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【脚本】夜叉姫 (改編) 一

昨年投稿した作品です。描けていない部分がかなり多かった反省から、追加・編集しました。

< あらすじ>

戦国時代。ある国に「夜叉姫」と呼ばれた姫がいた。
跡取り娘として育ち、素直に真っ直ぐ育っていた姫が、ある日を境に狂気に取り憑かれ、恐れられ、鬼と呼ばれる者になった。
姫の身に何が起こったのか、どんな最後を迎えるに至ったか、知る者は少ない。姫を愛した一握りの人々と、一本の桜を除いては。 

※暴力的な表現を含みますのでご注意ください
※この物語はフィクションです




登場人物

秋津 千早・・・秋津 勝正の一人娘。気は強いが心優しい一面も持つ
篠山 三郎太(元服後 要)・・・篠山 五郎左衛門の養子。千早の守り役
秋津 勝正・・・千早の父。半独立の領国の主
秋津 鈴・・・勝正の正室で千早の母
妙・・・正室の乳母。千早の乳母でもある
篠山 五郎左衛門・・・秋津家の重臣の一人。爺と呼ばれる
篠山 小夜・・・篠山五郎左衛門の養女。三郎太(要)の妹
坂田 忠正・・・要の友
家臣1~3・・・秋津家の若い家臣達
家臣4~7・・・秋津家の重臣達
医師
侍女1~5
民衆・・・秋津家領国の民

八谷 重正・・・守護大名。嫡男の信忠に家督と守護職を譲る
八谷 信忠・・・重正の嫡男。守護職に就いた際、補佐として守護代を置く
八谷 鶴丸・・・重正の次男。幼少期に襲われ行方不明

嵐山 左衛門丞・・・八谷信忠の守護代


1

千早、男の生首を左腕に抱えたまま、刑場から飛び出し街・田畑を越え、山を目指している様子。ふらふらと力なく刀を振り回しながら進む。
領国の家臣が民衆に避難するよう叫んでいる。生首を抱えた女を見た民衆は叫びながら四方八方に逃げて行く。
家臣達は民衆に危害が及ばないように、距離を取りつつ千早を囲んでいる。刀は構えているが、切りつけることも捕らえることもせず、そのままじりじりと山へ向かって進んで行く。
千早の着物は血まみれで帯も解け垂れ、裾や袖などが何ヶ所も切れているが、気に留める様子は全くない。その眼は狂気を帯び、生首を抱きしめ、勝ち誇ったように笑っている。

家臣1 逃げろー! みんな逃げろ、鬼が来るぞ! 

家臣2 刀を持ってるぞ、子どもたちを連れて早く逃げろ!

家臣3 首を抱えた鬼が来るぞ。近づくんじゃない、殺されるぞ!

民衆 なんだあれは・・・生首を抱えて笑ってるぞ。恐ろしい・・・あれは人じゃない鬼だ、夜叉だ・・・夜叉姫だ!

千早 わらわのものじゃ・・・わらわのものじゃあー! ようやく手に入れたぞ。この男はわらわのものじゃ。(クックックッと喉を鳴らして笑う)
どけー!! 誰にも渡さぬ、渡さぬぞ! どけ、どかぬか!!
あはははは・・・あーっはははははは・・・・・・(刀を振り回しながら狂気に満ちた笑い)

2

城の一室。秋津家の正室、鈴の出産。
領主は室内に入れず廊下を行ったり来たりを繰り返している。
襖の前に門番のように座る乳母、妙にたしなめられる。

領主 ええい、まだか。

 お屋形様、少し落ち着かれませ。

領主 何を言うか。わしは十分に落ち着いておる。わしはただ、座して待つのが性に合わぬゆえ、歩き回っておるだけじゃ。

妙 お屋形様のお気の短さはよう存じております。なれどこればかりは、お屋形様でもどうにもできませぬ。

領主 わかっておる。わかっておるが、知らせがあったのは朝だ。それがもう一時いっときもすれば日も落ちるではないか。

 お産とはそういうものにございます。

領主 わしとてそれぐらいの事はわかっておる。ゆえに、朝知らせを受けても務めを全うしたのち、ここに参ったのじゃ。

 なれどわたくしは、本日合議の場におかれましてもお屋形様は気もそぞろで、御家臣の皆様に同じお話を繰り返されたと聞き及んでおります。

領主 誰がそのようなことを。

 さあ。どなたでございましたでしょうか。

領主 ああ・・・もうよい。どうせみなであろう。

 わたくしは何も申しておりませぬが。

領主 わかっておる。わしにそういう物言いができるのは爺か、お前しか   
おらぬ。おおかた、気の抜けたわしに説教でも頼まれたのであろう。

 重ねて、わたくしは何も申しておりませぬ。

領主 ・・・そなた、相変わらずだな。

 お褒めのお言葉、ありがたく存じまする。

領主 褒めてはおらん! わしに対してもずけずけと物言う女子おなごじゃと申しておる!

