらしく、翌93年には同路線の延長線上にある解凍Pとしての2ndアルバムがリリースされることになります。
しかし今回はSF小説のごとく専門用語を駆使しながら人体を駆け巡る壮大なコンセプチュアルアルバムで、トータルとしての強固な世界観を明らかに前作を凌ぐものでした。加えてサウンド面でも電子音まみれなのは継承されているとして、肌触りは格段に硬質なものに変化しており、突き刺さるようなメタリック音色やレゾナンスを効かせたコシのあるシンセベース、ますます直線的でマシナリーに進化したリズム、「CLUSTER」や「BIG FOOT」で聴かれるような音階を微分化した鉄を鉋で削るかのようなソロフレーズと、あくまでSF系テクノポップに徹したサウンドの進化が半端ありません。ほぼ誰も思いつかないであろうキテレツフレーズ炸裂の「時間等曲率漏斗館へようこそ」や「BINARY GHOST」に代表されるように、平沢進楽曲の充実ぶりが際立ってはいますが、その他のメンバーの楽曲も負けず劣らないクオリティで、70年代スペーステクノ風の「JOURNEY THROUGH YOUR BODY」と「BURNING BRAIN」の名曲度が高い2曲を手掛けた秋山勝彦の本作での貢献度は高いですし、ことぶき光に至ってはバラードだった原曲のBPMを一気に引き上げ超高速マッドテクノに仕立て上げた「幼形成熟BOX」において、自らエキセントリックなボーカルを披露しつつ、KORG MS-20のパッチケーブルを抜き差ししながら弾いた超絶ソロプレイで聴き手を圧倒します。
そのような隙がまるでない本作ですが、ラストを飾る名曲「HOMO GESTALT」が存在していることも大きく、Bメロからサビまで持っていくまでの強引なまでのメロディラインは、本作のハイライトと言っても良いでしょう。この大団円があってこそ本作は平成のテクノポップとして頂点を極めたと言っても過言ではないでしょう。
衝撃的な2枚のアルバムを残した解凍P-MODELは、本作のジャケットに記してある「Nsetn・・・・Oirao lvook」(右下から左上へ「konoatorevisiON」(この後、改訂))という言葉通り、平沢以外のメンバーをチェンジ、4-Dの小西健司、元Controlled Voltageの福間創、元GRASS VALLEYの上領亘を迎えた4名で「改訂P-MODEL」として新スタートを切ることになります。(なお、P-MODELとしての個人的に最も気に入っているライブは、この改訂期のメンバーでこの「big body」の楽曲を演奏したバージョンです。)
5位:「pose」 normal pop?
(2006:平成18年)
2003年にある音楽配信サイトにUPされていた「Electric Candy Pop」をたまたま聴いて、その余りのミドル80'sテクノ歌謡な趣のサウンドに驚かされました。normal pop?という人を食ったような名前のこのユニットは、その後2005年に再登場、まにきゅあ団の細江慎治が設立したスーパースウィープレコード内において、元宇宙ヤング、Cyborg 80'sのズンバ小林が主宰するTECHNO 4 POPレーベルのオムニバスVol.2へ「春の惑星」を提供することになるわけですが、相変わらずのミドル80's MIDIレコードサウンドでその類稀なセンスのサウンドデザインはある種の確信を持たせるに十分な仕上がりのものでした。
そして2006年に待望の1stアルバムがリリースされたわけですが、本作がこれまた傑作揃いでして、全体的な肌触りは限りなくドメスティックながら伊藤雅美のスウィートでファニーな声質で歌われるキャッチーで覚えやすいメロディによる楽曲を、夢見心地なメルヘン少女の脳内を旅するかのようなドリーミーでメランコリックなサウンドで表現しており、その完成度には唸らされるばかりでした。なにしろ2000年代中期という時代は、まだ80's中期のテクノ歌謡サウンドは好事家達のみに評価されてはいたものの、実際にこのジャンルにチャレンジしようというアーティストはほとんどいなかったので、全く無名であった彼らがここまでの忠実なシミュレートであの時代のサウンドを再生し切っていることに、感動すら覚えたわけです。
