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第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」応募作品:不完全性定理の神さま

第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「神さま」です。
わりとすんなり産めたのですが、残念な結果でした。
個人的には書きたいことを書けた感じです。

不完全性定理の神さま

 週明けの月曜日、昨日行った教会で聞いた話を思い出す。かつて、神さまが存在する確率を計算した人がいるのだそうだ。
 でも、どのように計算したのだろう。私は数学どころか数字に弱いので、そのあたり全く想像ができない。なので、数学に詳しい友人に訊いてみることにした。
「すいません、神さまが存在する確率って計算できますか?」
 そう訊ねると、友人は渋い顔をしてこう答える。
「どっかでそんな話は聞いたことがあるけど、公式がわからないと計算のしようがないな」
「そうなんですか?」
 たしかに、求め方がわからないとどうしようもない。さすがにそれは私でもわかる。そして、私にはその公式がわからない。
 神さまがいる確率はわからないのか。そう思って思わずうつむくと、友人がそうしょげるなと言ってこう続けた。
「確率がわからなくても、確率が存在するのなら、その確率を面積に変換できる」
「……どういう意味ですか?」
 友人の言っていることがよくわからなかったので詳しく訊いてみると、確率を人間が住んでいる土地の面積に変換して、神さまがいる場所といない場所に振り分けられるのだという。神さまがいない場所というもの自体がいまいち想像しがたかったけれども、私が知りたいのは神さまがいるかどうか。そしている場所だ。
「どうやったら神さまのいる場所を知ることができますか?」
 質問ばかりになって悪いけれど、友人にまた訊ねる。すると友人は嫌な顔もせずに答えてくれた。
「神さまがいると信じている人は、神さまがいる場所に仮置きされることになる」
 神さまは信じる人のいる場所にいてくださる。その言葉に私は安心した。私は自らの信心を持って、神さまの元にいられているのだ。
 そう思ったのに。
「ただし、その神さまが本物かどうかはわからない」
「えっ? どうしてわからないのですか?」
 神さまはそこにいらっしゃれば、ご自身が本物だと証明できるはずだ。だって、絶対に正しい存在なのだから。
 私が戸惑っていると、友人は、これは数学的な見方だけれど。と前置きをした上でこう説明した。
「お前の信じてる神さまが唯一神である限り、神さまは自分自身の存在を証明できない。
 神さまという公理を証明するためにはより上位の公理が必要なのだけれども、神さまの上位存在が存在しないというのであれば、神さまの存在を証明できるものはない。
 どんな公理であっても、自分自身を証明できないことが証明されているからだ。
 これを『不完全性定理』という」
 神さまが自分自身を証明できない。数学的な見方とはいえ、そう言われてショックを受けた。
 思わず泣きそうな声で友人にまた訊ねる。
「……私の元にいる神さまは、偽物かもしれないということですか?」
 否定して欲しかった。私の元にいる神さまは偽物なんかじゃないと言って欲しかった。
 祈るように友人の言葉を待っていると、友人はまた難しいことを話しはじめた。
「本物の神さまである状態と、偽物の神さまである状態は同時に存在するし、どちらの可能性もある」
 矛盾するふたつの状態が同時に存在するなんてあり得ない。友人はなにを言っているのだろう。わからないけれども、このことに関しては私よりも友人の方が詳しいと思ったので、続けて話を聞いた。
「神さまが本物か偽物か、そもそもいるのかいないのかが確実にわかるのは、神さまが目の前に姿を現したときだ」
 神さまが目の前に姿を顕すとき。それはきっと遙か未来、最後の審判のときだろう。その時まで待たなくてはいけないのだろうか。
 きっと私は、ひどく落ち込んだ顔をしていたのだと思う。友人が手を伸ばして私の頭を撫でた。
「でも、わからなくても信じるのが信仰だろ?」
 その言葉に顔を上げる。そうだ。わからなくても私は神さまを信じている。
「そうですね。私はただ、神さまに祈るだけです」
「そうそう。それでいいと思うよ。それに」
 それに、なんだろう。友人と目を合わせると、友人はにっと笑ってこう言った。
「きっと神さまは自分の証明が必要だとは思ってないだろ。だって完全無欠の神さまだぞ?」
 その言葉に、思わず私も笑った。

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藤和
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