 よう存じております。なれどわたくしは、こうでなければ奥方様をお守   りできませぬゆえ。

領主  ・・・ああ、そうであったな。そなたは初めて会うた時からその物言いで周りを驚かせた。奥との婚儀にけちをつけていた年寄りどもの顔、今思い返しても笑いがこみ上げるわ。

 あの場でお屋形様がお笑いになり、皆様に一喝くださいましたゆえ、奥方様も安んじておられました。改めて、御礼申し上げまする。

領主 ああ。(しみじみと)今後も、奥のこと頼むぞ。

 はい。お任せくださいませ。

(赤子の泣き声が響いてくる)
領主 生まれたか! おお、なんと力強い泣き声じゃ、奥、ようやった、でかしたぞ!

 おめでとうござります!(領主が早速部屋に入ろうとする)
なりませぬ! もうしばしお待ちを。

領主 ああ、そうであったな。(と言いながら待ちきれない様子で)
あとどのくらいじゃ。

 奥方様の処置が終わり、お子様が産湯を使われるほどの間にございま
す。

領主 そうか。このような時は、本当に男は何もできぬものじゃな。

医師の声 お屋形様、どうぞお入りください。

(侍女が襖を開ける)

領主 (大股で鈴に近づき側に座る)ようやった、ようやったぞ、奥。

 お屋形様、申し訳ございませぬ。此度は姫にございました。

領主 (ほんの一瞬、返事が遅れたが)そうか、よいよい。次に男子おのこであればよい。何人でも産んでくれ。わしの目の黒いうちに。

 お屋形様。縁起でもない。

領主 今という時では、いつ何が起こるかわからん。わしの初めての子も抱き上げてはやれなんだ。

 ・・・確か、若様でございましたね。

領主 ・・・そうじゃ。負け戦の折、挟み撃ちにあった隙に城を攻められ、初めの奥と生まれて十日ほどの嫡男が命を落とした。・・・だがお前たちはそのような目には決して合わさぬ。決してな。

(産湯が終わり、侍女が鈴の側に赤子を横たえる。領主が赤子の手に軽く指を当てると、赤子はその指をしっかりと握る)

領主 おう、元気な子じゃ。凜々しい顔をしておるな。泣き声も力強かった。この子なら、この乱世を生き抜く力もあろう。守ってやれなんだ二人の分まで、奥とこの子は守ってみせようぞ。

 はい。お屋形様。

領主 (赤子を抱き上げ)・・・おお、今ひらめいた。ちはや。この子の名は千早じゃ。

 (鈴も妙も言い淀み、妙が切り出す)・・・お屋形様、それはあまり・・・

領主 何じゃ、気にいらぬか?

 『ちはやふる』とは、荒ぶる神を示す言葉、あるいは荒々しい様を表す言葉でござりますゆえ、ちと・・・

領主 ほう、強そうで良いではないか。家督を継ぐにも良かろう。

 お気が早うございます。この先若様もお生まれになりましょうし、家督のお話はそれからでも。

領主 姫に家督を譲った例もある。生まれた子にはみな等しく領地を分け与えるぞ。何も障りはあるまい。

(鈴も妙も手放しで喜ぶ領主に何も言えなくなってしまった)

領主 (赤子を高く抱え上げ)千早、強くなれ。この乱世を見事に生き抜き、この家を、この国を守る強き子になれ。


3

千早、四歳の頃。鈴の次子、男児の出産時、酷い難産で男児は死産。医師は鈴も手の施しようがないと領主に既に伝えている。
領主と千早は並んで鈴の側に、妙はその反対側の足元付近に、侍女達はその後ろに控えている。爺は領主の少し後ろに居る。
鈴は虫の息で、領主と千早に言葉をかける。

 (途切れ途切れに) 勝正様、申し訳、ございませぬ・・・若を・・産めず・・・

領主 (鈴の状態はわかっているが) 何を言う。何人でも産んでくれと言うたろう。この先いくらでも産めば良い。

 お優しい、勝正様の・・元に来られ・・・鈴は、幸せに・・・

領主 (鈴の言葉を遮って) やめよ、そのような言葉は聞かぬ。聞かぬぞ・・・!

