【短編小説】可愛くないモノ Vol.9
先生とは、あの後すぐに彼女が出てきてしまって、それ以上話せなかった。―今日、また会えないかな?―私は、心療内科に向かう電車の中で考えた。いつもの如く満員なのに全く息苦しくならなかったのは、そんな期待に胸を膨らませていたからだ。
カウンセリングが終わり病室から出てきたとき、お会計をしている先生の彼女を見つけた。先生も一緒かもしれないと、私は院内を何度も見渡したけど、先生の姿は無かった。
「あの、この前、お会いしましたよね?」私に気付いた彼女が、そう声を掛けてきた。
「あ、はい。今日はお一人なんですか?」
「そうなの。だから心細くて」やっぱりとんでもない美人だなと、彼女の顔を見て思った。合コンの翌朝ラブホテルで私が思い描いたお姫様は、まさにこんな顔をしていた。
「翠さん、でしたっけ?」
「はい。大原さん、ですよね」
「ええ。あ、ごめんなさい、勝手に下の名前で。私のことも彩菜って呼んでください」とても柔らかく、幸せな雰囲気を持ったこの女性は、一体どんな悩みがあってここへ通っているのだろうと不思議に思った。
「気にしないでください。好きに呼んでくださって結構ですよ」
「ありがとう。もう診察終わられたんでしょ?」
「はい。後はお会計だけです」
「それならこの後お茶でもどうですか?」彼女の誘いに、私は驚いた。
何の意図があってそんなことを言うのだろう。私達の過去を知っているのだろうか。この前会った時、何か感じたのだろうか。でも、彼女からは悪意的なものは何も伝わってこなかった。
断ることも出来たが、私だって彼女のことを知りたかった。先生が愛する大人の女性のことを、十四歳の頃から知りたかった。
「いいですよ」私の口は、気づけばそう、返していた。
to be continued.....
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