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コミュニティへの属人感を得られない

僕は自分は嫌いだし、社会も基本的に敵だと思っているのですが、レッテル貼りは好きじゃない。国籍だの男女だの政治だの趣味だの、対立構造を煽られるのが凄く嫌いです。元々コミュニティへの疎外感が強く、漠然とした人の集団性みたいな物に対する強烈な嫌悪感が先行してしまうのです。もちろん、僕だって自分が好きなものを他の人も好きであったら嬉しいと思いますし、コミュニティに属する楽しさ、共通の仮想敵がいることの楽さも理解しているつもりです。が、それよりもコミュニティ内の空気感を読めという圧力や先鋭化していく恐怖感、そもそも集団で居ることが正義という感覚に着いていく事が出来ません。

僕がインターネットにドップリと浸かったのは、そういうのに嫌気が差したからだった筈なのです。はぐれ者の溜まり場、少数派であろうと自分の感性を信じて突き進み、決して群れない天邪鬼さに惹かれたから、僕は居心地が良いのだと思っていた。でもそれは勘違いだったのでしょうか。結局、人は良い悪いよりも属人感を求めているだけで、自分が多数派になれる機会が有れば、承認欲求が満たされればそれで良かったのでしょうか?多分そうなんでしょうね。だけど、それでも僕は天邪鬼で居続けたい。僕に審美眼が無かろうと、才能なんて欠片も持ち合わせていない凡人であろうと、それだけは捨てるわけには行かないのです。捨てられないのです。


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