 (領主に微かに微笑み、千早に視線を移し)千早・・・父上様や、妙達の言うことを、よく聞いて・・・学び、強く生きて・・・お前の傍に、いてやれぬ、母を・・許しておくれ・・・父上様を・・頼みますよ・・・

千早 母上、母上ー!

 妙、あとを・・千早を・・・頼みます・・・

 お任せを・・・!(鈴、静かに息を引き取る)

千早 いやじゃ、いやじゃー! 父上、母上を起こしてくださりませ! 妙、母上を!

 姫様・・・

千早 母上ー! 母上ー!(鈴を揺すって起こそうとする)

(領主や妙は千早を止めることができず、ただ見守るのみ)
 姫様、そのように揺すっては、母上様が苦しまれますぞ。

千早 え・・・

 母上様は旅立たれました。どんなに姫様のお側にいたいと願っても、お戻りにはなれませぬ。・・・母上様がお心安く逝かれますよう、静かにお見送りいたしま(いたしましょうと言いかけるが千早が遮って)

千早 いやじゃー! 爺なんか嫌いじゃ! 向こうへ行け!
母上ー! わぁぁー!! 母上ー!!
(千早、爺を罵倒して泣くが、母を揺することだけは止め、泣き続ける)


4

千早、七歳の頃。冬。城内の庭。
男子の衣装を着た千早が高い木に登ろうとしている。侍女が必死に止めているが千早は聞かず登り続ける。

侍女1 姫様、おやめくださいませ。危のうございます。どうか、もうそれ以上は・・・!

千早 ここではまだ見えぬ。もっと高く登らねば。

侍女2 危のうございます・・・! どうか、どうかそのままで。

 (侍女3から知らされ、共に木に駆け寄りながら)姫様! 姫様何を!

千早 妙、わしは城下が見たいのじゃ。こんな所では何も見えぬ。

 なりませぬ! 早うお降りくださいませ!
(侍女達に向かって)早う姫様をお止めせよ、三郎太殿はどこじゃ!

(三郎太が大急ぎで走ってくる。三郎太に知らせに向かった侍女4はかなり後ろから追いかけてくる)
三郎太 申し訳ございませぬ! 姫様が喉が渇いたと申されてお湯を取りに・・・

 (侍女達を指して)そのようなことはこの者らがすること! なにゆえ三郎太殿が!

侍女3 姫様が、三郎太殿にと、ほかの者では飲まぬと仰せで・・・三郎太殿がお部屋から出られるとすぐお庭に・・・

 ・・・! 姫様! わざと三郎太殿を遠ざけましたな!

(三郎太も木に登り始めた)

千早 わしは見たいのじゃ! 父上の治める領地を。なのにわしは外に出してもらえん。ここから見下ろすくらいよかろう!
(城下が見下ろせるほどの高さに来た。枝に腰掛けゆっくりと見下ろす)
ああ、ここならよく見える。ああ、広いな。ずーっと向こうまで続いているな。鳥も飛んでおる。気持ちがいいな。あれは麦の畑か? 黒いのは民たちの住む家か? ずっとずっと向こうの青、あれが海じゃな! 母上のお生まれになった所じゃな! わしも早う海にも行けるようになりたいぞ。

 姫様、じっとしていてくださりませ!

三郎太 さあ、姫様降りましょう。それがしの手をお取りください。

千早 嫌じゃ。まだ見たい。お前も来ぬか? よい眺めじゃ。

三郎太 しかしここは時折強い風が吹きますゆえ、(千早が遮って)

千早 今は風など吹いておらぬ。

三郎太 いつ吹くかなど人にはわかりませぬ。強い風が吹けば、姫様のようにお小さい方は簡単に吹き飛ばされてしまいます。

千早 わしは強いのだぞ! そのような風に負けたりは
(三郎太の手を払おうとすると突然強風が吹き体がふわっと浮いた)

三郎太 姫様!
(妙、侍女達の悲鳴。三郎太は木を蹴って千早に向かって飛び、手を掴んで抱え込み自分の体を下にして、枝葉に何度か強く打たれながら落ち地面に叩きつけられた)

乳母・侍女達 姫様! 三郎太殿!

