【エッセイ】魔法使いになった母の話
小さい頃、母は魔法使いか、もしくは何かしらかの超能力を持っている人だと思っていた。
私は幼稚園の発表会や家族での旅行、楽しみなことがあるとなぜかよく熱を出す子供だった。
楽しみなイベントであるゆえ、どんなにしんどくても、それが周りに悟られないように元気に振る舞っていた。
それでも必ず、その嘘を見破る人がいた。
「あんた、熱あるやろ」
母である。
他の家族は欺けても、どうしても彼女の目だけは誤魔化しが効かなかった。
きっと母は、ひとの体温やオーラみたいなものがハッキリ見えるタイプの、特別な能力を持つ人なのだと信じていた。
30年後、私は娘を産んだ。
そして私は、私の母と同じ、魔法使いになった。
「あ、今日、お熱あるな」
朝起きて、娘の顔を一目見るだけで、その日の彼女の体調が分かる。
目がとろんとしてるな。手がいつもよりふにゃふにゃして湿ってるな。食卓についてから一口目のパンを口に運ぶまでがなんだか遅いな。
そんな小さな変化で、信じられないくらい彼女の体温が伝わってくるのである。
娘が産まれてから、毎日飽きずに彼女のことを隅々まで見つめてきた。その月日が私を魔法使いにしてくれた。
きっと私の母も同じように、毎日飽きずにそれはそれは愛おしく私を見つめていてくれたのだろうなと気づく日々である。
娘はまだ、あえて自分の体調を誤魔化すようなことをする歳ではないが、あと2年もすればきっと、私が魔法使いか何かだと信じこむ日が来るのだろう。
そして数十年後、彼女もまた、誰かの魔法使いになるのかもしれない。
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