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Sweetheart 第一話

魔女の末裔と呪われた山羊

はじめに

•創作BL小説です。R18の話が含まれています。
•以下の要素が含まれます
BL/男だけの三角関係/吸血鬼/黒魔術/触手/去勢/カントボーイ/男性妊娠/グロテスク•暴力的な表現/冒涜的なナニカ
上記の要素がお好きな方のみお楽しみください。
•本作『Sweetheart』のみでもお楽しみいただけるよう第一話にて説明していますが、この作品は前作『病ませる水蜜さん2 怪異対策課の事件簿』の後日譚にあたります。一緒に読むとさらに楽しいので、前作もぜひぜひよろしくお願いします。noteで全文無料です。

あらすじを短めにまとめた記事
『病ま蜜』がわかる本1
『病ま蜜』がわかる本2

それでは本編をどうぞ。

第一話の一『プロローグ』

 人間たちが『魔女』と呼称する者たちは、原初聖霊に近い清らかな存在であった。長い時間をかけて彼らは人間と見分けがつかないほどまで穢れ、魔女狩りによって数を減らし、現在も忌々しい悪魔狩りの連中によって肩身の狭い思いをしながら滅びの道を辿っている。そも悪魔だの魔女だのと人間共は粗雑な名前をつけ十把一絡げに忌み嫌うが、その中にはごく僅かながら純粋な超自然から生まれた尊い存在もいるのだ。