 (侍女達に)医師を! お屋形様にお知らせに上がった者はまだ戻らぬのか! 姫様、大事ございませぬか! お怪我は!

千早 (そろそろと起き上がる。痛みがあり、顔を歪めながら)
大事ない・・・それより三郎太は、三郎太がわしをかばって・・・

三郎太 それがしは・・・!
(無事だと言おうとしたが痛みで言葉が出なかった。顔面右に出血。出血はさほど多くはないが、背中は強く打っている)

千早 三郎太!

三郎太 (痛みに堪えながら)姫様! なんということをなさいますか!
(千早、語気の激しさに驚き硬直)
姫様は、お屋形様の跡を継がれるお方です。家臣を従え、民を守り、この国を守らねばならぬ務めがございます!

千早 国を、守る・・・

三郎太 民は日々、田畑を耕し、商いに出かけ懸命に働いて一日を終えます。次の日も、またその次の日も。明日もそうであることを、つつがなく暮らせる日々を、そして戦のない世を切に願っております。
一度ひとたび戦が起これば、男は戦に借り出され、働き手を失った年寄りや女子どもが田畑を守ってゆかねばなりませぬ。田畑を失えば、我らも命を失います。国も失われます。
逆もまた真なり。主を失えば国が乱れ、人も乱れる。姫様はこの国の主となられるお方。姫様がお倒れになれば国が失われます。
このような軽挙妄動はみなを不幸にいたします。
どうか、民を、国を思う、良いご領主におなりくださいますよう。

(領主・爺が駆け寄る。少し遅れて二人を呼びに行った侍女5も来る)
領主 千早! 無事か!(千早以外の者はひれ伏す)

 申し訳ございませぬ! わたくしの落ち度でございます。いかようにも御処分くださいませ。

領主 千早が木に登ったことは聞いた。・・・まさか落ちたのか! 初めから申せ!

 ・・・

三郎太 それがしの落ち度でございます。姫様から離れてしまいました。

 そなたは姫様の守り役ぞ! なんたる失態!
(千早は驚いて目を見開いている。三郎太は無言でひれ伏したまま)

 お咎めは免れん。覚悟せよ。

千早 違う! 爺、違うのじゃ。わしじゃ、わしが悪い! 三郎太にお湯を持ってくるように命じて遠ざけた。三郎太が持って来ねば飲まぬと。
それから庭へ出て木に登った。侍女達は止めたがわしは聞かなかった。
妙も来て降りるように言ったがわしは降りなかった。登り続けた。
三郎太がわしを追って登ってきたがわしは枝に腰掛け降りなかった。風が吹いてわしは枝から浮き上がって・・・三郎太がわしの下になって落ちた。
みなわしを止めようとした。わしが聞かなかったのじゃ。三郎太は我が身を挺してわしを助けてくれた。三郎太は悪うない! 侍女達も妙も悪うない! 悪いのはわしじゃ、わしが責めを負う!

領主 ・・・ようわかった。千早、三郎太に咎はない。何もせぬ。
(爺に向かって)医師を呼べ、千早と三郎太の傷の手当を。

三郎太 いえ、それがしはどこも悪くは・・・

領主 血が出ておるぞ。無理をするな。よく養生せよ。三郎太、よく千早を守ってくれた。

三郎太 勿体ないお言葉、かたじけな・・・
(言い終わらないうちに失神し倒れた)

(皆が口々に「三郎太!」「三郎太を運べ!」「早う医師を!」など叫ぶ)

(医師と家臣が数名駆け寄り、三郎太を運んでゆく。少し離れた所から千早がその様子を見ている)

千早 わしは必ずなってみせるぞ。お前の言う、よい領主に。家臣を、民を守り、国を守れる領主になるぞ、必ず・・・!


