【小説】てんのこえ
《 酒粕5キロ1,000円で販売します 》
木蓮の花の香りに誘われて気の向くままに散歩していると、この看板が目に留まった。お店の人と話をしてみると、急遽予定していた酒蔵イベントが中止になったため、会場で販売するはずの酒粕を破格の値段で売っているとのこと。
兵庫で明治時代から続く老舗の蔵元が造るお酒は、地下100mから汲み上げたお水で手間隙かけてつくられたというからとても興味を持った。そのお酒の絞りカスを食べてみたいと思い、早速購入することにした。
帰り道に酒粕レシピにどんなものがあるか調べてみると、出てくる出てくる。酒粕といえば粕汁しか思い浮かばなかったけれど、酒粕を使った甘酒にチーズケーキ、シチュー、カステラ、唐揚げ、クッキー、鮭の粕漬けとレパートリーの多さに驚いた。さらに調べてみると、酒粕は栄養の宝庫だということがわかった。
酒粕は、米、麹、酵母由来成分が濃縮されているので、①美肌効果、②免疫力アップ、③血行促進、④便秘解消の効果などが期待できるというのだ。これは女性としても嬉しい効果だ。私は帰宅してすぐ、家にあった薄力粉を使って、酒粕クッキーを作ってみることにした。
〈 用意するもの 〉
水100cc・薄力粉130g・酒粕50g・さとうきび糖50g・卵1個・塩少々
久しぶりのお菓子作りに心が躍る。まずビニール袋を用意し、その中に薄力粉を入れるが、そこに八ヶ岳のお水(宅配で毎月1回取り寄せている)、そして残りの材料をすべて入れて揉む。ひたすら揉み込む。「おいしくな〜れ」と呪文のように唱えながらもみもみしてかたまりにしたら、それを棒状に整えて冷凍庫へ。待つこと1時間。
出してきて5mm間隔で切り、角皿に並べて180℃のオーブンで25分焼いてできあがった。お酒の香りが家中に広がる。一口食べてみるとお酒の香りが鼻から抜けていく感じがした。チーズの味がして、素朴だけど美味しい。コーヒーを淹れて、ともに味わった。ザクッザクッザクッ、ごくん。ぼーっとしながらふと思った。
(長引く得体の知れない新型ウイルスの感染事態は、いつ収束するんだろう……)
空を眺めていると、遠くの方からかすかに聴こえてきた。
イマ……ダイジナ……トキ……。
誰? すーっと心の中に降りてきた。いまがだいじなとき。
「どういうこと?」思わず声が出た。
ナニヲ……イチバンダイジ……ニ……シタイカ……ジブンヲ……ミツメナオス……トキ……ミナノ……イシキ……ガ……カワル……トキ……スベテ……ガ……カワル……
「ピーンポーン」インターホンが鳴った。
はるのひととき、わたしはかみさまとしずかなはなしをした。
(おしまい)
〈創作後記〉
こちらは、絵話塾に通っていた時に出された課題として提出したもので、2020年3月18日に書いたものに本日少し訂正加筆しました。(角皿のくだりと<「ピーンポーン」インターホンが鳴った。>を付け足しました。この物語の7割は実体験のお話です。
決められていたことは、・主人公ーわたし ・最後の一文は、「はるのひととき、わたしはかみさまとしずかなはなしをした。」・詩、エッセイ、作文、など形式は自由。
最後の一文は、谷川俊太郎さんの「はる」という詩の中に出てくる一部分です。
この文章を作ってからいろいろ私の中でも変化が起こりましたが、あの頃の私はまさかここまで長引くとは思ってもみませんでした。
今は、すべては良い方向に向かっている、そう信じています。みなさま、お体どうかお大事に。私も今を大切に生きたいと思います。
これから過去の作品を少しずつこちらにも載せていこうかなと考えています。
よろしくお願いします!
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