冲方塾 創作講座23 講評⑨時間感覚
本日もよろしくお願いします。
今回は人物の描写、特に人の感情を書くということに移りたいと思いますが、その前に前回の講義の内容を振り返りたいと思います。
これまでの描写は、人間の感覚に即してのものでした。
まずは「五感」を描写する。「距離」「空間」「印」を伝える。
そして「価値」を描写する。価値というのは常に変化する。
さらに時間を描写する。時間というのは、順番、速い・早い、遅いという概念を、人類というか生物に与えました。この三つが、大きくものごとの価値を決めています。
時間感覚を利用するフレーズにはどんなものがあるか。現代の物語においてもっとも力を持っているのが広告であり、その常套句はほぼ時間感覚にもとづいています。
新しさ、古さ。順番で言えば最初であったり、最後であったり。
希少性は、一つのサイクルの中で特に不足するものがたまたま手に入ったことを強調する。
多様性は、同じくサイクルの中で豊富に手に入ることを強調する。いくらでも時間をかけて、いくらでも好きなようにカスタマイズできます、など。
高品質というのも、その根本には適切な時間の観念があります。「長持ちする」「洗練されている」「巧みである」とかですね。
新鮮さ。時間をかけて生産された高品質的な価値観に対して、できたて、とれたてなど適切な早さを価値とする。「初物づくし」「今が旬」とか、特定のサイクルの最初であり、つまるところ新鮮で、腐敗などしておらず安全であると言っている。
瞬間的な価値観もあります。その瞬間にしかないから、価値があるとされる。「すぐに」「~した瞬間」「二分で」「三分で」「五秒で」「刹那の」「ひととき」など。
長期的な価値観。「御用達」など毎年必ず注文が来る、それだけ価値がある。「期間延長」はサイクルが追加される。それが価値の根拠になる。
こうしたみなさんも何度も目にしたであろうフレーズの背後にあるのは全て時間の感覚であるというお話をしました。
さらに人は、あの手この手を使って、新たな価値というものを創造します。
たとえば順番の入れ替え。「むしろ今これが新しい」といって古いものを刷新させる。
順番作り。「三大」「TOP」「キーワード」「十選」とかですね。
不適切な、速すぎたり、遅すぎたりするものも価値づけする。
「勇気を出して」「しまくり!」など、本来速すぎる・早すぎるものを価値にする。逆に遅すぎる場合は、「とことん」「し尽くす」などもう既にサイクルが終わっているのに、あえて追加させる。
逆に「もう待てない」「今すぐ」のように本来サイクルが始まっていないのに前倒しでやってしまおうみたいな価値観もある。
時間感覚をどう刺激すれば、その人の行動を変えさせて購入意欲を持たせられるか、という工夫をとことんやっているわけです。
こうした価値観は社会が豊かでなければ成り立ちません。商品の数もそれが手に入る時期も限られているなら、広告するまでもなく価値があるからです。しかしあらゆる商品が同時に手に入るようになると、同様の商品がたくさんあるなかで、なぜそれを選ばなければいけないか、という根拠を強く打ち出す必要が出てくる。
そのために人間の価値の根底にある時間感覚に訴えかけ、様々な感情を刺激するんですね。
信頼性は、「おなじみの」「実績を誇る」などのフレーズで刺激できる。
発見性は、「きっとここにある」「ここが重要なポイント」など。
保証は、「お墨付き」「あの人も買っている」など。あなたが試行錯誤する時間はいらない。すでに他の誰かがそうしてくれている、というわけです。ただし実際どうなのかは実証不可能なことが多い。
願望は、「したくなる」「もう一度したい」など。本来完結している物事にさらに次のサイクルを付加するのが基本です。
不満は、「したくない」「もう二度といや」など。アクシデントやサイクルを否定する。
不安は、「乗り遅れる」「間に合わない」「あなただけ」など。一時期、批判されたのが、不安を煽る広告です。あなただけが時間を損している、あなたは孤立しているというメッセージは、強力に作用するので、やりすぎると恐怖心や怒りも刺激してしまい批判の対象になる。
さて、広告というのは「人の経済活動を誘発するための文脈」であると話しました。
必ずしも個人の安全や幸福や美観において適切とは限らない、そこは広告の役割ではないんですね。経済効果が大きいものほど価値が高いということが広告の原理です。
これに対し、個人が納得できる、倫理的に正しい、エシカルな消費行動といったものが現代では出てきていますが、やはり最も力がある「描写」は、広告文であるといえるでしょう。
そんなわけで、前回の課題は「過去に自分が買った物、今まさに買いたくなっているものの「広告文」を抜き出し、どのような感覚を自分に与えたか確認してみましょう、というものでした。
いろんな感情を刺激された上で買ったと思いますが、その根本にある自分の時間の感覚を実感してみましょう。
ここから講評に入ります。
■課題1
「24時間戦えますか?」
1988年に流行語にも選ばれた、栄養ドリンク「リゲイン」のキャッチコピー。働き方改革を謳っている昨今において、こんなことを言い出したら即ブラック企業だと非難されそうなこのフレーズ。時間の活用としては、不適切な早さの活用(遅すぎる)になるだろうか。
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