5

騒ぎが一旦落ち着き、領主と爺が元いた場所へ向かって移動している。

 姫様は冬の着物でもあり、三郎太が先に落ちたため、大したお怪我はないとのことでございます。
三郎太は、顔の傷は跡が残るやもしれぬが大したことはない、が、背中を強か打ったようで、しばらく様子を見るようにとの医師の見立てでございます。

領主 そうか。守り役はしばらくほかの者に委せて、よく養生せよと伝えよ。・・・すまなんだ、爺。そなたの養い子に傷を負わせて。

 何を申されます。そもそも三郎太が傍を離れねば・・・

領主 いや、それも三郎太の咎ではない。母を亡くした千早を哀れむばかりで甘やかし、家督を継ぐ者としての教えもまだ何も教えておらなんだ。

爺 母上様と弟君を一度に亡くされた姫様のお悲しみは如何ばかりかと存じますが、それはお屋形様も同じこと。ましてお屋形様は二人の奥方様と二人の若様を亡くされたのでございます。お気持ちは我らも良うわかっておりますゆえ。

領主 そうか・・・

爺 一つ申し添えるならば、姫様は先刻、みなは悪うない、責めは自らが負うと仰せでございました。お優しゅうお育ちで、またそれこそ、家督を継ぐに相応しい資質と存じまする。

領主 そうか・・・それよりも、先ほどの話を聞かせよ。

 は。此度、守護職八谷はちや様がご嫡男、信忠様に家督を譲られ、守護職も譲られた由。ただし、信忠様は少々病弱にて、頭脳明晰ではあるものの、今後ますます戦が広がるであろう昨今、守護職が務まるのかとの声も一部にあるとか。

領主 ゆえに守護代を任命したということだな。

 仰せの通り。なれどこの守護代、信忠様からの信頼は厚いが、先代から仕えている者たちとは反りが合わない様子。

領主 ほう。

 信忠様がこの者を側に置くようになられたのは、ここ五、六年ほどのこと。にも関わらず重臣らに対しても尊大でわきまえぬ態度が目立つとか。
何かと知恵は回るが、その態度や出自の不確かなこともあって、反目する者も多いと。

領主 応仁の乱以降、そのような者は珍しくはないが、ならばなにゆえ、信忠様はその者を重用するのか。

 重臣達から見れば信忠様は子や孫に近いお年ゆえ、ついあれこれと口を出してしまわれるようで。信忠様にはそれが『目の上の瘤』のようで面白うないご様子。
守護代は重臣らに対し、信忠様をあなどる不忠と牽制する一方で、信忠様のまつりごとの手腕を誉めそやし、ご下命には非の打ち所がないほどの働きぶりとか。
信忠様は何かあればその者に意見を求めるようになられたと。

領主 ふむ。

 ただ、それがしの配下の者から、妙な噂を耳にしたとの知らせが。

領主 申せ。

 発端は七年前に遡りまする。八谷様のご次男、鶴丸様が居城にて襲われたことから始まるのですが、お屋形様ご記憶でございましょうか。

領主 覚えておる。千早の生まれた年じゃ。守護に取って変わろうと都筑の家臣が夜陰に乗じ、まだ七歳のご次男を襲ったとか。

 仰せの通り。信忠様は当時、病弱のため、そう長くは生きられぬと噂され、ならばよわい七つにして頭脳明晰と誉れ高い鶴丸様を先に討てば、後が楽だろうとの企てかと。
押し入った者どもは全て討ち取ったものの、鶴丸様は行方不明となってしまわれた由。
なれど討ち取った首を都筑に送ったところ、『このような者はわが家中にはおらぬ、そのような企みなど一切しておらぬ』の一点張り。
押し入った者は全て討ち取ったため、証拠も証言もとれぬ始末。
これが発端となり八谷様と都筑の戦に発展し、幾度も勝った負けたを繰り返し、遂に都筑は絶えた由。

領主 それで、妙な噂とは。

 都筑の最後となった戦場いくさばが、このご領地に近うございました。勝敗が決まった数日後、鎧武者が一人ご領内に紛れ込んでいたらしく・・・

領主 何?! この領内にか! その者は今どこにおるのか。

 いえ、この者既に深い傷を負っており、ご領内の百姓に助けられたものの、ほどなく事切れたとのこと。

領主 それで?

 その者、事切れるその前に、百姓に言い残したのだそうで。
『源之介に欺かれた。都筑は術中に陥った。この事を世に知らしめてほしい』と。

領主 では、その者は都筑の家中の者か。それでその源之介とは。名字はわからぬのか。

 それが、その者はかなり弱っていたため聞き取れた言葉も少なく、名字はわからずじまいとのことで。
ほかに手掛かりもなく、どうしたものかと思案していたところ、此度守護代に就いた者が七年前名乗っていた名が「源之介」だとわかり・・・

領主 なんと?!

