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第34回「小説でもどうぞ」応募作品:ひとかけらのクッキー

第34回「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「最後」です。
すぐに思いつきそうなテーマなのに全然思い浮かばず、なかなかに苦労しました。
とはいえ、ほっこりしたお話ですのでぜひお楽しみください。

ひとかけらのクッキー

 大皿の上に、クッキーの最後のひとかけらがある。
 どうしよう。そう思いながら私は、ちらりとお父さんとお母さんを見た。

 テストなどなにかやり遂げたときやお祝いの時、お父さんはいつも大きなクッキーを焼いてくれる。どれくらい大きいかというと、オーブンの天板いっぱいの大きさの、一枚のクッキー。
 その大きなクッキーを、私とお父さんとお母さんとで、わいわいおしゃべりしながら、好きな大きさに割って食べるのだ。
 誕生日やクリスマスのケーキも好きだけど、お父さんが焼いてくれる大きなクッキーはもっと大好き。だからいつも、誕生日やテストは大歓迎なのだ。
 けれど、最近この大きなクッキーを食べることに戸惑いを感じる。
 お父さんとケンカしたとかそういうことではなく、最近なんだか太ってきている気がしているからだ。
 これはダイエットしないと。そう思ってごはんの量を減らしてくれるようお母さんに相談すると、お母さんはため息をついてこう言った。
「あんたの歳でごはんを減らすなんてダメだよ。下手にごはんを抜くより、しっかり運動しな」
 なんでごはんを減らしちゃダメなのかはわからないけれど、運動をしろというのはそれはそう。と納得できたので、このところは毎朝お父さんと一緒にウォーキングや筋トレをしている。
 朝早く起きるのはたいへんだけれど、お父さんと一緒にウォーキングしたり、お母さんがお弁当を作るのを手伝ったりするのは意外と楽しい。
 そんなふうに運動してダイエットしているのだけれど、なかなか体重が落ちない。やっぱり食べ過ぎなのではないだろうか。
 そう思ったけれどもお母さんはごはんの量を減らしてくれないし、せめてと思ってお菓子を食べるのを控えている。
 そこに来たる期末テスト。
 テストはつつがなくこなせたとして、この後に待っているのはお父さんが焼く大きなクッキーだ。
 いつもならこのクッキーが待ち遠しくて仕方ないのに、今回ばかりは少しだけ疎ましい。
 テストが終わって家に帰ると、わざわざ有休を取ってスタンバイしていたお父さんが、オーブンから熱々のクッキーをとりだして、お皿に乗せていた。お母さんも居間にスタンバイしている。
「おかえり。テストおつかれさま。
 クッキー焼けてるから、着替えてきたらみんなで食べよう」
「う、うん」
 にこにこと笑うお父さんにひとことだけ返事をして部屋に戻り、制服から部屋着に着替える。
 どうしよう。あんなにクッキーを食べたらまた太ってしまう。
 そう思いながら、お父さんとお母さんが待っている居間に向かう。気がつけば、お母さんが全員分の紅茶を淹れてくれていた。
 テーブルについて、熱々のクッキーをみんなで割りながら食べる。
 ふとお父さんが訊ねる。
「今回のテストはどうだった?」
「数学が全然わかんなかったよ。
 でも、古典はお父さんが教えてくれたから結構できた」
 今度はお母さんが訊いてくる。
「現国はどうだった?」
「現国はバッチリ。ただ、漢字の書き取りがなぁ……読むのはできるんだけど」
「読めるけど書けない、デジタル世代あるあるすぎる」
 そんな話をしながら、いつもより小さめにクッキーを割って少しずつ食べていく。
 やっぱり、お父さんが焼いたクッキーはおいしい。
 サクサクではないけど少ししっとりしてて、バターの味がしっかりしてて、バターの味が口の中にじゅわっと広がる。甘さが控えめなのも香ばしさを引き立ててるし、なにより、表面に塗られた卵黄がてかてかしてて、この食感はスーパーのクッキーじゃ味わえない。
 ほんとうは、お父さんのクッキーをいつも通りいっぱい食べたい。できれば全部独り占めして、おなかいっぱい食べたいくらいだ。
 でも、ダイエット中だから我慢しなきゃ。
 そう思いながらクッキーを食べていると、お母さんがちらりと私の手元を見る。
「今日はダイエットおやすみしたら?」
 突然そう言われてぎくりとする。どうやらお母さんは、私がいつもよりクッキーを食べる量をおさえているのに気づいたようだ。
 お父さんもにっと笑って言う。
「そうだそうだ。
 もうずっと、毎日がんばってるんだから、たまには息抜きした方がいいぞ。
 たまには息抜きした方がダイエットも長く続くだろ」
 お母さんとお父さんの言葉に、私は少し考える。
 そうだ。ずっとダイエットもがんばってるし、テストもがんばった。今日くらいは自分へご褒美をあげてもいいだろう。
 そう思った私は、最後に残った大きなクッキーのかけらを見る。
 さすがにひとりで食べるには大きいかな。そう考えながら伺うようにお父さんとお母さんをちらりと見ると、お父さんもお母さんもにこにこ笑っている。
「それじゃあ、もらうね」
 私はいつも通り、大きなクッキーの最後のひとかけらを手に取って頬張った。
 このクッキーの最後のひとかけらを食べると、私は特別な存在なんだって思えるんだ。

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