XY ランジェリー・コラボ企画
ランジェリーで物語を、という試みのもとで書かれた二つの掌編です。
デザイナーからランジェリーのコンセプトを詳しく伺い、ある女性の姿が浮かび上がるような文章作りを心がけました。
実際にランジェリーを購入していただいた方に向けての掌編でしたが、ここで改めて掲載させていただきます。
前編 オンリー・ワン
有名なジャズクラブに入って記名し、受付にご祝儀袋を渡した。席次表は楽譜に重ねて印刷してあり、洒落ている分、ちょっと見にくい。楽譜の曲はナット・キング・コールの『L-O-V-E』だという短い一文があり、知らない人はネットで検索を、という感じだ。
「オンリー・ワン・アイ・シー あなたしか見えない」
という歌詞の辺りに自分の席を見つけて移動した。いわゆる友人席で、他に中学校からの女友達の名が五つ、テーブルを囲んでいる。綺麗に飾られたテーブルには、ガラスやアクリル製のオブジェが多彩なテーマに従って置かれており、デザイナーである新婦の手製と察し、早くも微笑ましい気持ちにさせられた。それらのテーブルと同じくらい着飾った人々の間を歩いていくと、すでに勢揃いしている女友達が振り返った。
「やだ、久しぶり!」
などと次々に歓声が起こる。みなすっかり同窓会気分で盛り上がっていた。再会を喜び合い、我らが新婦の門出を祝う日をどれほど心待ちにしていたか口早に喋った。
新郎の噂や評判を共有し、余念なく式場を品評し、さりげなく「自分なら」というお決まりのフレーズを口にする。
「これ手作りなの? やだ気づかなかった、すごい!」一人がテーブルのオブジェの一つを手にとって眺め回した。「全部作るって、すごすぎない? 旦那さん、年上のお医者さんなんだから、飾りたいもの買ってもらえばいいのに。私ならそうしちゃう」
努力すること自体が瑕疵であるような揶揄めいた調子。祝いの場にありがちな、相手と自分を比べるというより、切り分けられない態度。自分なら。まるでお互い何もかも一緒でなければならないというよう。
「旦那さんの趣味で式場決めたから、他にやることなかったんじゃない」別の一人がずけずけ言う。
「中にお花が入ってて綺麗。私好き」一人が擁護というより中立を示すために言った。「他に建物の模型とか写真とか入ってるし。どうやって作ったんだろ」
「ボタニカルアートでしょ」一人が知識を披露する。「テレビで作るの見たけど面白そう」
おそらくその手で作ることはなさそうだったし、誰一人肝心なことに気づく様子はなかった。新婦が伝えたいこと。その努力の意味。
「私たちが一緒に旅行した場所でしょ」
新婦を応援する気持ちから、そう言った。みな黙った。それから、わっと盛り上がった。伊豆、沖縄、台湾、ニューヨーク、パリ、ロンドン、イスタンブール……それぞれを象徴するものが封じられたオブジェ。中学、高校、そして半数は、大学まで一緒だった友達だ。一緒に旅する機会が多くて当然だろう。
「思い出を忘れないでってこと? やだ泣ける!」買えばいいと言っていた子がすっかり態度を変えてわめいた。
「よく気づいたねぇ」中立好きの子が目を丸くした。
「多分そうかなって」
適当に返しつつ、もう一つの意味については言わずにおいた。新郎の趣味で埋め尽くされたこの場所で、きちんと自分を主張できている。そういうことが苦手な、自分の意見を引っ込めがちな新婦だった。よしよし偉いね、と心の中で誉めてやった。
「あんた、そういうとこ変わんないねぇ」ずけずけした調子の子が言った。「なんで気づけるかな。説明書とか置いてくれればいいのに」
「これ、下着?」知識を披露した子が手を伸ばした。「ドレスの外に出せるやつ?」
「お気に入りの勝負下着」そう返すと、みな笑った。輪の中で一人、異なる出で立ちをした人間を見つけたときの笑い方。気にせず微笑み返した。
