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『ルポ・収容所列島』本文公開_おわりに

プロローグ」「第1章」は、お読みいただけたでしょうか。自分の意思で退院できない長期入院、精神科病院に強制連行する民間業者、身体拘束、薬漬け…、他人事と思っていた精神医療の闇は、思っている以上に身近なものであることが、少しでも伝わっていましたら幸いです。

このページでは「おわりに」にあたるエピローグを公開いたします。

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エピローグ 門外漢が問題提起に取り組む意義

2021年10月15日。日本弁護士連合会は岡山市で開催された「人権擁護大会」で、精神障害者に対する強制入院制度の早期廃止を求める決議を採択した。
決議では強制入院制度によって、精神障害者は地域から隔離排除すべきとの誤った社会認識が構造化されたと批判し、同制度を廃止し、国および地方自治体に対して多様な施策を実施するよう求めている。
日弁連が同大会のシンポジウムで精神医療について取り上げたのは、1971年に「医療にともなう人権侵犯の絶滅に関する件(宣言)」を採択した、実に50年前までさかのぼる。その点についても、「精神科医療の名において繰り返す数多くの人権侵害を止めることはできておらず、取組もまた十分ではなかった」と率直に反省の弁を述べている。
日弁連が日本の精神医療に対して、ここまで踏み込んだ決議を行ったのは、精神科病院への入院経験のある約1000人へのアンケート調査で明らかになった、いまも重ねられ続ける精神障害者への人権侵害の現実が背景にある。
2020年6月から12月に日弁連が実施した調査で、精神科に入院経験がある全国各地の1040人に尋ねたところ、入院中に「悲しい」「つらい」「悔しい」などの体験をしたと回答した人が8割を超えた。
またその中でも最も苦痛だったこととしては、外から施錠される保護室への隔離が17%、入院の長期化が13%、身体拘束が12%と精神科病院特有の体験が並んだ。
具体的な内容を聞く自由記入欄には当事者たちの悲痛な声があふれている。

「親が看護師から『もう人並みの幸せはないと思ってください』と言われた」
「(医療従事者は)患者に対して、常に高圧的な態度だった。馬鹿にしたような口の利き方だった。家畜のような扱いだった」
「体を縛られ、おむつをつけられ、点滴をし、食事もままならず、無理やり薬を飲まされた経験だった」
「急に役所の人などが来て、とにかく病院に行くぞと言われ連れていかれた。自分の意思がなかった。家に帰りたいと言ったけれど、無理やり入院させられた。これは現実ではないと思うくらいに、こわくつらかった」
「治療という名目でやりたい放題された。地獄のような生活だった」
「(医師に入院)長期化の理由を尋ねたり、退院の希望を口に出せなかった。口に出せば警戒されて自由度が下がり退院が延びると誰もが思っていた」
「何を言っても妄想扱いされたり、弱い立場なので看護師に歯向かえば保護室(隔離室)行きで拘束されるので、看護師の顔色をうかがわなければならない」……

こうしたすべての声を集約したかのような一言がこれだ。

「医療ではなかったと思っています。収容所のような場所でした。人間が人間を閉じ込めることができる世の中は怖い」

日本の精神医療は「医療及び保護」の名の下に、精神障害者の尊厳を軽視してきたのではないだろうか。とりわけ強制入院制度は、対象者の人生に決定的かつ重大な影響を与える。学んだり、働いたり、家族を持つなど生活のあらゆる場面で、選択の機会を損なわせる。
疾病の内容は異なるが、これは患者隔離の法制度の結果、未曽有の人権侵害をもたらしたハンセン病問題と重なるものだ。
ハンセン病問題について、国は法的責任を認め、真相究明や名誉回復、再発防止等を約
束した。実際、隔離被害の回復や差別偏見の解消などの施策を実施している。
日弁連は「国は(精神医療の)強制入院制度による人権侵害の存在と過ちを認めて、ハンセン病問題と同様に、第三者機関による調査・検証を実施し、誤った法制度による人権侵害の社会構造性とともに、加害と被害の実相を解明すべきである」と力を込める。
だが、本書でさまざまな角度から光を当てて見てきたとおり、いまだ日本の精神医療の現場には、そうした変革の兆しを見出すことは難しい。精神医療従事者の意識や認識は、それこそ50年前とさして変わらないのではないかと感じる場面も数度となくあった。
本書のベースとなった「東洋経済オンライン」での連載記事には、800件超と大変多くの直接の反響が寄せられている。反響は障害当事者や家族のほか、医師、看護師、精神保健福祉士など医療従事者からも多数届いている。
精神医療従事者からは肯定的な評価も数多く頂いたものの、一方で否定的な声も相次いだ。否定的な声の中身を詳細に分析する中で、あることに気が付いた。まさに50年前、1970年3月から朝日新聞に連載された、大熊一夫記者の「ルポ・精神病棟」に対する否定的な反響とその主たる内容がまるで重なるということだ。

