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【7本のエッセイ】#1 エンゲル係数

「食」

 就職を機に上京してからエンゲル係数が上がった。「上がった」とは言うものの、家計の財布が親から自分に移ったのだから至極当然のことではあるのだがそういうことではない。僕は元々、外食に対して財布の紐を緩めるタイプではあまりなかった。喉が渇いただのお腹が空いただの、耐えられないほどでも無い一時的な欲求に負けて、趣味にかけるはずのお金を浪費してしまうことをなるべく避けたかったからだ。

 しかし、就職して働き始めると、生活費を差し引いても意外と手元に残るものが多かった。人間もとより慣れていた以上の額のお金を得ると、以前よりも財布の紐が親父のパンツのゴムよりもゆるゆるになってしまうものなのだろう。少しばかり金遣いが荒くなった。

 特に大きく変わったのは、よく外食をするようになったこと。

 まぁそりゃ東京は歩けば名店、食べたいものは何でもある街なのだから、私の食欲を刺激する誘惑は所狭しと存在するのだ。また、最近はInstagramでグルメの名店を紹介するアカウントをいくつかフォローするようになった。インフルエンサーが巧みに撮影するしずる感満載の料理の写真や動画によって、僕の中の小さな食の探究心が刺激される。そんな美味しそうな食べ物が少し外へ出れば食べに行けるような環境に身を置いているのだから致し方ない。大学時代の僕であれば、ランチタイムは家から持ってきたものを食べるか、お昼を抜くかしていただろう。今の僕はといえば、家からお昼を持って行かなかった日、先輩を誘ってスマホを片手に新宿の飲食街へ駆り出している。
 

 お金を持つと人間は変わる。
 

 いや、変わるのでは無く、「欲望に正直になる」のかも知れない。

 今まで飛ばないように抑えられていた欲たちが、お金という翼を得て、浮力を得たのだ。昔おもちゃやゲームを我慢させられた子供が、大人になって稼げるようになった時、その反動でバカみたいに趣味にお金を費やす「大人買い」という行為がある。「抑圧からの解放」。これが一種のカタルシスなのだとしたら、彼らは投資対象から得られる幸せだけでなく、「稼いだお金を、今まで抑制されてきた対象に対して自由に使えるようになったこと」に対する幸せも同時に感じているのかも知れない。

 かたや自分はどうか。小さい頃、欲しいゲームを全く買って貰えなかったということもないし、大学時代もそれなりに満足のいく推し活もできていた。じゃあこの財布の緩みようは一体... なるほど、僕は「食」に対して自分自身を抑制していたのだ。だからこそ、少し余裕が出てきたと思える今、食に対しての欲望に正直になり始めたのだ。食べたいものを食べたいときに食べる、これが如何にストレスフリーで幸せをもたらしてくれることか思い知る。まさか、イベントやライブの他に、「このお店へ行く」という予定が自分の日々を生きる楽しみの1つになるとは思いもしなかった。

 最近、「食もエンタメだ」という、如何にも佐久間宣行さんが言っていそうな考えを持つようにもなった。行ったことの無いお店、未知の味を開拓するのは楽しい。人生にまた1つ、ささやかな彩りが足された。


奈良・麻婆豆腐ラーメン専門店「すするか、すすらんか。」

 色々お話してしまいましたが、せっかくこれを読んでくださっているあなたに1つ有益なグルメ情報をお伝えして終わろうと思います。この文章を書き始める2時間前に行った、地元・奈良県のラーメン店です。

 名前は「すするか、すすらんか。」

「すするか、すすらんか。」看板

 奈良県唯一の麻婆豆腐ラーメンの専門店で、元々は近畿大学の学生がコロナ禍に学生ベンチャーとして始めたのがキッカケだそうだ。人目に付きづらい「ならまち」の細い路地を抜けていくと、古民家を借りて営む同店が顔を出す。平日の昼過ぎにもかかわらず10人くらいの人が列を成していた。待つこと20分、店外で注文をしてから中に通された。店内はほんのりと明かりの灯る薄暗い空間で、広すぎず、ほどよい落ち着きがあった。

 厨房が目と鼻の先にあるカウンターに座り、少し待つと、店定番の麻婆豆腐ラーメンがやってきた。注文を受けてから調理し提供される熱々の赤黒い麻婆豆腐は見た目に違わず、唐辛子と山椒がほどよく効いていて旨辛絶品。餡に絡んだ麺をすする箸、そして顔中から吹き出す汗がとまらない。学生企業で日の浅いラーメン屋という部分で少し侮っていたところもあったけれど、ただただ美味しいその一杯の前に、私は若い力の偉大さを感じずには居られなかった(もう気分が完全におじさんです)。

麻婆豆腐ラーメン(汁なし)

 ベンチャー企業を立ち上げようとする人って、絶対的に自分のやりたいことがあって、そこに自分の人生の時間とお金をフルコミットさせてでも貫いてやるという信念がありそうですよね。羨んだのも束の間。いけないいけない、僕もまだ24。って、「まだ24」なんて言ってられるのも今のうちだけだぞ。誰かに認められるかどうかの前に、自分が自分の人生に満足できてるかどうかが大事でしょ?挑戦できるうちにどんなことでもチャレンジしていかないとつまんない人生で終わるぞ。盆休み終盤のちょっぴりナイーブな気持ちに少しだけ火をつけてもらいました。「すするか、すすらんか。」さん、ありがとうございます。皆さんもぜひ奈良を訪れた際は行ってみて下さい。

あれ、これいったい何の話だったっけ。

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