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第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」応募作品:月のウサギに会いに行こう

第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「悩み」です。
テーマ通り非常に悩んで仕上げた作品です。
いつもとちょっとテイストが違う感じに仕上がったかな~?と思っています。
お楽しみください。

月のウサギに会いに行こう

 いつも悩んでいることがある。なにかというと、悩みごとが無いのが私の悩みだ。
 なんだかパラドックスめいている。悩みがないのが悩みだなんて。悩みがないならそれに越したことはないのだし、ほんとうなら気に病む必要もないのだろう。
 けれども、悩みがないことで実害が出ているので困っている。
 どうやら私は傍目にも、明らかに悩みがないように見えるらしく、そのせいでやたらと周りの人に突っかかられるのだ。
 悩みがなくてしあわせだろうと嫌味を言われたり、悩みがないんだからこれくらいやれと仕事を押しつけられたり、そうそう、この前は仕事を上手くさばけない同僚に、個室に呼び出されて恫喝されたっけ。
 みんなが言うように、私にはこれといった悩みはない。
 なんせ私は優秀だ。他の人より手際よく仕事を終わらせられるし、残業とは無縁。業績が良いから給料も賞与も上がっていくし、客先からの覚えも良い。これもひとえに悩みが無くて、契約を取るのに必死すぎない雰囲気になっているからだろう。
 そんな私のことを、同じ営業所の人達は妬ましそうに見る。悩みが無いやつにはなにをやっても良いんだと誰かが言った。その時だったかな? 掃除用のモップの柄でみんなに殴られたっけ。バケツで水もかけられて、帰りの電車に乗れなくなって、歩いて家まで帰ったな。
 でも、そうなるくらい私にはこれといった悩みが無い。そして、それが目に見えて周りにわかってしまうのだ。
 悩みがないのが悩みだなんて、きっととんでもない贅沢だ。誰かに話したら、そんなこと言って甘えるなって返ってくるんだろうな。
 もっとも、私にはそんな悩みを話せるような人、どこにもいないけれど。
 なんとか悩みが無いように見えなくする方法はないだろうか。頭をひねって考える。
 メイクでいかにも顔色を悪くすれば良いのだろうか。それは手段としてはアリかもしれない。
 早速試してみようとメイク用品を広げて顔を白く塗ってみる。血色を悪くしたつもりなのにこれではだめだ。私の顔がますますかわいく見えてしまう。
 それじゃあ影を入れてみようか。頬がこけてるように見えるシャドウチークを入れる。これもだめだ。今度はイケメンになってしまった。
 顔のことで困ったのははじめてだな。私は小さい頃からずっとかわいくて、みんなからかわいいとか美人とか言われて育ってきたのだから。まさかかわいいのが仇になるとは思ってなかった。
 メイクで悩みがあるように見せるのは無理か。それじゃあどうしたら良いんだろう。袖をまくって左の手首を見ると、数え切れないほどたくさんの傷跡がある。
 別に、手首を切ったからといって悩んでるようには見えないだろうなぁ。この傷を作ったとき、しばらく包帯を巻いていたけれど、みんな、今日も元気だね。今日もかわいいねとしか言わなかった。今日もしあわせそうだねって。みんなそう言った。
 どうすれば悩んでるように見えるかなぁ。そう思いながらベランダに出る。
 柵から下を見てみても、ずっと下にある街灯の光が見えるだけ。
 逆に空を見上げると、薄雲がかかった月が見えた。
 ぼんやりと月を見る。風に流されて雲が消えていく。月の上で、ウサギが餅つきをしている。
 いいなあ、ウサギさんはつきたてのお餅を食べるのかな? 私にも分けて欲しいなぁ。最近、ごはんはサプリしか食べられてなかったけど、きっとウサギさんが作ったお餅なら食べられるよ。
 月にいるウサギさんにも悩みってあるのかな? 無いのかな? どうなんだろう。
 もし悩みが無いのなら、私も仲間に入れてくれる?
 流れる雲に隠れたり、顔を出したりしている月をじっと見る。
 悩みのない私の居場所は、ここじゃないのかな。悩みがないのが悩みなんて、絶対におかしいよ。
 私のこの悩みを、月のウサギさんなら聞いてくれるかな。笑って、悩みなんてない方が良いって言ってくれるかな。悩みがないのを褒めてくれるかな。
 そんなことを考えていたら、月に行きたくなった。
 月に行くには、スペースシャトルに乗らないといけないよね? いっぱい勉強して、いっぱい訓練して、宇宙飛行士になって、そうしないと月には行けないんだろうな。
 それはほんとう? 宇宙飛行士にならないと月には行けない?
 そんなことはない。宇宙飛行士にならなくても、スペースシャトルに乗らなくても、月には行ける。だって、かぐや姫がそうだったじゃない。
 私には月からのお迎えは来ないけれど、それなら自分で飛んでいけば良い。
 私は優秀だからなんだってできる。だから、自力で月にだって行けるんだ。
 月のウサギさん、私がそっちにお邪魔したら、きっとお餅を分けてね。一緒に食べよう。味付けはウサギさんにまかせる。
 それで、お餅を食べながら、私の悩みを笑い飛ばしてね。
 私はまんまるく輝く月を見据えて、ベランダの柵に足をかけて、宙に飛んだ。

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藤和
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