特別不思議なギミックを施しているわけではないし、派手なエフェクトでインパクトを与えているわけでもなく、実はスカスカの音数の少なさながら絶妙な音の隙間を利用して独特の箱庭的な密室空間を構築する本田勝之の見事なプログラミングセンスは、誰にでも真似できるものではないと思われます。資生堂春のキャンペーンCMソング的な「さ・く・ら・カラー」「春の惑星」の清水信之ライクなシンセシティポップや、間奏にはフルートまで登場するバタ臭さをギリギリに抑えた美メロ歌謡POPS「人でなしの恋」などは、明らかに10年代シティポップブームを先取りしたような楽曲ですし、「Electric Candy Rock」はロックといいながらサウンド構造は明らかにテクノポップそのもの。そして特にPCMドラムマシン風のジャストなリズムパターンが使用される楽曲には限りなくノスタルジーを感じさせるわけですが、実は彼らの個性は「終わりのテーマ」や「いつか笑える日」のようなバラードソングにあって、特にラストを飾る「いつか笑える日」の高橋幸宏オマージュな音色使いとフレーズ構成には潔く脱帽せざるを得ません。
このような無名にして平成を代表するような名盤を生み出してくれたnormal pop?なのですが、残念なことに本作をリリース後は全く音沙汰がなく、未だ沈黙を続けています。それでも未だに数は少ないですが彼らの作品に魅了されたリスナーもたまに現れてきますので、そこに彼らの音楽としての「力」があると思います。いつの日かまた再浮上してくれることを心より願っています。
4位:「POPMUSIC」 OVERROCKET
(2003:平成15年)
1994年にテクノ黎明期の大阪発有名インディーズレーベル・とれまレコードからARP-2600名義でシングルをリリース、その後は細野晴臣主宰のレーベル・Daisy Worldのオムニバス参加やEric Satieの名曲をエレクトロで料理したElectric Satie名義の作品をリリースするなど、既に業界では高い評価を得ていた鈴木光人と、戸田誠司のアルバム「HELLO WORLD:)」や石野卓球「Berlin Trax」のエンジニアやシンセサイザープログラマーを務めるなど、テクノ系御用達の音響テクニシャンとしてその名を知られていた渡部高士は、90年代後半に意気投合し楽曲制作を開始、歌モノユニットを志向していた彼らはヴォーカリストとして本田みちよを迎え、1998年にOver Rocketが結成されます。
その2年後リリースされたミニアルバム「blue drum」は既に強烈なユニットのキャラクターが出ていて、特に独特のエレクトロサウンドはまさにYMO中期「BGM」の味わいで、そのくぐもってローファイなスネア音色だけでも彼らの確かなこだわりが感じられる作品でした。その後彼らは順調に1stフルアルバム「Mariner's Valley」、ミニアルバム「PreEcho」をリリース、緻密なリズムプログラミングとTECHNO色を前面に出したシンセサウンドを披露しながらも、本田の透明感のある歌が入ることによってポップ色を強めてきた彼らが、究極的にそのポップ性を開花させたアルバムがこの2003年にリリースされた本作です。
まずは「POPMUSIC」という挑戦的なアルバムタイトルが十分に頷けるキャッチーな楽曲が満載です。それでいて14曲という数多くの収録曲の中で、細部に極められたプログラミングとエフェクト処理により丹精を込めて作り込まれたエレクトロポップやエレクトロニカと言われているサウンドを基軸に、ダンスチューンからエレクトリカルバラードまでバラエティ豊かな楽曲が駆使されており、あくまでクールに使い分けながらサウンド重視の方もメロディ重視の方でも納得できる仕上がりとなっています。前半は「listen and repeat」「handsome boy」「pop music」のように開き直ったかのようなベースラインによるあからさまな直球エレポップでインパクトを与えると、本格派チップチューンで料理された「magic parasol」や、大胆な電子的ボーカル処理でSF感覚をモロ出しにする「duralumin」「night is over」といったチャレンジングな楽曲で聴き手を楽しませてくれます。中盤からはクラブ志向の「the sky still seems small」や「shadow of the sun」でTECHNO派の溜飲を下げ、後半は「phosphor」「tsuyu」で音響派エレクトロニカにも接近しつつ、名曲「sands」の美しいサウンド処理に耳を奪われてしまいます。そして極めつけは本作のハイライト「yume de aimasyou」。キャッチーなのにクールな音像と親しみやすいメロディによるこれぞ00年型テクノポップの提示ともいうべきこの名曲があって、改めて「POPMUSIC」と名付けられた本作がまとまるといいますか、引き締まる思いがします。
当然彼らは手練れのエレクトロポップユニットなので、鈴木&渡部によるサウンドデザインがハイクオリティであることは定評を得ているところですが、本作は何と言っても鈴木光人としてのコンポーザーとしての魅力が開花していて、随所に80'sテクノポップらしさが隠しきれない部分も含めて、彼の代表作と言ってもと良いと思います。もちろん本田の自身のボーカルをいかように料理されても寛容な姿勢も本作のチャレンジ精神を保つ上でも重要な役割を果たしたといえるのはないでしょうか。