「ごく一部のレベルの低い病院をセンセーショナルに取り上げることは、一面では良心的な私たちのいままでの社会の偏見との戦いに水をさすものです」(看護師)
「精神病院の実態は浅薄な正義感と、そしておそらくは功名心に駆り立てられた潜入ルポライターによって評価さるべきものではない。それは、精神病者の苦悩を彼らに代わって担ってやらねばならぬ者(精神医療従事者)だけに語る資格があると思う」(医師)

50年前に朝日新聞社に届いたこれらの抗議の投書とほぼ同内容のご意見が、当連載の情報提供フォームにも多数寄せられている。
だが、課題の山積する精神医療の実態に対して目を背け内部のみで固まり、外部の目が入ることを極力忌避して、その指摘を門外漢の戯言だとやり過ごそうとする、そうした姿勢こそが、本書で指摘したような明らかな人権侵害というべき数多くの事態を引き起こすことにつながったのではないだろうか。
いま、日本の精神医療に最も必要なのは、むしろ外部からの指摘を積極的に受け止め、対話し、自己変革へとつなげることのはずだ。その意味で、門外漢の最たるものである経済ジャーナリズムの当媒体が、問題提起に取り組む意義があったと考えている。
快く取材に応じていただいた多数の関係者の方々には、この場を借りて深くお礼を申し上げたい。

* * *

従来から当社の旗艦雑誌『週刊東洋経済』の特集では、編集部の独自の問題意識による、社会性のあるテーマでの調査報道を積極的に行ってきた。
それをベースに、さらにこの間の「東洋経済オンライン」の急成長を受け、同媒体の拡散力を生かした調査報道を行うためには独自組織を立ち上げるべきだとして、2019年に東洋経済調査報道部は発足した。
巷間誤解されがちだが、当部が考える調査報道とは、いわゆる「文春砲」と称されるような目の覚めるようなスクープではない。当事者たちが声を上げにくい、ゆえに生じる「視えにくい構造問題」や「不都合な現実」を、地道な現場取材に基づいて、一つひとつ可視化していくことに尽きると考えている。本連載、本書ではその意義を一定程度は果たせたと考えている。
連載は調査報道部の同僚、井艸恵美記者と辻麻梨子記者とともに取材、執筆を行った。本書でも第4章と第5章を井艸記者、第7章を辻記者が執筆している。
連載、本書とも東洋経済新報社の数多くのスタッフの惜しみない助力の上に成り立っている。東洋経済オンラインの武政秀明編集部長、吉川明日香編集長には、2年近くにわたる長期連載となったが、快く執筆の場を提供し続けてもらった。また武政部長には連載のデスク業務を担ってもらい、オンライン連載ならではのタイトル付け、打ち出し方など、全面的にサポートいただいた。法務部門の関信之介氏には、ほぼ毎回にわたり記事内容の法的な問題点の有無についての事前チェックをいただいた。調査報道部を挙げて本テーマに注力することを認めてくれた山崎豪敏編集局長をはじめ、編集局各位にも感謝したい。
諸般の事情からすべてのお名前を記すことはできないが、社内外の多くの記者仲間からも貴重なアドバイスを多く頂いた。この場を借りて御礼申し上げたい。
最後に、私事となり恐縮だが、妻の佳子と長女のみすず、次女のちさとに心から感謝したい。

 2022年1月
東洋経済新報社 調査報道部長 風間直樹




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