 同じ人物か明白ではございませぬが、出自の不確かなこと、わずか数年で守護代に就いたこと、合わせて見ますと、何やらきな臭い話に思われ、ご報告申し上げた次第。

領主 そうか・・・守護代から目を離すな。

 は!


6

千早、十二歳の頃。領主、重臣達との合議の場に千早は忍び込んで話を聞いている。三郎太は元服し「要」と名乗っている。要の顔面右側、こめかみから頬にかけて三日月状の傷跡が薄く残っている。

 以上、我らと盟約を結ばれた地侍の将の数十九に達し、この国の地侍の将の六割ほどとなりましてございます。地侍同士の諍いもかなり収まり、交易も広がりつつあり、民百姓も飢えることなく暮らせている由。

 それは重畳。では、守護代の方は。

坂田 は。此度遂に、守護代嵐山左衛門丞が八谷様に変わり守護職に就いた由。
表向きは、八谷様ご病気にて臥せる日々が続き、守護の勤めに障りが出始め、このまま守護職を続け、急に空席になっては無用の諍いを招く懸念もありと、職を辞されたとのこと。

 『表向き』とは、いかにも『裏がある』と言いたげだのう。
(意地悪そうににやりと笑う)

坂田 は。臥せっておいでの八谷様の枕元に主な臣をずらりと並べ、ご城内では養生とて気が休まるまいと、ご静養に適した場に移られるよう促したと言われておりますが、我らの調べでは、その場にいた臣は、嵐山側についた者ばかり。

家臣4 先代からの重臣達はおらなんだのか? 嵐山についた者とは?

坂田 重臣の方々も、多くは家督を譲られ、次の代の方々は、密かに八谷様につくか嵐山につくかで決断を迫られ、一枚岩であった方々が今では・・・

家臣5 なんと嘆かわしい。

坂田 嵐山はご静養を促しながらも、巧みに空席になった折に起こるであろう戦の話を織り交ぜて、八谷様自ら守護を辞すると言わしめたと。
『あとは守護代に任せる』と仰せになりご静養のための屋敷に移られましてございます。
されど八谷様、屋敷を移られてから日を置かず、病状が進み身罷みまかられた由。
更にその三日後、それまで病の話もなかった信忠様のお父上までも病でお倒れに・・・

家臣6 やはりな。思った通りでござった。

家臣7 あまりにも見境ないように思われますが、一体何を企んでおるのか。

家臣6 守護職だけでは足りず、周辺の国々にも攻め込む腹づもりとの噂もあると聞き及びましたが。

 なれば、狙うは周辺よりもまず我ら、ということになりましょうな。

家臣4 篠山殿、それは。

 地侍の四割は向こうについてござる。戦わずして尻尾を振った者もおるが、中には戦に敗れて渋々従った者もおる。何にせよ、周辺諸国との戦もござったゆえ、戦続きで疲弊しておるのは確かであろう。
となれば、まず目障りは、我らの盟約かと。

家臣7 なるほど。我らは盟約にて戦を避け、国土を豊かにすることに尽力して参りましたゆえ、それをまず手に入れるがやつの狙いということでございますな。

家臣5 ならば、動向をさぐる手練れを更に増やすのがよろしいかと。

領主 うむ、任せる。何かあればすぐに知らせよ。

家臣全員 は。

(その時衝立の奥から小さな物音がする。要が気づき、そっと近づく。さっと衝立を動かすと千早がいる)

(家臣達、口々に『姫!』『姫様、何を』と声をかける)

千早 (悪びれる様子もなく)見つかってしまったな。さすがは要。

領主 千早、何をしておるのだ。

千早 父上に所領を少し分けていただきたいと申し上げた際、よく学び、よく稽古に励めばくださるとのことでしたので。

領主 わしはよく学びよく励めば考えてもよい、と言うただけじゃ。必ずとは言うておらぬぞ。だいたい、それでなぜ合議を盗み聞くことになるのだ。

千早 書物で学べるは過去のこと。今のことは学べませぬ。今を学ぶには、合議での話を聴くが早道かと。

 ほっほっほっ(笑っている)これは一本取られましたな。お屋形様。

領主 爺・・・

 さあ姫様、もう本日の合議は終わりますぞ。次はなんのお稽古で?

