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「良くなろう」としない
調子の悪いとき、「何とかすぐに出来るだけ早く良くなろう」という思考が動き始める。
とても当たり前の顔をして、「良くならなければ」という思考が出てくる。
調子の悪い時に、「良くなろう」とせずに、そのまま調子の悪いまま過ごしてみる。そうすると、苦しいのだけれど、苦しいのを苦しいままに受け入れた状態で、「苦しいけれどこれで良い」という感覚になってくる。いや、「良い」わけではないけれど、まあ、現に今そうなのだらか仕方がない。
そんなことを何度か繰り返していると、「調子が悪いとき」もそのままでいられるようになってくる。
そして、「悪いこと」もずっと続くわけではないことが、体感できてくる。
「ずっと続くわけではない」ことが体感できてくると、「調子の悪いこと」が起きたところで、そのこと自体を「悪いこと」「だめなこと」とは受け止めなくなってくる。
「調子が悪い」ときは、「今、調子が悪い」だけ。いずれ過ぎ去っていくもの。
変に「反応」したり「掴まえ」たりせずに、淡々と過ごしていれば、いつの間にか過ぎ去っていく。
「自分」の「調子の悪いとき」が「問題」ではなくなると、「他人」の「調子の悪さ」も「問題」ではなくなってくる。変に「助けなければ!」という思考も起こらなくなってくる。そのままでいられるようになる。
このとき、ある種の「解放」が起きる。
「大丈夫」が分かる。
このままで「大丈夫」なのだということが体感できる。
「大丈夫」が分かると、やっと「楽」になれる。
「良くなろう」とするのをやめる。
サレンダー
「良くなろう」とするこの動きこそが、苦しみの元だったのだ。と、いうことに気づく。