「何の勝負よ。彼氏いんでしょ」いっそうずけずけして言う。
「フォーマルな気分にさせてくれるから、仕事でも着るよ」
また笑いが起こった。今聞いたことを考えないようにしようというようだ。
「仕事って建築系でしょ」知識好きの子が確認してくる。「超男社会じゃない。そんなの着て怒られない?」
「今の設計部署は、そうでもないよ」
「ずっと続けんの? 結婚は?」買えだの泣けるだの言ってた子が訊いた。どちらかしか人生では選択できないというようだ。
「続けると思う」
「なんで? そんな給料いいの?」重ねて訊いてくる。
「線を引くのが好きなの」
意味を込めすぎたかもしれない。ほぼ全員が理解しがたそうに眉を寄せている。わからない人はネットで検索を。それこそ一線を引く気分。
「昔から冷たいって言われてたもんねえ」中立好きの子が、知った顔で言う。
そう解釈されても構わなかったので、〝そうね〟という感じで微笑み返した。
間もなく新郎新婦の入場となった。案の定、新婦は伏し目がちで入場し、縮こまるようにして席に着いた。人前に出る決心をしただけでも偉いと思えるくらい内気な性格なのだ。せめて応援してやろうという気で、その機会を待った。
順々に式が進み、友人スピーチで名前を呼ばれた。
「あんたがやんの?」
友人達の意外な顔を尻目に立ち上がってマイクスタンドへ歩み寄った。型通りの自己紹介と祝辞。そして、あえて淡々とした口調で用意したスピーチを口にしていった。
「……目も合わせられない人見知りの彼女に、旦那さんになる人はどうアプローチしたんだろうと不思議でした。きっと眼科医なのね、と友人と話したものです」
列席者たちの笑い声。やっと新婦が顔を上げた。人前で指摘されて顔を赤くしつつ、こちらを見て笑みを浮かべる。そう。その調子。応援するよ。でも期待はしない。自分と比べることもない。あなたがどう生きるべきかはあなたの問題。
私はただの目撃者。
主役はあなたなんだから。
後編 シェイプ・オブ・ワールド
つつがなく式も終わり、二次会の会場へ友達全員で移動した。そろそろ人も混ざり合う頃だ。同じテーブルにいた子のうち二人が、近くの席の男性たちと、二次会は行くんですかといったことを話していた。
「スピーチ、良かったよ。あなたが頼まれてたって知らなかった。黙ってたの?」
中立好きの子が訊いた。なぜあなただけ特別扱いなの、と訊いている感じだ。
「お盆に実家に帰ったときたまたま一緒だったから。相談されてるうちに、何となく」
「相談?」
「不安で仕方ないからどうしようって」
「どうしようって言われても困るよねえ」
それが女友達の常道かもしれない。どうしよう、と一緒に困ってあげるわけだ。
「何て答えたの?」
知識好きの子が訊いた。他の二人は目当ての男性たちがいるのを見つけてとっくに席を立ち、二度三度と乾杯している。
「答えてないよ。何をしたら、二人が結婚をやめて、私たちがあなたと二度と会いたくないとほど嫌いになって、親や親戚が怒って式に来なくなると思う? って訊いただけ」
「そんなの立ち直れない」
中立好きの子が目をまん丸にした。質問とずれた感想なので、微笑み返すにとどめた
「あの子、何て答えたの?」
知識好きの子が繰り返した。
「わかんないって」
それが答えなのだと二人にわかるだろうか。不安が膨らんで息が詰まりそうになるのなら、最大級の何かが、どれくらい確実に起こりそうか考えればいい。それだけで、不安というキモチと、ワタシがいる現実を切り分けることができる。
「私もわかんない。というか、ないでしょ。そんなこと訊くってひどくない?」
中立好きの子が、割と正解に近いことを口にしてくれたので、説明せずに済んだ。
「そういえば、昔からみんながあなたに相談したわよね……なんでだったのかしら」
知識好きの子が言った。今さら大きな疑問に気づいたというようだ。