次作「POST PRODUCTION」にてポップ路線を店仕舞いし、セルフタイトルの「OVERROCKET」リリース後に鈴木が脱退してしまいますが、結局メインコンポーザーの彼の脱退はバンドに非常に大きな影響を与え、活動に制限を余儀なくされていくことになります(2012年に1枚アルバムを残した後、本田の脱退により自然消滅)。なお、鈴木は後年スクウェア・エニックスに所属し、世界的なRPGゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズの音楽を手掛けながら、ソロアルバムを2枚発表するなど、その才能を生かしつつ現在も活動しています。
3位:「NOSTALGIA」 face to ace
(2007:平成19年)
2003年の2ndアルバム「A NEW DAY」と80's洋楽のカバー曲が収められた企画盤「SONGS MAKE MY DAY」を最後にメジャーから撤退、インディーズに活動の場を移し、全国津々浦々のライブ行脚をライフワークにすることに方針転換した、元聖飢魔IIと元GRASS VALLEYの過去の経歴を紹介するのも既に憚れるACEと本田海月の旅情派エレクトロAORユニット・face to ace。2005年の3rdアルバム「FIESTA」を中心に、1年に1枚のシングルリリースというマイペースでありながら、コンスタントに音源を制作していましたが、遂に彼らの最高傑作が登場します。2007年初頭にリリースされたシングル「雪化粧」とc/wの「街の灯」でウインターソングへの手応えを感じさせると、同年末に待望の4thフルアルバムがリリースに至ったわけですが、旅情派エレクトロの集大成ともいうべき、タイトル通りの郷愁感と哀愁に満ちたメロディラインで表現した冬をテーマにした楽曲を中心に、真冬から初春にかけての足跡が歩めるような展開を楽しめるような構成となっています。
サウンド面ではエレクトロ度はやや控えめにして、アコースティック度が高めにしているものの、本作のポイントは本田海月のコンポーザーとしてさらに一皮剥けた姿を見せた充実した楽曲の数々です。作品のトップに本田が作詞まで手掛けた美しいコーラスで圧倒的メロディを引き立てる超名曲「街の灯」を持ってくることに既に自信の表れを感じさせますが、ACE作曲の美メロPOPS「冬の花」を挟んで、本田作曲のタイトルチューン「ノスタルジア」」は流石にリードチューンだけある哀愁ミディアムナンバーで、こののっけからの名曲3連発でその楽曲全体としての完成度の高さに思わず唸り声を上げてしまいます。そのほかにも滲むシンセパッドとキーンッ!というアクセントが本田節全開の「OLD ROBIN HOOD」、ラストを飾る春の足跡を肌身に感じるメロディラインに涙する大名曲「...has come」など、本田曲の名曲度は数ある平成のPOPS作品の中でも群を抜いています。
インディーズに移ってメジャー時代のきらびやかさは抑え気味にはなりましたが、アレンジャーを本格的に本田に一任したことが功を奏したのか(これまでも名義だけユニット名なだけで実際は本田アレンジだったとは思いますが)、ここに来て本田曲にしてもACE曲(彼の提供曲「遠くへ」は本田サウンドが最も堪能できる逸品)にしてもメロディとサウンドに親和性は格段に向上、結果として得られた作品全体のコンセプチュアルな統一感は、大成功だったのではないかと思われます。
個人的には、この日本音楽界広しといえども、そのコンポーザー・サウンドセンス両輪において最もその才能に見合う評価をされていないアーティストが、本田海月であると考えています。インディーズに移ってからはファン第一主義を貫き、その後リリースされるアルバムも通販でしか入手できない状態なので、一般の方の耳に届く環境にないのが歯がゆい状況ですが、彼のメロディとサウンドの相乗効果が見事にハマった時、時代を揺るがす名曲が生まれる確率が高いことを証明した作品が本作です。特に彼らの経歴に惑わされずに何の情報も得ていない全POPSファンの方に是非聴いていただきたい作品です。
2位:「POP RATIO」 nice music
(1995:平成7年)
