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第27回「小説でもどうぞ」応募作品:自殺の理由
第27回「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「病」です。
病というか、病気があまりにも身近なもの過ぎて、逆になにをどう書くか悩みましたね。
悩みましたが、書きはじめるとすんなりいきました。やったぜ。
自殺の理由
俺の兄貴は心の病で病院に通っている。なんでも、勤めていた会社でひどいいじめに遭って辞めたのが原因とのことだった。
兄貴をいじめたやつのことは許せないけれど、それはそれとして、病院通いをはじめてから、兄貴は昔のように元気に過ごしている。
だから、もういじめのことからは立ち直っていて、今は社会復帰のための準備をしながらゆっくりと過ごしているのだろう。
この前会った時は元気そうだったし、もう大丈夫のように見えた。
そう、小学生の頃のように、俺のことを気にかけてくれる、やさしくて穏やかで、勇気ある兄貴に戻っているみたいだった。
たしかに一時期、落ち込んでいることが多かったけれども、その片鱗ももう見えない。だから、兄貴はこのまま社会復帰ができるのだと信じて疑っていなかった。
ある日、俺が会社で残業をしながら夕食のパンをかじっていると、母さんから電話がかかってきた。
残業とはいえ、仕事中に電話がかかってくるのは困ると思いながら電話に出ると、母さんは慌てたようすでこう言った。
兄貴が入院したから、俺にも保証人になって欲しいと。
兄貴が入院? 事故にでも遭ったのだろうかと思って話を聞くと、病院でもらっていた薬を一度に大量に飲んで自殺を図ったらしい。
飲んだ薬は取り出したけれども、まだ意識が戻っていないのだという。
これからどうなるかはまだわからない。このまま起きないかもしれないし、意識が戻ったとしても、壊死しかけた片足を切り落とすかもしれないとのことだった。
俺はもちろん、兄貴の保証人になることを了承した。
電話を切ったあと呆然とした。あんなに元気そうだった兄貴が自殺をするなんて信じられなかった。
小さな頃からのことが頭をよぎっていく。
ケンカをすることはあったけれども、両親が忙しい時に俺にかまってくれて面倒を見てくれた兄貴が死ぬかもしれない。
大きくなってからも、なんでも悩みを聞いてくれた兄貴が死ぬかもしれない。
いつだって、俺のことを守ってくれていた兄貴が死ぬかもしれない。
そうしているうちに吐き気がしてきて、トイレに駆け込んで胃の中のものを全て吐き出した。
それからしばらくの間、兄貴のようすを伝える電話から逃げるように会社に泊まって仕事を続けた。
会社の人は俺のことを心配したけれども、無理にでも仕事に没頭していないと自分も死んでしまいそうだった。
食事もまともにせず、寝ることもまともにしないで仕事を続けて何日が経っただろう。俺が電話に出ないせいか、会社のメールの方に母さんから連絡が来た。
明日、兄貴が退院するらしい。
そのメールを見るやいなや、俺は上司に有給休暇の申請をした。
上司は渋りながら理由を訊いてくる。俺は気迫を込めて理由を話す。
明日、死にかけてた兄貴が退院するから迎えに行くんだって。
すると、上司はひるんだ様子を見せてから、ずっと連勤だったしと言って有給休暇を出してくれた。
翌日、兄貴が入院している病院の最寄り駅で母さんと待ち合わせて、一緒に病院に向かう。病院についてからは、兄貴が入院しているERには家族でもひとりしか入れないようなので、母さんが兄貴に荷物を渡しに行った。その間、俺は待合室でふたりのことを待つ。
兄貴が病室からやってきて、俺の隣に座る。母さんは退院手続きと精算をしに窓口へと向かった。
母さんがいない間に、どうして自殺なんてしようとしたんだと兄貴に訊く。
たぶん、このときの俺は兄貴からしたらこわく見えたかもしれない。それくらいの勢いで詰め寄った。
すると兄貴は、昔と変わらない笑顔でこう答えた。
「だって、生きてるより死んだ方がメリットはずっと大きいでしょ?」
それを聞いて愕然とした。
兄貴はもう立ち直っていて、心の病も治ったのだと思っていた。
でもそれは大きな勘違いだった。
兄貴の心の中には、死に至る病が今でも巣くっている。
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