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ごめんね、僕は貴方に寄り添えない

Milk inside a bag of milk inside a bag of milkというゲームをプレイしました。鬱病?統合失調症?具体的に何の病気をモチーフにしているのかは分かりませんが、少なくとも精神的に壊れてしまった少女の脳内で語りかける声になって牛乳を買いに行く、ホラーテイストの強いサウンドノベルゲームです。精神的苦痛の表現方法、支離滅裂な思考や思い浮かぶイメージの表現が非常に上手いゲームで、それ故に自分だったら、自分の時にはと、思考が自分に置き換えた自分語りに占拠されてしまっていました。僕が普段投稿しているようなメンヘラ日記にも近い表現が有るなと感じる箇所も結構有ったので、そういうのを読むのが好きなら多分良い読後感を味わえることでしょう。僕は表現の的確さと共感できない部分の違和感、尾を引くようなゲームの雰囲気を天秤に掛けて、トータル好きなゲームだなと思っています。ただ、コンテンツとして余りにも直接的というかダイレクトな病みを再現しているので語りにくいとも感じましたが。

それにしても、最近精神疾患やそれに類する人にどう寄り添えるのかについていつも考えています。僕自身そんな調子なのだから余裕なんて何も無いだとか、それでも何か人に優しく有りたいと思うだとか。突き放すのも相手の目線に立とうとするのも相手を思えているとは考えられないだとか。
Milk inside a bag of milkでも、NEEDY GIRL OVERDOSEでも、主人公にプレイヤーから寄り添う事は出来ない。それは人が人に寄り添えない事の証左なような気もするし、所詮僕の主観でしか無いエゴに寄り添いであると言われているような気にもなります。僕は、誰かに寄り添えないのです。僕は、誰かの何かには成れないのです。


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