80'sテクノポップフレイバーのエレクトリックサウンドと、60'sゆかりのグリーンエヴァーPOPSのメロディラインを併せ持つ天性のマエストロデュオ・nice musicは、1994年の3rdアルバム「ACROSS THE UNIVERSE」の素晴らしいスペイシーエレポップの確立によって自信を深めました。そして次の路線はと考えた際に、あれほどの高品質のアルバムを完成させた後はどうしても達成感が強くなってしまいますから、翌1995年には既に終末感が漂ってくることになります。同年夏にリリースのシングル「Venus in Summer」はサーフロックを下地にしたエレポップ仕様でしたが、c/wに収録された「Venus in Summer (summer has gone)」はコーラスワーク重視のしっとりとした哀愁ミックスに仕上げられており、一抹の寂しさを感じさせるものでした。そして同年秋にこの4thアルバムがリリースされるわけです。
本作は前作の宇宙コンセプトで固められた作品とは打って変わって、とにかくシングルカットに堪え得るキャッチーな美メロポップソングを12曲集めた完全に楽曲勝負の作品です。前半6曲は、あのトニマンことTony Mansfieldがリアレンジした「KISSはカラーポップ」や「Venus in Summer」といったシングル曲はもちろんのこと、ラテンスペイシーテクノポップな「恋はミルキーウェイ」のキャッチーで浮遊感のあるメロディ&サウンドメイクは、まさにシングル曲のクオリティそのものですが、清水雄史が父親のクラリネット奏者清水幹雄が所属する90 WEST JAZZ BANDを招いて場末の酒場ジャズスタイルに仕上げた「Ordinary Lovers」や、まだブレイク前の冨田恵一がベーシスト角田敦とボーカリスト田沢智と結成していた音楽制作集団Out to Lunchプロデュースの「Star Parade」「銀の星屑」の2曲は、派手ではないが緻密なプログラミングと歌謡曲的な懐かしさがコーラスワークと共に同居したメロディ重視の玄人好みなアレンジメントで、外部の血を入れることによりこれまでの作品よりも多様性を獲得することに成功しています。
そして後半はnice musicの美メロ魂がさらに炸裂、キャッチーな泣きのフレーズ満載の初期microstarの下敷きになったようなギターポップ「クールな瞳のJENNY」、淡々としたリズムにウーリッツァーの響きが哀愁を誘う泣きメロミディアムチューン「空の上でふりむいて」、アコギ&オルガンのコードワークとコーラスでマフラーのような暖かさを表現しながらも、絶妙なタイミングのベルサウンドとアウトロでのしっとりとした転調がポイントの「白銀のステージ」、さらに雪国の奥深くまで歩みを進めるような佐藤清喜渾身のOn The Street Corner風名バラード「Snowblind」、清水雄史の朴訥とした歌唱に加え、直線的なベースラインに電子的なシーケンスに彼のテクノポップセンスが凝縮された名曲「心の鏡」、そしてラストを飾る冨田恵一のストリングスアレンジがさらなる泣きを誘う大団円バラード「愛すべき世界」・・・どれもが単体でのヒット級の力を持つクオリティを備えた名曲ばかりです。この2曲それぞれに共通しているのは、美メロの中に悲しみや寂しさをそっと忍ばせているところ、これが本作のリリース時期の晩秋にバッチリハマったわけです。
結局、この寂寥感は彼らnice musicの解散により現実のものとなるわけですが、最後に本作のようなベストオブベストnice music的な名盤をリリースできたことは、短い活動期間のユニットとしては幸せなことなのではないかと思います。その後の佐藤清喜の日本が誇るポップマエストロとしての活躍は言わずもがな、清水雄史も音楽講師や映画劇伴等を手掛け、現在でも音楽に携わっていることはとても嬉しい限りです。何かの拍子にふと再結成となれば泣いて(?)喜ぶことでしょう。
1位:「suzuro」 Vita Nova
(1997:平成9年)
CM音楽やアニメーション等の劇伴を手掛ける音楽家・吉野裕司のライフワークユニット、それがVita Novaです。このVIta Novaは古楽ポップと銘打たれ、中世以前の欧州の古楽および民族楽器をPOPSフィールドで展開しようという、マニアックな視点を持ったユニットで、1996年に1stアルバム「ancient flowers」、2ndアルバム「laulu」と連続してリリースします。このユニットの特徴はアルバムごとに豪華なゲストボーカリストを起用することで、上野洋子や本間哲子、小川美潮、葛生千夏、遊佐未森、EPO、福岡ユタカといった個性的な立ち位置のボーカリストを集め、彼らを古楽への世界へ誘うことで、独自の異世界ワールドを構築していました。
そのような究極のアコースティックユニットと思われたVita Novaですが、この1st&2ndのリミックスアルバムである「Vita Nova Remeix」では一転して自身のremix時の名義であるRAM-3200という名のもと、デジタル色の強いミックスで聴き手の意表を突くことに成功、これが後の大変身の布石となります。翌1997年レコード会社を東芝EMIに移籍し3rdアルバム「shinonome」をリリース、未だアコースティックな味わいながら日本語POPSへ一気に接近すると、同年秋にリリースされたこの4thアルバムにおいて、これまでのリスナーをかなぐり捨てるようなテクノポップへと突然大きく舵を切ることになります。
