【短編小説】可愛くないモノ Vol.6
私が会社に着くなり、優香がニヤニヤしながら駆け寄って来た。
「翠―」そう言って、優香は綺麗にマツエクの付いた目を見開き、私の顔を覗き込んだ。
「あー、はいはい、ごめんって」私は投げやりに言った。
「何で謝るのよ。いいんだって。今回は翠が主役だったんだから」
「え、何それ?聞いてないよ」
「だって言ったら翠、絶対来ないじゃない。ほら、一応さ、落ち込んでないとは言え、別れがあれば出会いもないとね」あっけらかんとしている様に見える優香の、こういう優しさが私は好きだった。
「そんな風に思っていてくれたなら、尚更ごめん。彼とはあの日だけだからさ」私は急に申し訳ない気持ちになった。
「そんなのいいんだって。気晴らしになればなっていう程度なんだから」
「優香、大好き」重たかった気持ちが、少し晴れた。
その日の昼食後、私は暫くぶりに起立性低血圧を起こし早退した。半年ほど前から立ちくらみが多く、酷いときには痙攣し倒れることもあった。とは言えすぐに楽になるので、たまたまだろうと放っておいたのだ。三度目に倒れたとき、ようやく重い腰を上げて病院へ行くと医師に、交感神経が低下しているせいで血管を収縮する機能が弱まり、下に流れた血液を押し戻すことが出来なくなっているのだと言われた。だから下半身にばかり血液や水分が溜まり、反対に頭には血が足りなくなって辛くなるのだとか。不規則な生活やストレスは自律神経が乱れる大きな原因になると言われたので、「生活リズムはわりと整っているけど、鬱っぽい気分が続いている」と答えた。そう言えばそのときカウンセリングを勧められたのだ。もう少し休んでから、行ってみようかな、とベッドの上でぼんやりと考えた。
*
中学生の頃、一度だけ貧血で倒れたことがあった。あの日は寝不足でもないのに、朝からボーっとしていて元気がなかった。昼食を食べ終わり、ますます頭に血が行かない感覚に襲われ、寒気までしていた。不運にもその後の授業は体育祭の練習だった。炎天下でポンポンを振らされ私の脳は限界を迎えたらしく、視界が、真っ暗になった。
目覚めると、体育教師が私を保健室に運んでくれているところだった。ベッドに寝かされたときには随分楽になっていて、意識ははっきりしていた。そのとき、先生が息を切らして保健室に駆け込んできた。
「霧島は大丈夫ですか?」倒れたとき、私は咄嗟に先生の名前を呼んだらしい。担任でもない先生を呼ぶなんて怪しまれたかも、と心配になったけれど、体育教師は特に何の疑いも持っていないようだった。
「すいませんね、担任でもないのに呼び出したりして。霧島が必死で先生のことを呼ぶものですから」
「いえ」そう簡単に答えた先生の顔は、心なしか嬉しそうだった。それは多分、私にしか分からないけれど。
to be continued......