「冷たいこと言われるのにね。みんなマゾだったのかな」中立好きの子が言った。
「突き放されると、逆に楽になることあるじゃない。それよ」知識好きの子が断言した。
あえてうなずき、同意してやった。確かに相談されることは多かった。いろいろな悩みを。だがそれらは結局、全て同じ理由による悩みだった。
みな、すぐに溶け合ってしまうのだ。心の引力で。ワタシとアナタが、キモチと現実が、ごっちゃになる。カンカクがどうにかしろとささやき、目撃者が当事者になってしまう。
彼氏がイライラしているだけで、ワタシのせい? ワタシはどうしてあげられる? と不安になる。アナタの問題はワタシのものではないのに。二人の間に線が引けなくなる。
友達にシットする。上司がヒヤヤカでどうしたらいいかわからない。先輩がワガママで辛い。後輩からバカにされている。ミンナと話が合わないだけで不安になる。
ワタシにいろいろなキモチやカンカクがくっついて、心がどんどん崩れて苦しいのに、それが正しいことだと思ってしまっているからやめられない。
勇気を出して切り分けて。思えばずっとそう言っていた気がする。それはアナタ、これはワタシ。ミンナとは違う。溶け合うのは正しくて気持ちいいことかもしれないけど、ずっとそれじゃやっていけない。線を引かなきゃ、私が生きていることにならない。
しばらくして新婦の周囲の人だかりが散ったのを機に、三人で席を立った。
新婦はしっかり顔を上げてミンナを迎えた。
「みんなありがとうね。スピーチ受けてくれてありがとう。嬉しかった。本当に」
そう言って、ブーケを持ち上げてみせ、
「これ、スピーチの御礼に」
「それはいいよ」
あっさり断ると、横にいる二人が目を剥いた。別に傷つけたわけでもないのに。
「一本だけもらおうかな」
花束から一輪引き抜き、もう一方の手で新婦と握手した。
「じゃ、私これで帰るね」
二人が呆気にとられた顔になったが、新婦は笑ってうなずいた。
「うん。気をつけて帰ってね」
「あなたも。今日はおめでとう」
店を出てタクシーをつかまえ、帰宅した。フォーマルな服を脱ぎ、シャワーを浴びて下着を替えた。ワタシの輪郭を戻してくれるものを身につけ、ワイングラスを二つ出した。一つを花瓶代わりにし、自分のグラスにワインを注いだ。それから、携帯電話で自分の顔と花を一緒に撮った。どうせ、みなで画像を出し合うことになる。SNSの功罪。つながりの証拠を出さねばならない。とはいえ、決して嫌いではなかった。
携帯電話のアプリが整理するからだ。日付け。場所。思い出の種類。ワタシたちの輪郭。人が携帯電話で撮影する理由は、ワタシを盛ったり、いいねを喜ぶためだけじゃない。混ざり合う場所からワタシを切り分けるためだ。画像の日付けも場所も自分で入力するなら、いずれ面倒になって、ワタシが過ごした時間の全てが他の何かと混ざり合うことになる。
携帯電話の撮影機能は、最も身近な心のハウスキーパーだ。カオスのパイ生地からワタシを型抜きしてジンジャーブレッドの人形みたいに輪郭を作る装置。
携帯電話を充電させ、下着姿のまま寛いでいると、同棲している彼氏が帰宅した。
「早いな。お帰り。どうだった、スピーチ?」
「まあまあ上手くやれたかな」
「お疲れ様。どんな式だったか説明するのはやめろよ。君のスピーチしか興味ない」
「私たちの式はいつ? なんて訊かないから安心して」
「その格好を見てるとプロポーズしそうになるな」
「乾杯してからにしてくれる?」
「脱がせるのはそれからだ」
「私が? あなたが?」
彼が笑ってもう一つグラスを出す。ワタシが注ぐ。グラスの縁が触れ合っていい音がする。ワタシとアナタが触れ合い、温かな線が引かれる。
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