「今度は、みだらでテクノ、ポップでハウス。」という帯コピーにもあるように、打ち込みを導入するにしても余りの変貌ぶりに古楽やアコースティックを期待したリスナーはさぞかし困惑したことと思いますが、古今東西のあらゆる音楽を昇華してきた吉野裕司ですから、そのデジタルサウンドのクオリティは半端ではありません。「電子楽器によるプログラミングは、生楽器の模倣に使われるべきでなく、人間では演奏できないサウンドに使用されるべきもの」(意訳)という吉野のポリシーが生かされた、90年代中期特有の突き刺さるように尖鋭的なシンセサウンドに、スネアの音やコンプレスの効いたバスドラも鮮やかなドラムンベースまで取り入れたリズムトラックは、これまでアコースティックな音楽を志向してきたVita Novaとは到底思えないほど。なお、本作のプロデューサーは吉野と上野洋子で、もともとZABADAKではATARIコンピュータのプログラミングも担当していた上野のテクノ魂もサウンドに込められていると言ってもよいでしょう。
本作に収録された10曲も実に豪華の一言。1曲目の「心葉」は前作から参加しているdip in the poolの甲田益也子がボーカルで、彼女の特徴的な低音声質を生かしたクールでアーバンなドラムンベース仕様のストリングスエレポップ、2曲目はVIta Nova皆勤賞の元プラチナKIT、AdiのTECHIEこと本間哲子が作詞とボーカルを担当した、どこまでもマシナリーなシーケンスでエレクトリック度抜群の「緋色の生活」、3曲目「それだけ」ではストリングスが駆け回るサウンドをバックに上野洋子が優しく歌い上げ、4曲目「残り火」は初参加のかの香織が、彼女特有のアンニュイボイスで浮遊感あるエレクトロサウンドに花を添えると、5曲目は当時藤井麻輝とのコラボでテクノ度が高くなった濱田マリによるムードたっぷりの滲むようなミディアムエレクトロ(間奏のドラムンベースが素晴らしい!)を楽しむことができます。
この前半だけでも濃度たっぷりな上に、後半の幕開けからSPANK HAPPYの個性派ボーカル・ハラミドリによるグチャグチャに刻んだシーケンスにパワフルドラムが絡む超攻撃的エレクトロパンク「気にしないで」が炸裂、再び登場した本間哲子の癒しエレクトロ「knife」や人体解剖的な奇天烈な歌詞を人工ジャズサウンドで歌い上げる上野洋子の「完璧な恋人」、元ハイポジのベーシストあらきなおみとソロシンガー岩下清香のデュオボーカルによる緻密すぎるプログラミングが冴え渡る「月のいたずら」を経て、ラストはなんと3度目の登場となる本間哲子が歌う魅惑のコードワークと野太いシンセベースがポイントのアーバンストリングステクノポップ「TWO ROSES」で締める完璧な構成は、見事と言うほかありません。
決して演奏ができないからテクノポップを選ぶわけでもなく、奇をてらいたいからテクノポップというジャンルに頼るわけでもなく、はたまた独りで音楽を制作するためにデスクトップミュージック(DTM)にこだわるわけでもなく、ただ自身の表現するサウンドの1つの手法として涼しい顔でここまでの隙のないエレクトリックサウンドに仕上げた吉野裕司の手腕と先鋭的なセンスは、まだまだ評価が足りないと思っています。本作もこの分野では余り注目もされないマニア向けの作品とされがちですが、DTMがここまで普及した現在だからこそ、本作のクオリティへの到達を1つに指針としてもらうためにも本作を紹介する価値はあると思っています。ということで、いわゆるTECHNOLOGY POPSとして平成を代表したいアルバムは、この作品ということになります。是非聴いてみてください。サブスクにもありますので(他の同名洋楽バンドの作品と勘違いされていますが・・)。
というわけで、TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100は、これで100枚完遂ということで終了となります。ここまで読んでいただいた貴方、どう考えても奇特な方です。あくまで個人の好みとしての選出ですので、一般的な評価とは無縁の選盤ではありますが、何らかの参考にしていただけると幸いです。皆様の心の中にそれぞれベストアルバムは存在しています。皆様の考える名盤の数々を何卒大切に、音楽を楽しんでいただければと。
それでは、また次の企画で。恐らくそれほど遠くない時期にまた始まりますので。読了いただき、誠にありがとうございました!