千早 馬じゃ。行ってくる!

領主 忙しい奴じゃ。

 お父上によう似ておられます。よく見、よく聞き、何からでも何かを得ようとなさっておいでで。所領の件も、何やらお考えがあるやもしれませぬな。

領主 ・・・


7

妙と小夜がお茶の稽古のためお茶室へ向かっている。合議の場から厩に向かって走る千早は二人に気づかない。妙が千早を見つけて呼び止める。

 姫様、姫様! お待ちくださいませ、姫様!

千早 うっ妙か・・・(まずい時にまずい者と鉢合わせたと思っているが、仕方なく立ち止まる)

 (小走りで近づき)姫様、こちらにおわしましたか。

千早 妙、どうした。

 お茶のお稽古でございます。御家臣方のご息女は既にお茶室にてお待ちでございます。

千早 そうか。(お茶の稽古には触れたくないので)小夜、息災か。

小夜 (にこりと微笑み、丁寧にお辞儀する)

千早 そうか、ならば良い。

 ほんに、良いところで。姫様もお茶のお稽古においでなされませ。

千早 いや、わしはこれから馬の稽古じゃ。お茶はまた次の機会に・・・

 馬の稽古はもっと後でございましょう。

千早 馬の世話もあるのじゃ。馬との信頼が築けなければ落馬も起こりうるのじゃ。手は抜けん。

 それも含めましても、お茶のお稽古は十分できまする。
本日、津島家の弥生様はお輿入れがお決まりとのこと。姫様は弥生様を姉君のように慕っておられましたな。何か言葉をかけて差し上げては?

千早 (少し驚いて)・・・そうか、ならば、行くとしよう。
(三人で茶室へ向かう。千早が前を歩き、妙、小夜の順に続く)
それで、弥生殿の輿入れはいつ・・・

妙 再来月とのことにござります。

千早 弥生殿は得心しておるのか?

 弥生様は笑うておられましたゆえ、得心されているものと。

千早 相手は嫡男か、次男か。弥生殿に相応しく、釣り合いの取れる男か?

 二十二歳ではございますが、公明正大で剣の腕も確かなお方とか。

千早 どのような家の者か。

 ご安心くださいませ。盟約を結んで長く、お屋形様も信を置かれるお家でございます。

千早 そうか、ならば一安心じゃな。

 はい。ご婚儀には、お屋形様もお出になり、一層盟約を強くするおつもりのようでございます。

千早 それなら良かった。・・・母上の時は、妙、お前と二人きりで参ったのであろう?

 ・・・左様でございます。あの頃はまだ、あちらこちらで諍いがございました。ご婚儀を快く思わぬ者もおりましたゆえ、家臣に警護されながらこのお城に参りました。

千早 警護の家臣はすぐに引き返したのであろう?

妙 ご実家の警護をせねばなりませぬゆえ。なれどお母上様の警護は、お屋形様が既に整えておられましたぞ。

千早 恐ろしゅうはなかったか?

 お母上様は、お屋形様にお会いになるまでは、恐ろしゅう思われたやもしれませぬが、お屋形様に出会うて、晴れやかなお顔になられましたゆえ、恐れはすぐに消えたものと。

千早 そうか。弥生殿もきっとそうであろうな?

 はい、弥生様には気がかりはございませぬ。

千早 そうか、それなら・・・(妙の言葉に何やら含みがあるように感じて)ん? なんじゃ、他には気がかりがあるのか。

 弥生様をはじめ御家臣のご息女の皆様は、お茶やお華、和歌なども随分上達なされました。小夜殿のてられたお茶などは、皆様が声を揃えて、ひと味もふた味も違うと褒めちぎっておられるほど。
姫様は水をあけられてしまいましたぞ。わたくしの気がかりはその事にございます。

千早 なんじゃと! わしを侮るな! そのような差、すぐに埋めて見せるわ! 

 (溜息をつきながら)姫様、お茶であれ和歌であれ、続ければ続けるほど身になるもの。すぐ埋められるものではございませぬ。

千早 言うたな! 目にもの見せてくれる! 急ぐぞ! 早う参れ!
(大股で歩いて行く。妙は追いかけようとはせず悠然と歩く。小夜がその後ろでどんな顔をしていればよいのか困っている)



(つづく)






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