【気まぐれエッセイ】はじめて借りたあの部屋
あの部屋の玄関に面した道は、細くて車が通れない。
それなのに、
私の東京生活初日は豪雨だった。
大きなトランクを
タクシーから部屋に運び入れた頃には
私も荷物もすっかりずぶ濡れになっていた。
「ただいま」とは
まだとても言う気なれない
ガランとしたあの部屋は
ロフトがある分
天井が、やけに高かった。
隣にはピタリと建物が立っていて
窓からの景色はちっとも良くない1階の部屋。
1階って、家賃が安くなるんだよね。
決して広くはないのに
天井だけがやたらと高いから、
なんだか閉じ込められてしまったようで
初日は泣いたっけ。
やる気満々で内見したときは、そんなふうに感じなかったのに。
結局、「自分の家」だと思い切れぬままだったけど
あの部屋で過ごした1年は
ほんの少し、でも確かに
私を大人にしてくれた。
高校卒業したての小娘にとっちゃ
激動の1年だった。
孤独や不安と同じだけ
夢や希望を
胸いっぱいに抱えて暮らしたあの部屋には
私の18〜19歳の1年が、詰まってるんだ。
誰も待っていないその部屋へ
「ただいま」と言って帰ることはなかったけれど
今あの部屋を想うとき
懐かしいような
愛しいような
"ただいま" と言いたいような
でも戻りたくはないような
不思議な気持ちになるんだよ。
あの部屋での想い出は全部
少し寂しい灰色で覆われているのに
ところどころに散りばめられた
キラッと光る記憶がやけに眩しくって
あの部屋を想うと
なんだか泣きたくなるんだよ。
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