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第29回「小説でもどうぞ」応募作品:役所の書類が倒せない

第29回「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「癖」です。
癖と言われてもどう解釈するかなかなか難しいところでした。
とりあえずこんな風に解釈しましたよ。

役所の書類が倒せない

 悪癖がなおらない。
 私はとにかく書類の類いに手を着けるのが苦手で、どうしても溜め込んでしまう。
 仕事の書類は同僚や上司がケツを叩いてくれるからなんとかやれるけれども、役所の書類はほんとうにダメだ。
 年度末、確定申告の締め切りが近づいているのに全く手を着けていなくて非常にまずい。これは例年のことで、まずいことになっているのは今年だけではない。
 友人には、早めに手を着ければとよく言われるのだけれども、そんなことはわかっている。わかっているのにできないから困っているのだ。
 気が乗らないことを先送るにする癖をなんとかしたいのだけれども、どうやって改善したものか。
 仕事が終わり家に帰って、夕飯に菓子パンをかじりながらパソコンを開く。必要な領収書やレシートをテーブルの上に広げて、これからネットで確定申告をやろうと決意した。
 それなのに、気がつけばパソコンの画面には、いつも見ている動画サイトが表示されている。プッシュ通知で新作動画のお知らせが来るものだから、ついつい動画サイトを開いてそのままだらだらと見てしまっていた。
 これではまずい。動画サイトを閉じて、確定申告の入力フォームを表示させる。
 すると、今度はスマホにメッセージが届いた。
 スマホを手に取ってメッセージを確認して、SNSの通知も来ていたのでそのままSNSを開く。通知の内容を確認して、気がつけばずいぶんと長い時間タイムラインを眺めていたし、他のSNSまで覗いてしまっていた。
 なんてこった。定時に帰ってこれられて、すぐに確定申告をやろうとパソコンを開いたのにもかかわらず、なにも入力しないまま日付が変わってしまった。
 もう寝ないと明日も仕事だ。シャワーを浴びてもう寝よう。
 ずっと手に持っていた菓子パンの袋をゴミ箱に捨ててバスルームに向かった。
 シャワーを浴びて、布団に潜り込む。ああ、今日も確定申告ができなかったな。
 仕方がない。明日やろう。
 ほんとうにこれは悪い癖だ。こうやっていつもいつも面倒なことを先送りにしてしまう。
 最終的に困るのは私だってわかっているのに。

 普段よりもぐっすり眠れた翌朝、ものすごく早い時間に目が覚めた。
 スマホの睡眠管理アプリを確認すると、普段よりも眠りが深かったみたいなので、寝ている時間が短めでもよく寝た気がするのだろう。
 それにしても、起きるのが早すぎる。出勤まで四時間もある。窓の外はまだ薄暗い。
 どうやって時間を潰そうか。そう思ってテーブルの上を見ると、広げっぱなしの領収書やレシートが目に入った。
 ああ、どうせ時間を潰さないといけないなら、やってしまうか。確定申告。
 朝ご飯用に用意して置いたパンをかじりながらパソコンを開き、確定申告の入力フォームにアクセスする。
 なんとなくぼんやりした頭で、淡々と必要事項を入力していくと、思いのほか入力がはかどった。
 これはいけるかもしれない。そう思って、脇目も振らずに確定申告を進めていく。
 窓から入る光もずいぶんと明るくなった頃、確定申告の入力内容を送信できた。
 やれた! なんとか今年は締め切りを過ぎずに申告できた!
 いつもの先送り癖をなんとか克服できたことによろこびを感じながら時計を見ると、時計の針が九時を指していた。
 思わず顔から血の気が引く。確定申告に夢中になりすぎて、時間に気がつかなかった。
 これは遅刻確定だ。集中しすぎると時間を忘れる癖もなんとかしないとな……
 急いで着替えて間に合わせのメイクをして、慌てて家を出る。
 電車に乗っている間に遅刻するということと、遅刻の理由をちゃんと職場に伝えないと。 パンプスの踵を鳴らしながら、駅に向かって走って行く。もう出勤時間のピークを過ぎているからか、満ちゆく人影もまばらだ。そのまばらな人影が、何事かと私の方をちらちらと見ている。少し恥ずかしいけれど、そんなことを気にしていられない。
 遅刻をするのなんてはじめてだ。きっと上司に怒られるのだろな。
 そう思いながら走る駅までの道のりは、とても日差しが明るくて、なぜか清々しかった。

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藤和
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