 シンディ。彼もまた、護ってやらねばならない希少な血と無垢な魂を抱いて産まれ落ちた者。


二『僕のどうでもいい半生』

 僕の名前はシンディ。女の子みたいな名前だけど、心も体も男だ。理由を説明するには、まず僕の一族について説明しなければならない。
 魔女の末裔。僕はそう呼ばれている。かつて魔女と呼ばれ、時代によっては処刑されるくらい差別や迫害を受けた人々がいた。魔『女』とは言うが、中には男性もいた。彼らが魔女とされた根拠については諸説ある。薬草を使って今で言う薬剤師のような仕事ができた、医学の知識があったから。あるいは天文学や歴史に詳しく、そのデータを駆使して『占い』『予言』のようなことができたから。このあたりは現在となっては科学的に説明できてしまうことだ。でも中にはいわゆる本物の霊能力者も混ざっていた。僕はそちら側の人間だ。
 普通の医師免許も持ってはいるが、それはあくまで処世術。僕のユニークな能力といえば、怪異を解体してそれの持つ能力だけを抽出する黒魔術だ。毒蛇から毒薬を作り出すように、悪霊の呪いを小瓶に入れて持ち歩く。それを使えば、怪異の不思議な能力を我が物のように使える。凶器不明の殺人すら行える。そんな小さいことだけではない。御伽話に語り継がれるような強大な聖霊や、歴史に名を残すほどの怨恨を抱えて死んでいった悪霊の執念を手中に収めることができれば、世界をめちゃくちゃにすることだって夢ではない。
 僕のママは、そう思わせてくれるくらい膨大な知識と技術を蓄えた偉大なひとだった。ママは魔女であることに誇りを持っていて、ご先祖様から受け継いだ黒魔術という財産を優秀な娘に継がせることこそが最も大切な使命だと信じていた。
 でも、生まれたのは男の僕だった。ママはガッカリしたんだと思う。どうして男じゃダメだと思ったのかは、僕にはよくわからなかった。僕が父親のことを何も知らない、教えてもらえなかったのと関係があるみたいだ。とにかく、ママは娘がよかったので僕に『シンディ』と女の子の名前をつけた。そして、男性器を切除して女の子として育てた。ママにとってはそんな手術は簡単なことだった。
 幼少期の僕はママの言う通りに女の子であろうとがんばっていた。だけど、十代後半にもなると僕はやはり男なんだと思うようになった。十六歳で義務教育が終わるときに僕は女のふりをすることをやめ、イギリスのごく普通の青年らしく寮に入って勉強をし、大学へ進み、医者になった。『普通の人』のふりができるようになったほうがママの役にも立てると、ある人に助言されたからだ。そのあたりは退屈な作業だったので語ることは無い。
 男として生きると決めたことをママに伝えるころには、ママはとても疲れていた。毎日ため息をついたりずっと泣いていたり。僕もとても悲しかった。なんとかしてあげたかった。あるときママは『楽になりたい』と言った。僕は十代になるころにはママの知る魔女の知識と黒魔術を学び尽くしていたから、それを超える働きを見せてママを喜ばせてあげようと思った。果たしてそれは成功した。ママはもう泣いたり苦しんだりしなくなった。絶対割れない、特製の美しいガラス瓶の中で静かに僕のことを見守ってくれるようになった。それで僕は安心して、ママを連れて都会に出たんだ。
 助言通り医者になったことで、みんな僕を優秀な人間だと好いてくれた。たくさんお金も貰えたし、素敵な家を買ってママと一緒に暮らした。はじめは、それで幸せだと思っていた。
 状況が大きく変わったのは、僕のところに魔生物管理省の役人が来たとき。その名の通り普通の生物じゃないもの……日本では『怪異』『幽霊』『神様』と呼ばれる存在たちを管理する、国が秘密裏に運営している組織だ。僕らの国では神はいろいろたくさんいるって考えは一般的じゃない。日本では神様と尊敬される存在も『聖霊』というカテゴリで、あくまで人間が神の加護のもと管理するものだと認識されている。少なくとも、職員の大部分を占める悪魔祓いの信心深いヒトたちはそう信じていると思う。
 それまでは一人で怪異を捕まえては研究していたけれど、個人の力では限界があった。それを感じていた矢先に受けた彼らのスカウトはちょうど良いと思った。こうして僕は魔生物管理省が運営している魔生物管理局というところに転職することにした。表向きの扱いとしては公務員で、人間に害を及ぼす怪異を捕まえたり駆除するのが主な仕事。僕は医学的な知識も活かして怪異の研究者として働くことになった。警察の鑑識のようなことや、怪異に傷つけられた職員の治療などを担当していた。怪異と戦った者は多くが外傷だけでなく、霊障や呪いも一緒に受けているので普通の医者では治せないことがある。警戒度の高い怪異と接触する際は、僕を後方に配置しておくと安心だと重宝されていた。
 任された仕事をきちんとやれば、個人的に興味を持った怪異の研究も許された。悪くない環境だった……人間関係の問題を抱えるまでは。
 僕の赤い髪と緑の目は大好きなママから貰った素晴らしい贈り物。僕はそう思っているけど、僕の国では『典型的な魔女の証』であると思う人が少なくない。実際僕は黒魔術も得意だったけど、見た目からして魔女の末裔であることを隠さない僕をよく思わない人たちもいた。厳格な悪魔祓いのグループだ。
 現代の魔生物管理局では、人種も出自も関係なく協力しあうことが当然とされている……建前としては。実際、最初はそうできていた。しかし僕の仕事ぶりが評価してもらえるようになると、古い伝統的な悪魔祓いの人からは忌々しく見られるようになってしまった。治療と称して人間を黒魔術の実験台にしようとしていると噂を立てられたり、悪魔の手先だとして怪異ごと殺されそうになったことすらあった。僕は何も悪いことはしていないのだからとはじめは無視していたが、殺されそうになるのは無視できないし流石に疲れてきた。
 そんな頃、ふと『別の国に移住してみよう』と思い立った。とにかく遠くへ。それから、悪魔祓いがいないか少ないところ。魔女を嫌わない国。あと、できたら珍しい怪異や神秘がたくさんありそうな場所……というわけで、とりあえず選んでみたのが極東の島国だった。日本には警察の中に『怪異対策課』というイギリスの魔生物管理省と提携しているところがあって、そこへの就職を融通してもらった。僕を嫌っていた人たちも、遠くに消えてくれるならとかえって協力的なくらいだったので手続きは簡単にできた。最低限の大事なものだけを抱えて、さっさと旅立った。故郷を惜しむ気持ちは無いのかと誰かに問われたが、よくわからなかった。言語はまた学習しなおせば済むし、元々ママ以外の生物には好奇心以外の興味は無かったからだ。『絶対ここにいたい』『そこに帰ってくれば安心できる場所』という感覚を理解することができなかったのだ。このときはまだ。
 そんな僕にも、日本で何もかもが変わってしまう経験が待っていた。素晴らしい、かけがえのない、運命の出会いをした。それがあまりにも眩しくて、いままでのくだらない僕はどうでもよくなってしまった。彼に出会ってから……彼に受け入れてもらえた瞬間からの僕が本物の僕だったんだ。あの人が僕を、真の意味で産んでくれたんだと思う。そんな素敵なひとに、今は一生懸命愛を伝えている真っ最中。それがうまく伝わらないのが、最近の僕の悩み事。

