"XENON1Tが未知の信号(のExcess)を観測"とはどういうことか
数日前,XENON1T(ゼノンワントン)という実験で,信号の超過を観測したというニュースがあった.これは素粒子業界でものすごく注目されるべき出来事だった.
それがどういうことで,どういう位置付けでこれからどうなるのかという話.
XENON1Tとはどういう実験か
XENON1Tとはその名の通り,キセノンと呼ばれる元素を1t集めた実験装置だ.ダークマターの直接探索の為の実験として運用されている.
ダークマターとは中二病の妄想とか悪役の力の源ではなく,現実に存在することがわかっている.しかし,人間が知るどの(素)粒子とも違う,謎の多い物体だ.銀河の回転速度や宇宙の構造形成などダークマターがなければ絶対に現在の宇宙にならなかったことからその存在だけは確かである.
ダークマターでわかっていることは
・我々の知る粒子と(重力以外で)ほとんど相互作用しない(ほんのちょっとする)
・存在量(宇宙にどれだけのエネルギー密度で存在するか)
そしてこれ以外は何もわかっていない.粒子なのか,粒子ならどれぐらいの質量なのか,相互作用をちょっとするならどれぐらいの強さなのか.待ったくの謎なのだ.
謎なのをいいことに,素粒子物理屋はそれぞれの理論におもいおもいのダークマターを導入する.それが実験で確かめられれば自分の理論が正しいことになるし,実験で否定されれば自分の理論を修正することになる.
ダークマターは素粒子物理屋の数だけ存在が提唱されていると言っても過言でない.しかしどれが正しいかという実験はまだ結果が出ていない(より正しくは"この条件を満たすダークマターは見つかりませんでした"という否定的な実験結果がずっと出続けていた).
そんなダークマターの探索方法の一つとして直接探索がある.我々の知る粒子とちょっとだけ相互作用するなら,そのちょっとを見ようというのがダークマター探索の心である.
人間が見ることができる信号は結局のところ電磁相互作用(の電圧)だけだから,電磁気的に相互作用する我々が知っている粒子(キセノン)をたくさん用意してダークマターと相互作用した時のものすごく微弱な信号を超高精度の検出器で捉えるのだ.
いうだけなら簡単に聞こえるが,そこには現代科学技術(化学,電子工学)が最大限生かされている.
何が起こったか
そのXENON1Tでバックグラウンド(偽の信号)の予測値を超えて,いくつかの信号を受信した.というのが最近発表された.
バックグラウンドというのは,実験装置の不純物や見たい現象以外の現象に由来する,要はゴミである.バックグラウンドはあらかじめ,どれぐらいあるかを見積もって,信号のパターンや,統計から真の信号と見分けることができる.
バックグラウンドを超えた信号というのは言ってしまえばキセノンの反跳を観測しただけだから"何に反跳されたか"はわからない.人間がもっともらしい推測をするしかない.
その推測は上の記事にもあるが
・想定していなかったバックグラウンド(つまり新発見ではない)
・太陽アクシオン
・ニュートリノの異常磁気モーメント
が考えられる信号の起源と推測されているらしい.下二つならば,現在人間が知っている素粒子の性質を超えた,新しい粒子(アクシオン)や新しい性質(異常磁気モーメント)に起源を持つことになる.
アクシオンというのは現在理論的に存在するかもしれない粒子で,ダークマターの候補の一つである.また,ダークマターだけでなく,もしかすると宇宙に物質が存在すること(CP対称性の破れ)を説明するかもしれない粒子だ.
アクシオンについて語るのは僕が専門ドンピシャの内容でないこと,最先端の研究でも諸説(というかアクシオン的粒子は星の数ほど提唱されている)あることから割愛する.
ニュートリノというのは現在存在することが確かめられている粒子だ.しかしニュートリノはものすごく相互作用が弱く,その性質を高い精度で確かめられていない.
ニュートリノの性質である磁気モーメント(ニュートリノを磁石と見た時の磁石の強さ)が現在の想定より大きいかもしれないのだ.その異常磁気モーメントが今回の信号の起源かもしれない.
何故"新発見"と何故言わないか
何故"Excess"と言って新発見と言わないか.それはまだ新発見ではないからだ.
素粒子の世界は量子力学に支配されている.量子力学は確率的にしか反応が起こらない.そのため何度も実験をしないと(信号をたくさん集めないと)本当にそれが信号かわからないのだ.
さらに実験というのは本当の信号とバックグラウンドを見分ける為に統計と呼ばれるものを使わなければならない.これは量子力学に依らない事実である(例えばサイコロの目が偏ってでる.と言われた時,何度もそのサイコロを振らなければ確かめられないことは想像できるだろう.それをきっちりやるのが統計だ).
発表ではアクシオンやニュートリノ起源の信号と考えた時,3σ(以上)の有意であると言われていた.ざっくりいうとこれが"たまたまバックグラウンドが偏っただけです"という状況を99.99%否定できるという状況だ.
素粒子業界では理論の否定は3σ,理論の新発見は5σを基準にしている(これは人間の基準).新発見というにはまだまだ信号の数が足りないのだ.
これから
XENON1Tの実験はこれからも続けられるし,それを追試したりさらに感度をあげる実験がすでに企画されている.このExcessが本当に揺らぎか,新発見かはそう遠くないうちにはっきりする(というか業界内はまぁ新発見だろうと思っている).
理論研究はこれから大きな方向転換を必要とされる.アクシオンがこの実験で認められれば多くのダークマターモデルは否定されることになる.ほとんどの理論は大きく修正されることを余儀なくされる.
またアクシオンやニュートリノの異常磁気モーメントだった場合.それを自然に説明する模型を考え,そしてそれを確かめるための新しい現象を予言する必要があるのだ.
ここ5年近く,ほぼ全ての実験は新しい発見はなく,既存の理論が正しいことを保証し続けていた.一方で既存の理論は必ず適用限界があることがわかっていて"何かあるはずなのに,実験では何も見つからない"という非常に苦しい状態だった.そこに一筋の光がさしたのかもしれない.
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