三『シンディの好きな人』

 郷徒 羊(ごうと よう)、外見は二十代の日本人男性。怪異対策課所属、怪異専門の警察官。年齢の割に白髪の混ざった黒髪は艶が無く、最低限の身だしなみ程度に切り整えてある。アンダーリムの眼鏡の下には細くつりあがった一重の目。小柄で学生にも間違われる割に、老人よりも疲れているような輝きのない瞳、そんな目の下にはくっきりした隈。小さな口には歯並びの悪いぎざぎざした歯が並んでいて、長年摂食障害を患っているため酷く痩せている。顔色も悪いのが通常営業。幼い頃から霊感が鋭く目に見えないものに怯えていたため、『普通の人間』だったときから幽霊のような扱いを受けてきた。
 羊は怪異である。六十年ほど前までは人間だった、後天的な不老不死の個体である。超回復能力を持ち、普通の人間ならは死んでしまうようなダメージも時間が経てば回復する。身体のパーツが欠損しても再生してしまう。彼を死に至らしめる方法は、彼が不老不死化して六十年経った現在も発見されていない。そして半世紀以上経っても、彼は若い姿のままだ。そういう化け物になったのである。
 シンディが恋したひと……郷徒羊は、そういうひとだ。羊とシンディは、出会ってすぐにある事件に巻き込まれて運命を共にすることになった。同じ人魚の血を飲み、不老不死の怪物に変生した。それが二人の馴れ初め。

 山の多い某県の中でも特に『山奥の田舎』と呼ばれる町に、その寺はある。禎山寺(ていさんじ)という長閑な寺だ。それなりに大きな建物と敷地ではあるが、管理は歴代の住職一家のみでしており、外から弟子を迎え入れたりはしていない。町内の人はほとんどが檀家で、今どき珍しい地域の繋がりが強いアットホームな平和を保っている。
 そこの住職は代々霊感が強いと評判で、除霊などの相談に訪れる人は後を絶たない。怪異退治にも定評があり、住職の一族である寺烏真(てらうま)家は怪異対策課に長年貢献している。羊はその縁から寺に住まわせてもらっていた。ずっと老いることのない青年は普通なら不気味がられるだろうが、赤ん坊のころから怪異を見慣れた寺烏真家の人たちは羊のことを当たり前のように家族として受け入れてくれた。そのおかげで、羊はなんとか平静を保って生活できている。
 寺の朝は早い。しかし羊は誰よりも遅く寝て誰よりも早く起きる。摂食障害のほかにも睡眠もうまくとれない体質なので、夜中も目を閉じてじっとしているだけなのだ。手短に身だしなみを整えると、まずは境内と門の外の掃除をする。そのまま外に出て、近くにある墓地へ向かう。仕事のある日は簡略化させてもらうが、今日は怪異対策課の仕事が休みであるので隅々まで掃除をする。最後に、最も丁寧に掃除するのは寺烏真家の墓……歴代住職が眠る場所。
 今の住職の父親にあたる先代住職•寺烏真蓮(れん)は羊の二歳年上で、同年代のよしみで先輩後輩のように可愛がってもらっていた。誰にでも気さくな兄貴肌の男性で、怪異に襲われやすい体質なのに戦う力の無い羊を心配してくれた。羊が苦しみぬいた末に望まぬ不老不死になってしまったときは一緒に泣いてくれて、天涯孤独の羊を引き取り寺で保護した。羊にとっては大恩ある人物なのである。そして、初恋の人でもあった。
 わかっている。蓮は出会ったときすでに妻子ある身だったし、羊だって幸せな家庭を壊す気なんでなかった。ただ、理想的な家庭で幸せそうに笑う彼を密かに想っていたかっただけだ。蓮もそれを察してはいて、恋心には気付かぬふりをしてそれ以外のすべてを与えてくれた。若い時は兄のように。蓮の娘たちが成長すると、もう一人息子がいるかのように。立派な老僧になると、可愛い孫のように。実親には育児放棄され家庭というものを知らなかった羊に家族愛を教えてくれた。羊を残して寿命で死んだ後のことも常々考えていて、子供たちに『くれぐれも羊さんを頼む』と言い残してこの世を去った。つい先日の出来事だ。
 墓石に水をかけて、丁寧に磨く。彼の身体に触れられなかったぶんを取り戻すかのように。花は枯れないうちに取り替えている。取り替えた花は持ち帰って自室に飾る。彼と同じものを愛でていたいから。清掃が終わると、目を閉じて手を合わせる。返事などかえってこないとわかっているが、心の中で語りかける。一連の行為が終われば、未練で重たい足を引き摺り寺へ帰っていく。
 羊は、蓮に深く感謝している。普通の人間の寿命をいっぱいに使って、羊の居場所を残してくれた。その優しさを今でも愛している。だけど……酷く身勝手な理由だとわかってはいるが、憎んでもいる。彼は妻を愛していて、羊が恋人になれることは絶対になかった。そして必ず先に逝くことをわかっていた。それなのに優しかったから、恨んでいる。いっそはじめから、手を差し伸べないでほしかった。蓮に出会わず、誰にも愛されない惨めな人間の羊のまま怪異に喰われて死んでしまっていればよかったのにと、思ってしまうときがある。でも、もう何も知らなかったころには戻れない。愛されて、愛することを覚えてしまった。祝福は呪いでもある。『羊さんには、幸せに生きていてほしい』今はもういない蓮の願いに、がんじがらめに縛られて一歩も動けないのだ。彼の葬儀の日からずっと。これから途方もない時間を生きていかないといけないのに。

「Morning、ヨウ! おやすみの日もがんばりやさんですねー」
 羊が寺の正門まで戻ってくると、その姿を遠目に見つけたシンディがにこやかに手を振っているのを見つけた。
「おはようございます。わざわざ禎山寺まで来るなんて……緊急の怪異事案でも?」
「ノー、ボクもお休みだって知ってるくせにー。ただ会いにきちゃダメですか?」
「いいですけど、何もありませんよ。わざわざ外出許可を得て遠いところまでご苦労様です」
 羊は陰鬱な表情をぴくりとも動かさず、私の部屋にどうぞと言い残してすたすた歩いていく。シンディは大袈裟に寂しがってみせるが、羊の塩対応はいつものことだ。
 シンディは羊と共に不老不死になってから約六十年、欠かさず求愛行動を続けている。しかし未だに羊から色よい返事はもらえていない。羊は、シンディの愛情表現を信じてくれない。ひねりのない直球の告白をし続けているのに。法律はどうあれ結婚してほしい、一緒に住みたい、愛しあいたい、ずっと一緒にいてほしい。そんな熱烈な言葉はすべて、広い砂漠に手作業で水をまくより響かない。
 デートの誘いは断らないし、かつてはシェアハウスしたこともある。求められれば恥じらいもなく肌を晒し、無抵抗に寝転がる……羊は決して逃げないし拒まない。だが、そこに愛情のやりとりは感じられないのである。何故こんな妙な関係になったかというと……羊の自己肯定感の極端な低さとシンディの第一印象のまずさが最悪の噛み合いかたをした、とでも言おうか。
 羊は前述の通り、親に育児放棄され劣悪な環境で育った。二次性徴前に近所の男子中学生に公衆便所裏で犯されたのが初体験。加えて彼は、怪異に性的な意味で魅力的に見られてしまう『香餌』という厄介な霊媒体質だったので数えきれないほどの怪異にも犯されてきた。その中で人間との恋愛経験はゼロ。羊は自分が他の人間に愛される要素は何も持っていないと信じ込むようになり、特に貞操観念はボロボロで自身を『怪異用の公衆便所です』と言い捨てるまでに至っていた。
 シンディが羊に興味を持ったのは、そんな羊が身体を張って文字通りの餌となり怪異を釣り上げた怪異事件記録を読んだのがきっかけだった。その頃のシンディはまさか自分が誰かに恋をするなんて微塵も思っていなかったので、羊のことを面白い観察対象だとしか思っていなかったのである。だから、羊に最初に近づいたとき『診察するついでに、その珍しい体質を研究させてほしい』という理由で肉体関係に近い接触を行ってしまったのである。羊は怪異対策の役に立てばと思いシンディの申し出を受け入れた。
 ここで致命的なすれ違いが発生してしまった。
 シンディは『こんなプライベートな部分まで嫌な顔ひとつせず開いて見せてくれるなんて。怪異研究マニアの僕を気持ち悪がったり怖がったりせず受け入れてくれる人、はじめて』と感動し、羊の行動を献身的な愛と解釈して惚れてしまった。シンディは母性に飢えた深刻なマザコン気質だったからである。
 実際は、羊は自身をゴミ以下だと思っているから、好きにしていいと気軽に言っただけなのだが。自暴自棄というか、セルフネグレクトや自傷行為に近い反応だった。
 結果として、シンディの気持ちが恋愛感情に発展してもそれがわかってもらえなくなり、羊はいまだに『珍しい実験用マウスを手放したくなくて、結婚とか愛してるとか甘い言葉で飾って囲いたいのだろう。そんなことしなくても逃げないのに』と冷たい反応しかしないのである。羊の頑固すぎる自虐も相当のものだが、シンディの自業自得感はどうしても否めない。
 しかし、シンディは諦めない。底抜けに明るく前向きで、どんなに素っ気なくあしらわれても情熱的な求愛を続けている。今はただ誤解があるだけで、やり方が間違っていなければ、正解を見つけられれば羊と愛しあえるのだと手を替え品を替えアプローチする。実に半世紀以上。決してめげずに。
 シンディの自分中心な考え方は突き抜けていて、逆に自分のことを一切考えに入れない羊と対極的だった。それが二人の間の深い溝となるのか、あるいは足りないものを補い合う関係になるのか、答えは出ないままでいる。

「シンさんまた来たの? 最近多いんじゃない」
 外の会話を聞きつけて出てきたのは、現住職の寺烏真鈴愛(れあ)。還暦を迎えたところだが、どこか少女のような愛らしさのある穏やかな尼僧である。シンディに対しては厄介者が来たという態度を隠しもせず、羊を後ろに庇って「最近多い」を強調する。すべてお見通しなのだ。羊が慕っていた蓮……彼女の父親が先日亡くなったので、シンディがここぞとばかりに羊に猛アタックしていることは。
「レア……小さいころはとってもなかよし、一緒に遊んでくれたのに……すっかりサダコそっくりの厳しいマダムになってしまって……」
「そーよ、私も子どもの頃はわかってなかっただけ。パパはシンさんのことずっと嫌ってたし、貞子お祖母様からは何度も注意されていたの。シンさんは羊さんには有害な変態怪異だから、お寺でしっかり守るようにって」
「シンが変態かつ怪異なのは事実ですしね」
「ヨウまで……ひどいですぅ……」
「はいはい。遊びに来たのは仕方ないからお茶くらいは出してあげますからね」
 シンディが不老不死になったのは二十七歳のころ。羊と同じく今でも青年の姿を保っているが、鮮やかなエメラルドグリーンの目は大きく睫毛も長く、童顔なのであざとい仕草が憎らしいほどしっくりくる。中性的な美貌で涙ぐんでみせれば男も女も騙されるが、彼の本性を知る一部の人々はこのような反応である。
「Oh……いけない、そうじゃなかった。今日は遊びにきた違います、迎えにきました。ヨウ、お時間ありましたらボクと一緒にきてほしい。紹介したいヒトがいるんです」
「どうせ私のスケジュールは全部把握しているくせに……紹介したい人? 私にですか?」
「ボクがイギリスにいたときにお世話になったヒトです。日本まで会いにきてくれるのはハジメテなので、ヨウにも会ってほしいなと」
「イギリスの……ああ」
 そこまで言われて羊もピンときた。シンディが来日したのは六十年前で、それ以来祖国イギリスに帰ったことはない。そんなシンディがお世話になった人となると、人間であれば最低でも八十代後半、おそらく百歳近いことになる。イギリスから日本への旅路が心配になる年齢である。しかも、六十年も経ってやっと会いにくる時間感覚……十中八九、怪異かそれに近い存在なのは間違いない。
「わかりました。同行しましょう。日本でシンディが不老不死の怪異になった経緯は、私も同席して説明するのが早いでしょうからね」
「うーん、それもあるんですけどぉ……一緒に来てくれるのならとりあえずオッケーです!」
「英会話には自信がありませんが」
「ヨウは一緒にいてくれるだけでいいですよ」
 心配そうに見つめる鈴愛には『怪異対策課にこまめに連絡するから大丈夫』と告げ、羊は手早く着替えてシンディについて行った。寺から少し離れたところに立派なリムジンが待っていた。田舎の田んぼ道の狭さには耐えられなかったのだろう。見慣れない高級車、ドアも執事っぽい黒服の男性に開けてもらう豪華さに羊は面食らうが、シンディは慣れた様子で車内に乗り込みつつ「ヨウもこちらへ」と手招きした。シンディの知り合いというのは、かなりのお金持ちであるらしい。

第二話へ続く

おまけ

前作『怪異対策課の事件簿』よりイラストや4コマ漫画を一部再掲

六十年前の禎山寺
若かりし頃の蓮と羊
蓮の葬儀のときの羊
羊とシンディ
羊キャラシ
シンディキャラシ

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